第264話 旧ヨルマン領回復3


 ケスラーと名乗る旧ヨルマン領の太守らしき男の前にリンガレングを出し、15分後に本棟を破壊するから中から人を出すように。と、言って脅してやったのだが、目の前のケスラーは反応しない。


 俺も一度口に出した手前、中に人がいようが本棟を破壊しなければならないのだが、目の前の男は物理的に不可能と思っているのか? それとも俺がアマちゃんで命令を撤回するとでも思っているのか? なんの罪もない無垢な人間でも事故や災害に遭えば死んでしまう。かわいそうではあるが、恨むならケスラーを恨め。


 ケスラーが連れてきた若い男が本棟からの避難指示を出すようケスラーに早口で話しかけているのだが、ケスラーは首を振って取り合おうとしない。

 もう一人の若い男が堪りかねて後ろに向けて駆けだしていった。本棟から逃げ出すように警告するのだろう。


 本棟の中から全員逃げだしたのかどうかは分からないが、時間が来たようだ。

「そろそろ時間だ。何も返答がなかったようなのでこれから本棟を破壊する。破壊後はわが方の兵隊で城内を制圧するのでそのつもりで、もちろんきみたちも逮捕する。

 抵抗がひどいようだとこのクモが介入する。その場合、抵抗した者は兵であろうがなかろうが切り刻まれて文字通り血肉の泥濘になるので、捕虜となるきみたちが後で片付けることになる。

 リンガレング」

「はい。マスター」

 クモが人語を発したことで目の前の男はひどく驚いたようだ。

「ま、待ってくれ! いえ、待ってください。

 引き渡します。ヨルマン領をドリス殿下に献上します」

「リンガレング。待て」

「はい」


「立場を理解していただけたようでなにより。

 さっそくですだが、貴殿にやっていただきたいことがある。

 ヨルマン領が全土ドリス殿下のもとに帰ってきたことを領内各都市の代官に知らせてください。ヨーネフリッツの正統なる後継者、ドリス・ヨルマン殿下の代理としてのわたしの名で。

 あと、軍の責任者をここに寄こしてください」

「はい。ただちに」

 ケスラーはお供を連れて城内に駆けて行った。


 ゲルタ守備隊改めライネッケ領軍第4、500人隊の面々には、その場で小休止とした。


 思った通りことが進んでしまった。この感じだと各都市もそのまま恭順しそうだ。


 ウーマの前でペラと軍の責任者がやって来るのをしばらく待っていたら、エリカがウーマから降りてきた。

「どう? 中にいたら声が聞こえないんだけど、うまくいってるようじゃない」

「うまくいってる。さっきここにいたのは旧ヨルマン領の太守だったんだけど、各都市の代官に旧ヨルマン領はドリスのもとに返ったと告げるように言っておいた。

 あと、軍の責任者を呼んでるから、エリスもここにいてくれ」

「分かった」


 エリカがウーマから降りてきて5分ほどして、軍人らしき男が数人の部下とケスラーの子分の片割れがやってきた。


「わたしはライネッケ侯爵。そして隣がハウゼン子爵だ。

 貴殿の聞いている通り。ヨルマン領はドリス殿下のもとに返った。ヨルマン領内の軍隊は殿下の軍であるライネッケ領軍の領軍本部長、ハウゼン子爵の指揮下に入るよう」

「よろしく」

「はい。よろしくお願いいたします」

「領内各都市の兵隊たちにもそのことを周知徹底するように」

「了解しました」

「あと、わたしが連れてきた兵隊たちをその先の駐屯地に駐屯させるのでよろしく」

「はい」




 翌日。


 現在ウーマは城内の空き地に鎮座している。

 第4、500人隊は以前ライネッケ遊撃隊が駐屯していた城に面した駐屯地に駐屯した。駐屯地には1個500人隊が駐屯していたが、ホト子爵の指揮下に入った。


 昨日の軍の責任者からの報告を整理した結果。

 ゲルタ守備隊を含め4個500人隊相当の兵隊と騎兵40騎が手に入った。もう少し騎兵が欲しかったがない袖は振れないので諦めた。ものに成るには何年もかかるだろうがライネッケ領で軍馬の飼育を始めた方が良さそうだ。これは研究案件だな。



