第16話 厳しい世界

「大丈夫。大丈夫ですよ、サユリさん」

「いや、もう別に怖くないんだけど…」

「まだ体が震えてますよ?好きなだけ甘えてください」

「うぅ…」


お屋敷に帰ってきたあともしばらく動けなかった私をフウカさんは優しく介抱してくれた。

…ただ、別にもう何ともないし、落ち着いた私のことをずっと抱きしめて離さないのだ。


もしかして、単に私のことを撫でたいだけなんじゃないか?って邪推してしまう。


「まだそんな事をしておるのか。フウカ様よ」

「サユリさんは怖がっているのです。ならば、年上の私が慰めてあげるべきでしょう」

「怯えている、のう?……とてもそうには見えんのじゃが」


まともな感性を持つ常識人な木仙さんが、助け舟を出してくれはするが…フウカさんは全く聞かない。

もういっそ諦めて、フウカさんが満足するまでこのままでいようかと思ったけれど…


『フウカ様は1日中そのまま過ごすこともあるぞ。何かに熱中すると、時間を忘れる人じゃからの』


――と、木仙さんにこっそり教えてもらった。

実際に、このままいくと本当に1日中このまま過ごすことになりそうなほど、フウカさんは私の事を離さないので…なんとか脱出しようとさっきから頑張っているけれど、中々出られない。


思いっきって無理矢理出ようかとも考えた。

だけど、それをするとフウカさんに嫌われちゃうかもしれないし、悲しそうな顔をされると…多分私が負ける。


…悲しそうな顔、か。


「フウカさん…離してよぉ…」

「うっ…!」


泣き落とし作戦。

私のことが大好きなフウカさんには、私の涙はとっても効くはず。


精一杯悲しそうな顔をして、涙も流せるように努力してみる。

すると、フウカさんがすごく困った顔をして、私を離すか離さないか迷っている。

今スッと逃げてもいいけど…どうせなら、フウカさんの方から離してくれるようにしたい。

その方がフウカさん的にも後悔が残らないだろうし。


「フウカさん…」

「うぐぅ…」


上目遣いで、瞳に涙を含んだ状態で名前を呼ぶと…かなり苦しそうだ。

もう一押し…ウソ泣きでもしてみようかな?


ウソ泣きをしようと少し多めに息を吸い込むと同時に、フウカさんの私を抱きしめる力が強くなり、締め付けられる。


「サユリさん…あなたはどうしてそんなにかわいいのですか?」

「…はい?」


急におかしなことを言い出した。

どうして今そんな事を言うのか分からない。


突然の事に呆気にとられていると、さらに締め付けが強くなった。


「心を読まれている事にも気づかず、騙されているのは自分だなんて微塵も思わない。とってもかわいいですね?」

「ッ!?」


フウカさんの口から放たれた言葉に、私は崖から突き落とされたかのような衝撃と恐怖を感じた。

理由が…あまりにも恐ろしすぎる。

この人は悪魔なんじゃないかとさえ思える衝撃的な理由に、私は思わずフウカさんを突き飛ばそうとしてしまう。

しかし、フウカさんはピクリとも動かない。


「ふふっ…今の私は神通力で見た目からは想像できないほどの力を出せます。絶対に逃げられませんからね?」

「ひっ!…も、木仙さん!」


木仙さんに助けを求めようと叫ぶが、返事がない。

代わりにフウカさんが答えてくれえた。


「ばあやならさっき出ていきましたよ?なにやら怯えた様子で逃げるように…」

「あ、あわわわ…」


木仙さんが尻尾を撒いて逃げ出すレベル。

締め付けが少しだけ緩み、視界に入ってきたフウカさんの顔は…まるで悪魔のようだった。


「いやああああああああああああ!!」


その後、本当にフウカさんは私の事を一日中抱きしめたままだった。

トイレに行くときも、ご飯を食べるときも、お風呂に入るときも。

決して私の事を離す事は無く、まるで人形のようになった私をずっと抱きしめ続けていた。







翌日


「ふむ…どうやら解放されたようじゃの」

「酷い目に遭いましたよ。夢の中でもずっと抱かれたままなんですよ?」

「フウカ様らしいのぅ」


解放された私は、検査のために木仙さんの部屋を訪れていた。

ここで問題がなければ、家に帰ってもいいらしい。

私としてはこれ以上授業に遅れるのが嫌だから早く帰りたいけど…


「じっー」


「後ろの視線が痛いのぅ」

「まあ、仕方ない事ですね」


私に帰ってほしくないフウカさんの視線が痛い。

異常があってほしいという気持ちがありありと伝わってくるのだ。


私と木仙さんは、胃を痛めながら検査を進める。

その途中、ふと気になって昨日の事を聞いてみる。


「そういえば、昨日の鬼って何者なんですか?」

「鬼…あ奴の事か。サユリ様に分かりやすく言えば、スパイじゃの」

「スパイ…」

「フウカ様の首を取ろうと画策しておったようじゃが…まあ、仲間と共に来ないあたり、鬼らしいの」

「?」


フウカさんの命を狙う鬼。

でも、仲間と共に攻めてこないのは…確かにおかしな話だ。

確実な方法じゃなく、失敗する可能性が高い方法をとったんだから。


しかし、私の疑問に木仙さんが答えてくれる。


「鬼は腕っぷしの強いものが上に立つ種族じゃ。たった一人でフウカ様を討ち取ったとなれば、皆から称賛され、敬われる存在になれるじゃろう」

「それで一人で襲撃を…」

「まあ、頭が足りぬ以外の何でもないがの」


彼は、多くの人に称えられる存在になりたかったのかもしれない。

そう考えると、あの後どうなったのか知らないけど、あそこで成果をあげられなかったのはかわいそう。


せめて傷の一つでも――「それは間違いですよ」


私の心を読んだらしいフウカさんが、私の肩を掴んで話しかけてきた。


「彼は私の命を狙う…いえ、私だけでなく、サユリさんの命すら狙っていたかもしれない極悪人。同情の余地はありません」

「でも…」

「その優しさは、賢さではありませんよ」

「…どういうことですか?」


私の言葉をすっぱり切り捨てるフウカさん。

そして、私の優しさは賢さではないといった。


「私がこうだったらあの人は~、なんて考えはよくありません。それは深く考えることを放棄した愚かな行為。彼がどうしてあんなことをしたか?よく考えてみてください」

「……」


彼はどうしてあんなことを?

それは、自分に箔をつけたいから。

彼はどうして自分に箔をつけたいのか?

それは、自分が偉い人間になりたいから。


つまり…彼は野心からフウカさんの命を狙った。

…確かに、同情は出来ないかもしれない。


「理解出来ましたか?」

「はい…でも!彼にだって何か理由が!」

「そう言って他者の善心を信じたものは、皆裏切られ亡くなっています」 

「っ!」


裏切られる…

でも、そんな事を考えて人助けをしないって言うのは…


答えを見つけられず、頭がおかしくなりそうな私に木仙さんが手を差し伸べてきた。


「サユリ様。この世界は、人間界ほど平和で、優しさに満ちてはいないのじゃよ」

「…厳しい世界なんですね」

「そうじゃな」


…厳しい世界。

ここは日本じゃない。

郷に入っては郷に従え。

そう、受け入れるしかないのかな…?



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