第282話 フリシアからの使者


 神聖教会総本山破壊作戦の方針が大まかに決まった。

 神聖教会の聖地ハジャルに討ち入ってそこで御子と戦うところまでは既定路線だ。

 これで俺たちは世界中の神聖教会の信者を敵に回すことになるのだろうが、それは仕方ない。

 ライネッケ領には神聖教会がらみの施設はないので神聖教会の信者はいたとしてもごくわずかなはずだ。万が一テロでも働くようならタダでは済まさないが、そのまえにそいつらは勝手に他所よそに出ていくだろう。


 作戦開始日は明後日。特に用意するものはない。ケイちゃんは年末年始の間にキューブの特訓を続けた結果、意識するだけでダンジョン矢筒の中に矢をまとめて出せるようになっている。

 これで矢筒を代えることなく連射ができる。御子といえども、ペラの四角手裏剣で足止めされた上にケイちゃんの矢でハリネズミになればただでは済まないはずだ。


 作戦を決めた翌日。

 移動前ということで俺は道路作業現場に戻らずに、ペラと並んでウーマの中で作り置き用の料理を作っていた。ケイちゃんは居間でキューブの練習だ。


 スープの味見をしていたら、ペラが表に誰か来ている。と、言ったので前方スリットから外を見たら行政庁からのメッセンジャーだった。


 ウーマを降りてメッセンジャーの話を聞くと、フリシア国王からの親書を携えてフリシアの外務卿が俺を訪ねてきたという。外からの音はウーマの中ではほとんど聞こえないのにもかかわらず、ペラには外の気配が分かるらしい。


 外務卿というと外務大臣?

 放っておくわけにもいかないので、料理はペラに任せて、行政庁に赴くことにした。


 行政庁の前には立派な黒塗りの馬車と幌馬車が1台ずつ止まっていた。誰かが気を利かせたようで水桶が用意されており、2人の御者らしきおじさんに見守られて馬車から外された4頭の馬が水を飲んでいた。

 馬車の周りは馬車を守るように、6人ほど護衛らしき男女が立って周囲を警戒していた。ツェントルムうちではそこまで警戒しなくてもいいですよ。とか思ったのだが、昨日襲撃があったばかりだったことを思い出した。世の中物騒になったものだ。


 行政庁の建物の中に入ると、応接室に使者を通したという。今の行政庁の庁舎にはちゃんと応接室も会議室もあるのだよ。それも複数。


 フリシアからの使者が通されたという応接室に入ると、部屋の中には男女二人。女性がソファーに座って、男性の方は女性の座るソファーの後ろに立ってカバンのようなものを下げていた。

 俺が部屋に入ってきたところでソファーに座っていた女が立ち上がって俺を迎えた。女性は小型のカバンをにしていた。


「ライネッケ大侯爵閣下。お忙しいところお邪魔して申し訳ありません」

 俺の格好はいつもの胴着姿なんだがよく俺がライネッケだと分かったな。若造がこんなところにいるってことで察したのか?


「わたくしはオイゲンと申します。フリシアでは他国との交渉事を任されています。

 このたび閣下にフリシア王国国王エリクセン1世陛下からの親書を持参しました」

 つまり外務大臣? 外務大臣が直接こんなところまでやってきた?

「こちらです」

 そう言ってオイゲン外務卿は手に持った小さなカバンの中から封筒を取り出して俺に手渡した。


 二人にソファーに座るように言って、俺もソファーに座り手渡された封筒を開けることにした。男の方は遠慮してソファーに座らず、俺が部屋に入って来た時と同じようにオイゲン外務卿の座るソファーの後ろに佇立した。


 封筒には封蝋がしてあったし、ペーパーナイフを俺は持っていなかったので他人の見ている前だったが構わずキューブの中からペーパーナイフ代わりのサクラダ時代に使っていた木製のナイフを取り出した。

 そのナイフで封筒を開き中身を取り出して一通り読んだ。


 内容は、フリシアはヨーネフリッツに対して一切の敵対行為を行なわないことと、この俺自身と友誼を結びたいとおことだった。友誼の一環としてこのツェントルムにフリシアの公館を建てたいということだった。

