第35話 戻れない戻らない
大皇様との面会を終え、屋敷に帰ってきた私達は一旦フウカさんの部屋に集まる。
「まず改めて聞きたいんだけど…私はこれから人間をやめるって事で良いんだよね?」
「ええ。そうですね。今のままでも子を成すことは可能ですが…それではお父様の周りに居た老人どもが騒がしいので」
「フウカさ〜ん?お口が悪くなっておりますわよ〜?」
「あら?私としたことが…」
どうやらフウカさんは相当あの場に居た役人たちが嫌いな様子。
あの優しいフウカさんがここまで怒ると言うか…不快感をあらわにしているんだから中々だ。
「ゴホン!えぇ〜、サユリさんに妖狐族になっていただきたい理由は主に2つあります。1つは子を成す上で後顧の憂いを断っておきたいということです」
「後顧の憂い…老人とは別の?」
「はい。人間と妖狐では体のつくりが違いますからね。それにより、妊娠はできても出産までたどり着けない、出産したとしてもその後すぐに死産になる。或いはサユリさんそのものに害がある。このような理由を排除したいと考えています」
なるほどね…
まあ、人の体で狐の子を育てられるとは思えない。
妖狐族という、普通の狐とも人間とも違う生き物の子を産むんだ。
少しでも何かよくない事があれば、困るのは私だけじゃない。
だから、それ排除しておきたいという考えだね。
「もう一つは、サユリさんに長生きしてほしいからです」
「…まあ、私なんてどう頑張っても100年も経たずに死んじゃうからね。妖狐族ならそうはならないんでしょ?」
「少なくとも加護があるうちは間違いないでしょう。ですが、鍛えてもらう必要はあります」
「任せてよ!私、訓練とか耐えられるタイプだから」
単純に私に死んでほしくない。
何百年、何千年と生きてほしい。
そう言う理由から、フウカさんは私を妖狐族にしたいと考えている。
…私もその意見には賛成だ。
私だって死にたくないし、出来ることなら長生きしたい。
だから、私はフウカさんの提案を受け入れる。
「とまあ私が妖狐族になるのは確定として…いつ変身するの?」
「それはですね…特に決めていないので、サユリさんが納得次第としか…」
「だったら今すぐ変わろう。善は急げだよ!」
そう言って、フウカさんの両手を私の手で覆う。
しかし、なぜかフウカさんは困った顔をして中々動いてくれない。
すると、そんなフウカさんに代わって木仙さんが話し始めた。
「サユリ様の心の強さはよく知るところではあるが、妖狐族になってしまえばもう人間界へは戻れまい。両親や友、それまで関係を築いてきた者達全てとの決別を意味するのじゃぞ?それでもまだ、今すぐにと言うかの?」
親しい人との別れ。
死ぬわけじゃないけど、もう帰れないとなったらそれは死んだのと同じだ。
フウカさんや木仙さんからしてみれば、私は今生まれて十数年過ごしてきた場所に別れを告げようとしているように見えるみたい。
…私は別に困らないけど。
「私は過去とか未来とかより、今を生きる人間だからね。心配されなくても、そういう覚悟はもうある」
「…じゃが、ふと帰りたくなった時はどうするのじゃ?」
「その時は帰るよ。きっとその頃には、また木仙さんが天界で大暴れして境界の鏡を奪ってきたあとになるだろうし」
「いつの話をしておるんじゃ…」
「う〜ん…お父さんとお母さんが死んだ時とか?」
最悪お葬式には行けなくても、お墓参りくらいには行きたい。
私がどんな人生を歩もうと、私を産んでくれた父と母。
そんな2人のお墓に手を合わせるくらいはしないと祟られるというか…人としてどうなの?って話。
私はそこまで非常識で…血も涙もない人間じゃないよ。
「死んで墓に入るまで顔を見せてもくれぬ娘など、十分血も涙もないと思うがの…」
「木仙さんって心読めるの?」
「フウカ様経由で心を覗いておるだけじゃ。本来我には心を読む神通力はない」
「木仙さんくらいの存在でも持ってないって事は、心を読む神通力って中々珍しいんだね」
改めてフウカさんの凄さを感じ、そんなフウカさんの妻になった私の自己肯定感は爆上がりだ。
…それはそうと、私が妖狐族になるって話だけど……
「私の覚悟はわかったでしょ?さあ!始めよう!」
「やる気があることは素晴らしいのですが、落ち着いてください。なにせ私も初めての試みですので」
興奮する私を落ち着かせようと、両肩に手を置いて座るよううながすフウカさん。
それに従って座ると、優しく私の手を握って目を瞑る。
繊細な作業なんだね…
「人を妖狐族へ…………準備が整いました。サユリさんの霊力を貰います」
「うんうん。好きなだけ持っていってよ」
神通力を使う準備ができたフウカさんは、私から霊力を持っていく。
天界の時も霊力を使われてたけど…その比じゃない勢いで私の中の霊力が失われていくのが分かった。
……それと同時に、私の体に起こっている異変にすぐに気がついた。
「……熱い」
肉体が…細胞が人間のものから妖狐族のものへ置換されていく感覚が、熱として感じられる。
じわじわと体のいたるところから熱が発せられ、どんどん汗が流れ出てくる。
でも耐えられないほどじゃない。
これくらいならなんとかっ!?
