第301話 神聖教会3、魔王討つべし2


 温泉保養を終えてまた日常が戻ってきた。


 そういったなか、7月末に殿下たちはツェントルムを発ち、母国フリシアに帰っていった。

 お土産というか、王太子成婚のお祝いはポーション1箱としておいた。フリシアから外務卿がやって来た時と同じなんだが。

 ダンジョンギルドでの買い取り価格がポーション1本金貨10枚だから1箱144本で金貨1440枚相当。

 値段でどうこう言えるものでもないし、いちおうエリカたちの了解を取った上でのお祝いの品なので大侯爵家としての贈り物としてはそれほど問題ないだろう。


 変わったところというと、例のスウィーツの軽食屋の支店がツェントルムにオープンした。エリカのお父さんのハウゼン商会の尽力で材料の安定供給の目途が立ったおかげだ。ありがたやー。

 店は先日オープンしたライネッケ領最大かつ最上級の宿屋の1階だ。

 宿屋の位置は中央広場から少し離れているがそれほど離れているわけではない。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 8月末。


 西方諸国連合軍が西側の国境を超えてフリシア領に侵入した。西方諸国軍の総数は膨れ上がり20万を数えていた。


 西方諸国連合軍の越境の報は早馬でフリシアの王都フリシアンの王城に届けられた。

 そのときエリクセン1世は王城の本棟内にある奥の間で王太子成婚の式典の後、新婦を交えて内輪での祝賀会を開いていたところだった。

 それまでの和やかなムードは一変してしまった。王太子の新婦はその話を聞いて青い顔をしている。

 もちろん、エリクセン1世の次女のケイト・エリクセンも祝賀会に参加していた。


「20万か。

 わが方の国境沿いの兵力は2万。すでに蹴散らされているか。できれば戦わず後退してもらいたいが、今からでは指示は届かぬし。

 領軍は自領を守る必要がある以上あてにならないし、各地の国軍の兵を集めて8万。そのうち一線級の兵は2、3万。これは厳しい戦いになるな。海兵2万も陸で使わざるをえまい」


「陛下よろしいでしょうか?」

「ケイト、何かあるか?」

「陛下、1カ月耐えてください。ライネッケ大侯爵を説得し、フリシアを救ってもらいます」

「ここからライネッケ領まで戻るだけで1カ月かかるのではないか?」

「いえ、急げば25日で戻れます」

「それならライネッケ大侯爵がここに救援に駆けつけてくれたとしても50日かかるのではないか?」

「いえ。ライネッケ大侯爵が持つ大ガメは時速30キロで休むことなく移動できます。つまり1日で720キロ移動できます。フリシアンとツェントルムとの距離は正確には分かりませんが2000キロとすると、3日でここフリシアンに到着できます」


「なるほど。分かった。できるだけのことはやってみる。

 しかし、エドモンド・ライネッケがフリシアのために駆けつけてくれるアテでもあるのか?」

「いえ。ですが可能性はあります」

「そうだな」

「わたしはこのまますぐに王都を発ってツェントルムに向かいます」

「ケイト、なんとしてもエドモンド・ライネッケを説得してくれ。よろしく頼む」

「かならずや。陛下、ヘルムスの軍船の使用許可をいただけますか?」

「分かった」

 エリクセン1世は用意された紙に指示を走り書きし、最後にサインして娘に渡した。


 ケイト・エリクセンは指示書を手に小走りに部屋を出て自室に戻り、ミューラーたち4人を呼び寄せ、取る物もとりあえず王城の裏手にある船着場から王室専用船に乗り込んだ。


 王室専用船でヘルムスまで下ったケイトたちは、ヘルムスの艦隊本部に掛け合い、翌朝、用意させた軍船に乗り込みブレスカを目指した。


 西風の関係で航海はいたって順調で、ヘルムスを発って15日後ケイト・エリクセンたちを乗せた軍船はフリシア旗を掲げブレスカ港に入港した。

 ブレスカからサクラダ経由でツェントルムまで340キロ。

 ケイトはブレスカで馬車を雇い、7日でツェントルムに到着した。この馬車にはケイトの他武官のルーカス・シュミットとハンナ・クラインみ同乗し、残りの二人はブレストオイゲン経由の乗合馬車で3人の後を追った。