 公館ということは大使館か。建ててくれてもいいが、仕事なんかないんじゃないか? 俺が心配することではないが。

 なんであれ、俺たちからの侵略を恐れてのことだろうが、下手に出られた以上こっちもそれを無視して侵略はできないよな。

 少なくともフリシアは俺の風下に立つことを是とした。と、理解していいはずだ。


 親書には別紙があり、

 公館の建設費用フルシアン金貨2000枚をフリシアが支払う。

 大使は3カ月後に着任。公館が建設中の場合、ライネッケ領側が公館関係者宿を提供する。

 公館の下級使用人はライネッケ領で斡旋する。


 など公館建設関係の大枠が書かれていた。


 特に問題はなさそうなので、了解した。と、口約束した。口約束でも契約は契約という文化がこの世界にあるのかどうかわからないが、責任ある者の言葉はそれだけで意味はあるだろう。


 最後に。

「これは国王陛下から閣下への贈り物でございます」

 オイゲン女史がそう言ったところで後ろに控えていた秘書がカバンを持って前に出てカバンの中から王冠が取り出された。

「これは、ヨーネフリッツのハルネシアの王城からわが軍が接収したものです。返還いたしますのでお納めください。

 なお、王笏も占領軍が接収していますが、そちらはドネスコが所持しています」

「これはどうも。ありがたくいただきます」

 ヨルマン王家ではなく、フリッツ王家の王冠ということだな。俺の叙爵式の時、王さまが王冠を被っていなかったし、王さまらしいものを何も持っていなかったのは、そもそも何も持っていなかったからだったのか。哀れな。

 この王冠は今度ドリスからの報告の使者が来たら持たせよう。戴冠式用の王冠は発注済みだろうが、あって困る物じゃないだろうし、俺がそんな物を持ってたら逆に怪しまれるし。



 金貨2000枚は今回持参していたようで、護衛が二人がかりで行政庁の玄関の中に運び入れた。


 仕事を終えたのでこれで帰途につくというオイゲン女史に、ドリスのために建てた迎賓館っぽい建物はあるので、今日くらい逗留してどうかと勧めたが、ご迷惑でしょうから。と、遠慮して帰っていった。

 いきなりやってこられたので、迎賓館は掃除くらいしているだろうが、今現在人はいない。急に人を泊めるのは難しいから帰ってくれてありがたいんだけどな。

 通常なら到着前に先ぶれを走らせるのだろうが、他国に騎兵を連れてくるわけにもいかないから仕方がないことなのだろう。


 手土産として適当なものがなかったので、ケガと病気のポーションセットを宝箱ごと1ケース144本渡しておいた。たしかフリシアにはダンジョンがなかったハズなので、それなりに希少だろう。


 フリシアの公館だが、面倒なのでドリスのために建てた屋敷を流用することにした。なので頂いた金貨2000枚は行政庁の財務担当にそのまま渡しておいた。

 そこで聞いたところ、フリシアの金貨はフリッツ金貨と絵柄が違うくらいの差しかないため区別する必要はなく、このまま流通させても問題ないということだった。2000枚といえども通貨量が増えることはいいことだ。



 ウーマに戻ってケイちゃんとペラに先ほどのフリシアからの使者の話を話しておいた。

 詳しいところはエリカたちが領軍本部から帰ってきてからでいいと思いかいつまんだ話だけだ。


 4時ごろ、エリカたちが領軍本部からウーマに戻ってきたところで、フリシアからの使者の話をした。今回は俺の考えなんかも加えて少し詳しく話した。


「フリシアが頭を下げに来たって事よね?」

「そうだろうな。ヨルマン王家とすればそれほどフリシアに対して含むところはないから別にいいんじゃないか?」

「そのうち、ドネスコから王笏が戻ってくるかもしれませんね」

「あり得るな。

 ドリスはもう発注しているだろうから、どちらかが無駄になるけど、それはそれ」


 これでフリシアに攻め入ることは難しくなったわけだが、何も覇業は全ての国を武力で従えるということではないだろう。俺たちに従う友好国なら征服したのと意味合いはそれほど変わらない。今回のことで俺の覇業は一歩というか、かなり前進したと考えていいだろう。


 大使が着任したらさすがに歓迎会を開かなければならないだろうから、その用意は必要だろう。食器とか給仕の手配とか諸々。けっこう仕事があるぞ。肉料理にはワイバーンを使ってもいいだろう。余った肉は駐屯地に分けてやれるし。解体はエルフの里かサクラダダンジョンギルドに頼んだ方が無難か。


 俺の執務室の会議テーブルでの説明が終わったところでエリカたちは風呂に入るため自室に戻り着替えとタオル類を持っておれの前を通り過ぎて行った。

 日常だなー。

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