第34話 大皇様
「やれやれ…派手に楽しまれたようじゃな」
「「うっ…」」
「初夜でここまで傷だらけになる夫婦など、我でも見たことがないわい」
「その…傷つけ合うのが気持ちよくて…」
「サユリさんと共にキズモノになりたくて…」
日が昇り、私達の様子を見に来た木仙さん。
彼女が目にしたのは、あざだらけの裸を晒し、毛布を被らず抱き合って眠る私達。
あれから首を絞め合ってのキスの快感を忘れられなかった私達は、事あるごとにお互いの体を傷つけ合って一つになった。
そのせいで疲れて眠る頃には全身あざだらけで、ありとあらゆる場所が痛かった。
その傷は木仙さんが痕すら残さず綺麗に直してくれたから今は無いけれど…中々に激しい夜だったね。
「…どうせ夢の世界でも似たようなことをしていたのじゃろ?」
「「そ、それは〜…」」
「類は友を呼ぶというか、なんというか…夫婦でこうも似るとは、まさにお似合いじゃな」
呆れた様子で私達の服を用意してくれる木仙さん。
フウカさんの服はいつもの着物だけど…私の服は人間界で使っていたものではなく、この世界のものが用意された。
「私の服は?」
「一応保管してある。人間界が恋しくなれば、その服を見つめるくらいじゃな」
「そうか…私、霊界の住人になったんだ…」
「正式な手順を踏めば人間界に帰れなくもないが、フウカ様は人間界へ行けなくなったし、わしも人間界では力が使えん。それに名実ともにフウカ様の妃になった以上、気安く人間界へ行けば暗殺されるやも知れぬ。しばらくは人間界へは帰れんな」
暗殺…私もそんな立場になったんだね。
恐ろしや恐ろしや。
「まあ、何か必要なものがあれば人間界から取り寄せる事は出来る。その時は言ってくだされ」
「は〜い」
「さて、本題に入ろうかの」
木仙さんが急に真面目な顔になり、フウカさんも柔らかい笑顔からお姫様としての笑顔に変わる。
…こっちでの真面目な話や、今後についてって事か。
木仙さんが呼んだ侍女に私の着物を着してもらいながら、話を聞く。
「フウカ様はなんとなく察してはおるじゃろうが…サユリ様にはこれから大皇様においてもらう」
「大皇様…確かフウカさんのお父さんで、妖狐族の王。一国の主との面会か…緊張するね」
大皇様とは妖狐族の王にして、フウカさんのお父さん…いや、御父上と言うべきかな?
そんな人との面会なんて…日本じゃ出来ない経験だね。
だって、天皇陛下と面会するようなものなんだから。
はぁ〜…想像したら胸がドキドキして来た。
「…その割には随分と冷静ですね。顔に緊張が全く出ていませんよ?」
「まあ、緊張はするけど怖くはないからね。何かあったら、フウカさんと木仙さんが庇ってくれるでしょ?」
「サユリ様…出来る限りの事はするが、大皇様は地位も実力も我よりも上の存在。くれぐれも失礼の無いように、じゃ」
「分かってるよ。ちゃんとそういうところは弁えてるからさ!…まあ、こういう時の作法とか礼儀とかまったく知らないけど」
「それは後々ですね…」
まったく知らないからこそ、無意識の内に無礼を働きそうではあるけど…きっと大丈夫。
そう信じていれば、大抵のことはなんとかなる。
『信じていればなんとかなる』
お父さんが事あるごとに言ういい言葉。
「ちなみに面会はいつなの?」
「準備ができ次第すぐじゃな」
「え?早くない?」
こんな朝早くから面会なんて…フウカさんもそうだけど、妖狐族は行動が早いなぁ…
「…何を言っておられる。外はご覧になられていないと?」
「え?……ええっ!?」
木仙さんに言われて外を見てみると…既に太陽は高くまで昇っていた。
もう朝なんて時間帯では到底無い。
「どうやら朝方まで楽しんでおられたようじゃからな。我の方から事情を説明して、面会の時間を大幅に遅らせて貰ってきた」
「す、すぐに着替えます!」
王様との面会の時間にとんでもなく遅れるなんて…不敬なんかで済ませられるものじゃない。
侍女に着替えを急いでもらい、大人しくしておく。
着物を着せてもらった経験のない私はどうすればいいのかよくわからなくて、侍女を手間取らせてしまう。
それに対してフウカさんはここ数百年ずっとそうだった事もあって簡単に着替えていく。
フウカさんが着替え終わってしばらくして、私も着物に着替え終わった。
「さあ、行きましょう!これ以上待たせたら不味い気がする…」
「ふふっ。お父様はそれほど短気ではありませんよ」
「でも印象は悪くなってると思うし…木仙さん!お願い!」
木仙さんに泣きつくような形でお願いをして、転移の術を使ってもらう。
景色が変わり、昔に行ったことのある京都の御所に似た建物にやって来た。
しかしその規模が見た感じ京都御所よりも大きくて、建物も立派だ。
なにせ、ずっと遠く…軽く見積もっても100メートルはあるはずの先にある大きなお屋敷が、フウカさんのお屋敷よりも大きいのだから。
史上最大の木造建築とか…そんな規模じゃない?
