第25話 ふかふかのベット
お風呂から上がってきた私達は、着替えて一直線に私の部屋に向かいベットに腰掛ける。
「これが人間界のお布団ですか?」
「まあね?でも、フウカさんが使ってるような値段の高い高級品じゃないよ」
「これで、ですか…?」
「うん。普通のベットだけど…」
フウカさんはよほどベットが気に入ったらしく、何度も押してその低反発を味わっている。
まあ、ずっと昔から硬い床に布団を敷いて寝てきたフウカさんからすれば革命的だよね。
「…横になっても良いでしょうか?」
「どうぞどうぞ。…私のニオイが染み付いてアレかもしれないけど…ゆっくりしてね」
よく考えてみれば、自分の寝床で誰かを寝させるのは結構勇気がいる。
もちろん洗ったり天日干しをするけれど、それでもベットなんて頻繁に洗うものじゃないし、毎日寝たらそれだけ汗が染み付く。
だからこそ、同衾は興奮するんだろうね。
「ふふっ、サユリさんの言う通りですね。すぅ〜…サユリさんのニオイがします」
「もぉ〜!恥ずかしい事言わないで!」
また心を読まれ、わざとらしく私のベットの匂いを嗅ぐフウカさん。
その姿はとても魅力的で色気に溢れている。
そして…知らない土地に来て一生懸命周囲の匂いを嗅ぐ子犬のようで可愛い。
「子犬…私は狐です。誇り高き妖狐族の姫です!」
「そんな尻尾とお尻をフリフリしながら言われても…」
「むぅ〜!私は狐です!!」
そう言って、私のベットの上で耳と尻尾をみ見せるフウカさん。
その必死な姿も可愛くて笑っていると、扉がノックされた。
「沙友理?入るわよ」
「ああっ!ちょっと待って!」
お母さんの声が聞こえる。
私は急いでフウカさんに尻尾と耳を隠してもらうと、大丈夫なことを確認してから扉を開けた。
「枕持ってきたけど…いる?」
「あー…うん、いる」
流石に一つの枕で寝るのは狭い。
お母さんから枕を貰うと、部屋から押し出そうとする。
すると、逆にお母さんから引っ張られて部屋から出された。
扉が閉まり、真剣な表情のお母さんが口を開く。
「ハッキリと聞くわ。あの子は誰なの?」
「……友達だよ!」
「…じゃあ、電話番号くらいはわかるわよね?」
「それは……」
電話番号。
そもそもフウカさんは電話なんか持ってない。
だからわかるもクソもない。
困っていると、お母さんは溜息をつく。
「お母さんはね?これでもあなたの倍以上の時間を生きてるの。だいたいあの子が訳ありだって事くらい分かってるわ」
「……」
「正直に話して。その方が、私達のためにも、あの子の為にもなるの」
「……話したら、信じてくれる?」
「ええ」
お母さんにはお見通しだったのか…でも、こんな話、信じてもらえると思えないし…
かと言って、信じてもらえないんだからいいやって、お母さんに話して良いのかな?
…聞こえてるよね?フウカさん。
『はい。聞こえてますよ』
やっぱり……ねえ、フウカさんの事、お母さんに話してもいい?
『難しいですね。万が一この事状況を監視されていれば、その話をした途端私は霊界へ強制送還されるでしょう』
それって何か害があるの?
『特にありませんが…まあ、私達に対する警戒度が上がり、人間界へ行けなくなるかもしれません』
う〜ん……私が霊界に行く分には大丈夫?
『それは大丈夫でしょうね。妖狐族の姫の婚約者と言えどただの人間。大した力はありませんし、サユリさんが霊界と人間界を行き来する分には問題ないでしょう』
良かった…なら話しても大丈夫だね。
『…まあ、あれだけ鏡を使える人間がただの人間な訳ないんですけどね』
え?何か言った?