 第2段階が無事終わったのでウーマの中の会議室に全員を集めて、会議することにした。

 俺が議長席で、右手がエリカ以下の3人。

 左手がドリス以下の4人。


「これで旧ヨルマン領が手に入った。と、考えていいだろう。

 俺たちの旗をはっきりさせるため、この城を王城と定めドリスを王さまにしようと思うんだ。どうだろう?」

「今やって悪い理由なんかないんだから、早い方がいいんじゃない? そうすればどこかを攻めるとき一々説明しなくて済みそうだし」と、まずはエリカ。

「ドリスはどう?」


「なにか夢を見ているようですが、異存はありません」

「了解。

 それで、国名はヨーネフリッツ王国。王都はもちろんここブルゲンオイストだ。正統なる王位継承者がにせの国王を追い国土を回復する。という建前だ。国名は向こうと同じでややこしいから、これからは向こうのことを西ヨーネフリッツ王国と呼ぼう」

 こっちの国名を正統ヨーネフリッツとか元祖ヨーネフリッツとか考えたが、それだと安っぽいし何もない方がカッコいいのは確かだ。


「この状況って、以前後継問題でフリシア国内がもめてた時みたいよね」

「他国の介入はありそうもないが、あまり長引かせていいもんじゃないからな」


「ヨーネフリッツ王国はいいけどライネッケ領も名まえを変えた方がいいんじゃない?」

「いや、俺たちのライネッケ領はヨーネフリッツ王国の一地方ということにしておけばいいだろ?」

「てっきりライネッケ領を格上げして国にするのかと思ったけど、領から国となると何が変わるか分からないけど面倒そうだものね」

「国になるのは将来の話でいいだろう。

 それで、ヨーネフリッツ王国軍は今までヨルマン領にいた兵隊たちをそのまま使う。そして、俺たちが今回連れてきたライネッケ領軍とエルフ部隊は当面ゲルタの守備を続ける。エリカ、それでいいだろ?」

「うん。了解」


「あとは、ドリスの王さまとしての名まえだけど、ヨルマン3世かな? 今のヨルマン2世が偽物という建前から言えばヨルマン2世になるんだけど、それだと紛らわしいよな」

「何もなんとか何世にこだわらなくてもいいんじゃない?」

「つまり?」

「ヨーネフリッツ王国女王ドリス・ヨルマン」

「今まで姓を使っていたから区別するために何世が必要だったけど、名まえと姓ならよほどじゃないと同じにならないし、もし同じになったてもその時、2世、3世って付ければいいだけだものな」

「でも1世ってつけた方が重みがあると思うな」と、ドーラの感想。

「確かに1世を付けた方が重みはあるな。

 ヨーネフリッツ王国女王ドリス・ヨルマン1世。

 こっちの方が響きがいいような気がするけど」

「確かにそうね」

「ドリスもこれでいいかな?」

「はい。

 一つ提案があるんですが?」

「なに?」

「エドは今、西ヨーネフリッツ王国の侯爵ですが、今度は新しいヨーネフリッツ王国の貴族になるんですよね?」

「うん。そうなるな」

「ただの侯爵だと、将来的に侯爵が増えて来た時に差がなくなるので、公爵よりも上の大侯爵というのを新設しませんか? そうすれば国民も安心すると思うんです」

「確かに。王室との結びつきを強調する意味はあるわね。いいんじゃないかな。

 王室との結びつきという意味なら、エドとドリスが結婚した方がいいと思うけど」

『思うけど』という、この語尾。これは反対意見という意味ではないか? つまりエリカは俺とドリスが結びつくことに反対=俺に気がある?

「いえ、それはさすがに」顔を幾分赤らめたドリスが一応否定した。顔を赤らめたということは少しはこっちはこっちで俺のことを意識してくれたいたということか?

 何だか春が来たような。

「そうだよね。相手がエドじゃね。

 それに、もしエドとドリスがくっついちゃうとわたしたちがウーマを使いづらくなっちゃうのよね。まさか新婚の寝所にお邪魔はできないわけだし」

 何だよ。そっちの心配なのかよ。確かに切実な問題なのは分かるけどな。

 人間、色気より食い気というか、普段の生活が大事だし。


「それはそうと、今回の作戦の最終段階として、西ヨーネフリッツの艦隊拠点に出かけて行って交渉するのがまだ残っているから、そっちを早めに片付けない?」

「旧ヨルマン領での異変がハルネシアに届くには最短でも5日はかかるだろうし、それから対応策を考え、何かをするとなるとさらに10日はかかるだろう。

 ということだから、15日以内で済ませてしまおう」

「それで考えたんだけど、海からだとウーマのスピードって遅いじゃない? 今度は陸から行かない? その方が早いはずよ」

「そうだな。地図は旧領軍本部にあるだろうし。今度は陸路で行ってみようか」



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