「ここがお父様のお城ですよ」
「お城、か…にしてはあまりにも無防備なような…」
「ふふっ、攻められた時の対応が人間界とは違いますからね。ここまで攻め込まれている時点で負けているのですから、防御を想定した造りにはなっていませんよ」
城なのに、防衛戦を想定していない…
ここまで攻め込まれた時点で負け。
価値観はこの世界とは大きく異なるらしい。
「それに、中へ入ろうにもここには幾重にも結界が張られています。それら全てを突破してから出ないと近付くことすらままならない。私達はその結界を素通りできますけど」
「へぇ〜?…その、結界の凄さはわかったんだけどさ、これから歩くの?」
「もちろんですよ。人の敷地内で歩くのが面倒だからと転移の術を使うのはご法度です」
…この距離を、しかも建物に入ったあとも歩くんだよね?
歩くだけで十数分掛かりそうなんだけど?
絶対転移の術使った方が早いって。
「サユリ様、諦めてくだされ。サユリ様も土足で他人の家には上がらぬじゃろう?」
「そうだけどさ…はあ、不便だなぁ」
諦めて歩き出す。
すれ違う庭師や役人らしき人の視線がすごく気になるけど、我慢我慢。
私はフウカさんの婚約者。
私が恥をかくのはフウカさんが恥をかくのと同じ。
堂々と、まるで何も感じていないように。
鉄仮面を顔に張り付け、視線を気にせず歩く。
瞑想でもしているかのように無心で歩いていると、いつの間にか大きなお屋敷の目の前にやってきた。
「…ふむ、どうやら大皇様は待ちくたびれたようじゃな」
「え?何か言われたの?」
「いいや。入り口の扉に転移の術が刻まれておる。行き先は謁見室のようじゃな」
王様が転移の術で早く来いって言ってる。
う~ん…やっぱり怒ってるのかな?
「靴を脱ぐのじゃサユリ様。転移先は屋内なのじゃからな」
「うん。…靴はどうすればいいの?」
「我が持っておこう」
木仙さんに靴を渡して、扉を開けるフウカさんに続く。
フウカさんに話しかけようとしたけれど、ただ事ではない雰囲気を放つフウカさんの笑みを見て諦めた。
「行きますよサユリさん。間違ってもその鉄仮面を離さないでくださいね?」
「は、はい!」
まるで敵地に行くような態度。
…政治の世界ってそういうものなのかな?
フウカさんの言いつけを守り改めて鉄仮面をつけなおすと、フウカさんの後に続いて扉を通る。
するととても豪華な部屋に転移し、急に空気が重くなったように感じた。
「ただいま参りました、お父様」
フウカさんが立ち止まってそう言い、頭を下げる。
私もつられて頭を下げると、またもや大量の視線が私に突き刺さる。
その視線に耐えていると、木仙さんの声が聞こえた。
「顔をあげ、フウカ様の後に続け」
私にだけ聞こえるような小さな声。
私はその言葉に顔をあげると、立派な服に身を包んだ狐耳とふさふさの尻尾を持つ男性が大勢胡坐をかいて座っていた。
私から見て中央は王の通り道とでもいうかのようにきれいに誰もおらず、左右に座布団を敷いて私達の動きを待っているおそらく貴族や武将と思しき男性たち。
彼らの事はいったんおいておくとして…真正面に胡坐をかいて座る大男が1人。
おそらくあの人がフウカさんのお父さんである、大皇様だ。
「行きますよ」
フウカさんにそう言われ、フウカさんと一緒に歩きだす。
決してキョロキョロはせず、ただまっすぐ大皇様を見つめる。
フウカさんが止まるまで歩き続け、同時に止まって正座をする。
そして、フウカさんに倣って頭を下げた。
「面をあげよ」
その言葉にフウカさんが動いたので私も顔をあげる。
私を見下ろす大皇様はくすんだ金色の毛並みに覆われた狐耳を持ち、色は落ちているもののその毛量と輝きは見事な尻尾を9本も持っている。
まさに妖狐といった風貌だ。
「貴様が秋姫の妻か」
「はい」
秋姫…フウカさんの本名というか略さない名前である
…大皇様が秋姫って呼ぶから、みんなはフウカって呼ぶのか。
「……なるほどな。秋姫が興味を持つのも納得だ。まさかこれほどとはな」
「サユリさんは私のものです。お父様と言えど絶対に渡せませんよ」
「別に取るつもりはない。…それどころか、秋姫と――サユリといったな?お前が手を取り合えば『天』以外に勝てる者はいないだろう」
『天』…すなわち神様。
私とフウカさんが協力すれば神以外に勝てる相手はいないって…どういうこと?