『いえ、何も。ですが、私はまだ屋敷へ帰りたくありません。話さないでください』
こんなところでわがままを…まあいいよ。
なんとか説得してみる。
今回はフウカさんのわがままを聞いて、お母さんを説得することにした私。
真っ直ぐお母さんの目を見ると、言い負かされないように強い気持ちを持って口を開く。
「…やっぱりごめん。フウカの事は話せない」
「…どうしても?」
「いつか絶対話すよ。でも、それまでは見ないふりをして。お願い!」
手を合わせ、頭を下げてそうお願いする。
表情は見えないけれど、音は聞こえる。
お母さんの溜息が聞こえ、少し体がこわばったけれど、次の言葉でその緊張は解けた。
「…まあ良いわ。そんなに嫌がるなら無理には聞かない。今日はゆっくり寝なさい」
「は〜い。ありがとうお母さん」
とりあえずお母さんを説得することには成功した。
お母さんが下に降りた事を確認すると、私は部屋に入って様子を見てみると……
「…何やってるの?」
「私の匂いをこの『べっと』と言う寝床に擦り付けてるんです」
尻尾と耳を出したフウカさんが私のベットの上でゴロゴロ寝転がっている。
そして、全身を私のベットに擦り付けているんだ。
匂いを擦りつけるって…そんなに簡単につくものじゃないでしょ?匂いって。
「マーキングは程々にしておいてね。シーツの向きがおかしくなっちゃう」
「まーきんぐ?しーつ?」
「こっちの話。程々にしておいてって事が伝われば良いよ」
「むぅ…つれないですね」
起き上がって不満そうに頬をふくらませるフウカさん。
私はそんなフウカさんの隣に寝転ぶと、ぽんぽんとベットを叩く。
「私と同衾するんじゃないの?フウカさん」
「〜っ!!」
顔を真っ赤にして、ソワソワと落ち着きのない様子のフウカさん。
しかし、とりあえず横になって私と同じ毛布の中に入って来たので、私は電気を消す。
そして、暗闇の中でお話しようと思ったけれど…なんだか凄く眠たくなって来た。
…思えばフウカさんと木仙さんに振り回されて大変だったなぁ。
ちょっと疲れてるのかも。
「そうでしたね…サユリさんはとっても疲れているのでしたね…」
「ごめんね…せっかくだし色々と話したかったんだけど…」
「良いんですよ。今日はゆっくりお休みになってください。夢の世界にも連れていきませんので」
「ありがとう……じゃあ、お休み…」
睡魔には勝てず、気を失うように眠る。
一瞬で意識が薄れ、私は眠ってしまった。
◇◇◇
サユリさんが寝たことを確認すると、私はこちらを見ている不届き者が居ないか改めて確認する。
…どうやら見られてはいない様子。
(サユリさんのお母様…中々に鋭いお人ですね。特別何か力があるようには感じませんが……一応、見ておきましょう)
仮にもサユリさんを生んだ母。
何か特別な力を持った人間なのかもしれない。
気配と姿を消してお母様に軽く触れてみますが…特に変わった様子はない。
(…人間の丈に合った力。やはりサユリさんが突然変異的に多くの力を持っていたのか、後天的に何者かによって力を与えたかのどちらかですね)
『どうやら変わったものは無かったようですな』
(当然です。これ程の力を持った魅力的な人が他に沢山いては困ります)
私にサユリさんの母親を見てくるよう言ったばあやが念話を飛ばしてきた。
主人にこんな事をさせるなどどうかとは思いますが…まあ、ばあやは上に警戒されている関係上、こういうことはできないので私がするしかないのてましょう。
『後はサユリ様のお父上の様子見が終われば、ですな』
(何も無いとは思いますよ。簡易的な結界すらないような不用心さ。今の人間界の力に対する程度というものが知れますからね)
『フウカ様。あまりそういった発言はせぬ方が良いと…』
(別に問題は無いでしょう。私は今、サユリさんと夢の中でお話できなくて憤りを感じているのです!)
『重症じゃな…』
サユリさんが疲れているのは仕方ない。
悪いのは私達なのですから。
しかし、夢の中でも話せないのはばあやが悪い。
せっかく夫婦生活を邪魔するなど…使用人として言語道断。
帰ったら何かしら罰を与えるべき。
『まあこの話はそれだけで良いでしょう。それよりも、お説教が必要なようですな』
(…なんのことでしょう?)
『とぼけても無駄ですぞ?サユリ様の母上に何をしようとしたのですかな?フウカ様』
(……)
『あれほど人間界で害を与える神通力を使うなと言ったのですがな…これは屋敷へのお帰りが楽しみですな』
(もう数日こちらに泊まるというのは…)
『駄目じゃ。明日には帰りますぞ』
どうやら私が罰を与える前にお説教が確定した。
今から気が重い…
せめて今日は…サユリさんを見て癒されるとしましょう。
睡眠を取る前にサユリさんのお父様の様子も確認したあと、私はサユリさんに抱き着いて眠る。
人間界の『べっと』と言う敷布団?はとてもふかふかで、寝心地が良かった。
次人間界に来た時は、サユリさんに『べっと』を買ってもらおうと考えながら眠るのだった。
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