「いいっ!!?く、ぅぅぅ……!」
突然耳に激痛を感じ、握られていない方の手で耳に触れる。
でもそんな事で痛みが引くわけもなく、痛みから逃れようと反射的に体が動いただけ。
…しかし、それも私には許されない。
「悪く思わないでくだされ、サユリ様」
「あ、ああああああ――――!!!!」
木仙さんにすごい力で掴まれて動けない。
痛みは耳だけでなく全身へ波及し、耐え難い苦痛に苛まれる。
「我慢です。どうにか耐えてください、サユリさん」
木仙さんに取り押さえられ、フウカさんが優しく語りかけてくれる。
しかし、その声はほとんど私には届かない。
届いたとしても、頭に入ってこない。
私は自分の精神が人並み以上に強いことは自覚してる。
私なんか比べ物にならないほど長く生きてる木仙さんがドン引きするくらい精神が強い。
でも、痛みに対する耐性は人並みだ。
日本という恵まれた国において、痛みで悶絶して暴れまわるような事には中々ならない。
だから、私は今の痛みに耐えられない。
今にも気が狂いそうだ。
「背に腹はかえられぬか…すまぬサユリ様。文句ならいくらでも聞こう」
「ぁ………」
木仙さんが何かした。
そう理解できた。
でも…
何がどうなっているのかまで考えることはできず意識が途切れてしまった。
「……んん」
目が覚めると、私は薄暗い部屋に居た。
部屋には私以外に誰も居らず、何やら仰々しいオカルトな道具が沢山置かれてある。
…まるで結界でも張っているみたいだ。
「ここは……いや、見覚えがある」
少し前に見た気がする。
あの時はフウカさんにお屋敷を案内してもらった時。
確か、傷付いた人をゆっくりと癒すための部屋。
外的な怪我と言うよりは、内部に要因がある場合の治療に使うための部屋だったはず。
ここに置かれてるって事は…私の体は耐えられなかったって事?
そんな事を考えて起き上がり、布団の上に座ると…何か柔らかいものを踏んだ。
そして同時に今まで感じたことのない種類の痛みを感じた。
「きゃん!?」
思わず変な声を出しながら飛び上がる。
まるで、指を誰かに踏まれたような痛みだったけど一体……え?
「尻尾…?」
腰を上げて私が踏んだものの状態を確認すると…見事に毛並みの揃ったフワフワの尻尾があった。
稲穂色の輝きが、部屋の僅かな照明に照らされてキラキラと光を反射している。
「私…妖狐族に……ん?」
顔に手を当ててそう呟いた時、あるべき触感がない事に気付き、慌てて顔全体を確認する。
…でも、やっぱりない。
と言うことは……
「あった…やっぱり私!」
耳が無い。
顔の側面についてたはずの耳が無くなり、頭上にフワフワの毛並みで覆われた狐の耳がある。
狐の尻尾と耳を持つそれ以外は人間とさほど変わらない存在。
「フウカさん!」
そう叫んで襖を開けると、丁度目の前の廊下を通っていた侍女を驚かせてしまった。
廊下を見渡してもフウカさんは居ない。
…フウカさんなら絶対居ると思ったのに。
「ねえ。フウカさんって何処に居るか知ってる?」
「えっと…それは…」
私が驚かせてしまった侍女にフウカさんが何処に居るか聞いてみる。
すると、言葉を濁して何故か私の後ろを見つめている。
しかも、すごい困り顔。
まるで私の後ろにフウカさんがいて、どうやって伝えたものかなぁ〜?って感じのっ!?
「うわっ!?」
突然後ろから誰かに飛びつかれ、思わずバランスを崩してしまう。
そして前のめりに倒れ込んでしまった。
「いたた…」
「だ、大丈夫ですか…?」
「私は大丈夫それより…イタズラが幼稚すぎない?フウカさん」
「ふふっ、バレましたか」
倒れた事を心配してくれる侍女の真面目さに感心しつつ…フウカさんの幼稚さには呆れるね。
「フウカさん、成功したんだね。妖狐族への……種族変化?」
「ええ。サユリさんの尻尾は、私よりも太くて毛がたくさん生えているので、フワフワで心地良いですね?」
「そうかな?フウカさんの尻尾もフワフワで気持ちいいよ?」
「サユリさん…」
「フウカさん…」
お互いの尻尾を触りあってイチャついていると、木仙さんがやって来た。
「廊下で盛らないでくだされ。他人に見せるものでもないのじゃからな」
「むぅ…」
木仙さんに怒られてムスッとするフウカさん。
私はそんなフウカさんに理性を抑えることが難しくなり、耳元で囁く。
「部屋に戻っていいことしようよ」
私からの誘い。
それをフウカさんが断るはずがない。
すぐに転移の術を発動して部屋にやって来ると、乱暴に私の服を脱がし始めた。
「せめて人払いを済ませてから――もう始めておるとは…流石はフウカ様じゃな」
追って転移してきた木仙さんが何か言おうとしていたけど、フウカさんは聞く耳を持たない。
結局諦めた木仙さんは何も言わず部屋を出ていき、邪魔者は居なくなった。
そのあと私達が部屋から出てきたのは翌日の朝の事だった。
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