「…秋姫の妻はどうやら自分の存在の重要さについて自覚がないようだな」
「教えていませんからね。この場で話をしても?」
「構わん。どうせこれからの話をするうえで必要になる事だ」
解説タイムか。
…というかさっき大皇様は私の心を読んでたよね?
嘘はつくだけ無駄と…
「サユリさんには教えていませんが、霊界においてある程度の力を持つものは周囲から二つ名で呼ばれることが多くあります。ばあやであれば『無尽蔵の獣』お父様であれば『巨獣』。私の場合は――『万能』ですね」
凄い…いかにも厨二心をくすぐる二つ名ばっかりだ。
木仙さんは確か凄い量の霊力を持ってるから『無尽蔵の獣』で、大皇様は見ての通りデカいから『巨獣』。
…じゃあフウカさんの『万能』は?
「私の二つ名の由来は神通力にあります。私は今生きている神通力を使える者たちの中で唯一『千変万化』の神通力が扱えます」
「なにそれ」
「簡単に言ってしまうと、大量の霊力を消耗する代わりに、ありとあらゆることが出来るという神通力です」
ありとあらゆることが出来る?
それって…どこまで?
「性別の反転など容易いですし、死後間もない者ならば蘇らせることもできる。ただし、そう言った本来神通力だけだは成しえないような事をする際は大量の霊力を消費します」
「…なるほど。つまり霊力が無限に使えれば『天』以外の誰にでも勝てる。だから『無尽蔵の獣』と呼ばれる木仙さんよりも大量の霊力を持つ私が居れば、『天』以外に敵なしって事か…」
「そう言うことだ。さて、それを踏まえてだが…秋姫よ、最後にもう一度聞いておこう。本当に継承権を取り戻す気はないのだな?」
「ええ。私はサユリさんと幸せに暮らせるのならそれ以上は求めない。そう言ったではありませんか」
継承権?要らない?
一体何の話をしているんだろう…?
「…だが世継ぎは残すのだろう?」
「ええ。サユリさんとの子供は少なくとも一人は欲しいので」
「…なら継承権はその子供に与えよう。それと、妻への説明はお前からするのだ」
何の話かさっぱり分からない私を見かねた大皇様が、気を聞かせてフウカさんに私に状況を説明するよう言ってくれた。
ありがとう大皇様。
貴方の娘は私の事が大好きなくせに何も教えてくれない酷い娘です。
教育しなおしてあげてください。
「お父様に変なことを吹き込まないでください。…サユリさんは、私が霊力さえあればありとあらゆる事ができるといったのを覚えていますか?」
「ついさっきの話だからね。当たり前だよ」
「そうですね。それを踏まえてそのまま何をするか伝えますと…私は『千変万化』の神通力を使いサユリさんを人間から妖狐族に変えます」
「……うん?」
「その上で、サユリさんに私の子を身籠って貰おうと考えているのです」
……待って?話が追いつかない。
私が妖狐になって…フウカさんの子供を産む?
…いや、でもできちゃうのか。
フウカさんの神通力と私の霊力を組み合わせれば…出来てしまう、私とフウカさんの子供!
「昨晩の営みはそれが可能か調べるためと言う意味もありました。サユリさん、私とあなたの子を産んでください」
私に頭を下げてくるフウカさん。
こんな大勢の目の前で頭を下げるなんて…本当にフウカさんは大した人だと思う。
…だからこそ、このお願いを断る理由は私にはない。
フウカさんのこういう所に私は惚れた要素があるからね。
「もちろん。あなたの子を産ませてください、フウカさん」
私がそう言うと、フウカさんは顔を上げる。
そして、パチパチと木仙さんが拍手をした。
それに合わせるように1人、また1人と拍手し始め、謁見室に盛大な拍手の音が響き渡る。
「秋姫、サユリ。孫を楽しみにしているぞ」
柔らかい笑みを浮かべ、拍手をしながらそんな事を言う大皇様。
私達は顔を見合わせると満面の笑みを浮かべ――
「「はい!」」
2人で同時に元気な返事をした。
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