 ケイトたちを乗せた馬車はツェントルム市街に到着したのは午後3時ごろ。ルーカス・シュミットが口頭で御者に指示を出しながら大侯爵邸前に直行した。


 大侯爵邸の玄関に取次がいるわけでもないので、いったん行政庁まで戻ろうかと考えていたところ、エリカとドーラがこちらに歩いてくるのが見えた。



 二人は領軍本部からの帰りだったが屋敷の前に馬車が止まり、旅装のケイトと彼女の武官二人が立っているのを見てそこまで急いだ。


「これは殿下。どうされました? お帰りは来月だったような? それにあとの二人も見えないし」

「いろいろありまして」

「それはそうと中に入れなかったんですね。失礼しました。さあどうぞ」

「ありがとうございます」

 雇った馬車にはその場で代金を支払い、下ろしてた荷物はライネッケ邸の玄関の中に収めた。


 エリカはドーラを伴い客人を連れて玄関を抜け、その先の中庭に出てウーマの中に3人を招き入れた。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 そのころ。フリシア軍はフリシアの西国境沿いの守備隊を蹴散らした西方諸国軍との直接の対決は極力さけ、王都フリシアンに各地の部隊の集結を急ぎ戦線の密度を上げていった。

 フリシア軍にとって残念なことに、王都フリシアンはフリス河により東西に2分され、王城はその西側にあったことである。戦線をフリス河の東に敷いてしまうと王城が孤立してしまう。かといって王城近くに展開してしまうと後がなく、西方諸国軍に河まで押し込まれてしまえば橋はあるものの全滅もありある。


 王城自体の東側城壁はフリス河に面しているので、囲まれるとすると北、西、南の3方向から囲まれることになる。ただ、西方諸国軍の軍船がヘルムスを突破してフリス河を遡上してきた場合はその限りではない。


 フリシアンの住民については東方への避難を進めており、王城があり戦場となり得る西市街からの疎開はあらかた終わっている。西市街の破壊や略奪は免れないが、人的被害は限定できる。



 そしていま、迫る西方諸国連合軍との戦端が開かれようとしていた。


 フリシア軍の総数はフリシアンの王城内に3000、東市街に2万の中央軍。中央軍は河を挟んで城の裏側に位置する本陣に2000のほかは、フリス河にかかる2本の橋の東側を封鎖する。エリクセン1世は城を出て本陣で指揮を執る。


 西市街の北西に2万の右軍、西市街の南西に2万の左軍が展開し陸兵の総数6万3000。これにヘルムスから5000の海兵が移動中で、遊撃隊として展開して西方諸国軍の後背を脅かす手はずに成っている。

 フリシア軍の最精鋭部隊は王城内の3000と本陣の2000であるが、この海兵5000も有力な部隊である。



 フリシア軍の作戦は西方諸国軍に王城を囲ませ、消耗を強いつつ城攻めで陣形の乱れた西方諸国軍の側背を海兵5000で突き少しでも出血を強いる。その際あまり突出せず切りを見て後退する。左右両軍は西方諸国軍が迂回して東側に抜けることを防ぐ。


 橋を渡る敵に対しては橋の上に釘付けにして矢を射かけ、状況を見て槍兵が突出する。

 その繰り返しで敵に出血を強いるというものだ。


 王城は多数の西方諸国軍に囲まれるが、東側は河に面しており、小舟で兵を送り込むことは可能である。城門城壁が破られなければ10日は持ち堪えられる。と、フリシア軍の首脳たちは考えていた。


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