第262話 旧ヨルマン領回復、ゲルタ城塞
打ち合わせを終え、各自作戦遂行のための準備に取り掛かった。
部隊の輜重については、ライネッケ遊撃隊時代に考案した小型荷車と同等の物を装備している。
領軍の部隊は訓練とレメンゲン効果で平地なら1日60キロの移動をこなす。
エルフ部隊も60キロ移動できるそうだ。彼ら用の小型荷車はツェントルムで物資と一緒に支給すると伝えている。
エルフ部隊のための矢については早くから備蓄しているので、問題はない。
打ち合わせから15日後、エルフ部隊が到着した。
ツェントルム郊外に2カ所設けた軍の駐屯地の余裕がある方に駐留させ、こちらの部隊との合同で行軍訓練などを行なった。
もちろん到着当日は野外で宴会だ。
一度、エルフの500人隊による長弓の斉射を見せてもらった。整列した部隊の形そのままで面として矢が放物線を描いて飛んでいき、それが斜めに地面に突き刺さる。
しかも矢の落下位置は隊長の指示通りの位置だ。
会戦なら一斉射で一部隊が消えてなくなる。ある意味狂暴な攻撃だった。最大射程は500メートル近いそうだが、そこまで射程を伸ばすと落下地点が全体的にバラけてしまうため、300メートル程度で運用するそうだ。
射程300メートルで急斉射した場合、心臓が5回鳴る間に目標を定め一斉射できるという。
何にせよ、敵の弓兵の射程外から撃てるのは強みだ。エルフたちのためにツェントルムに用意した矢は5万本。500人で100斉射可能だ。重さにして4トン。小型荷車で運搬するには10台必要になるので、俺がゲルタ城塞まで運ぶことにした。
エルフ部隊を配置する予定のゲルタ城塞にも矢の備蓄はあるはずなので、5万本もあれば、何が来ても大丈夫だろう。
そして、あの会議から1カ月が過ぎ、作戦開始当日となった。
旧ヨルマン領併呑の名目は緩衝地帯云々ではなく、最初からヨルマン1世の正統な後継者であるドリス・ヨルマンによる正義の執行とした。言葉を変えればヨルマン2世の追討だが、ビブラートだかオブラートに包んだ表現にした。
オストリンデンのハウゼン商会にはすでに今回の『義挙』の説明をしている。エリカのお父さんは「いよいよですね」と、予想していたような口ぶりだった。それはそうか。
ウーマはオストリンデンへの街道入り口に位置し、その後をライネッケ領軍の2個500人隊、そしてエルフの500人隊が続いた。
各部隊はそれぞれ小型荷車を率いている。
作戦開始にあたり、ウーマの甲羅上のステージに立ち後ろに従う兵隊たちにひとこと。
「作戦開始にあたって言うことは何もない。
日々の訓練通り動いてくれるだけで十分だ。
それでは進軍開始!」
ウーマが街道上をオストリンデンに向け歩き出した。
時刻は午前7時。途中1時間ごとの小休止と昼の大休止を含め午後5時までに50キロ行軍する予定だ。
ウーマがペースメーカーなので、ついてこられれば正確に50キロ進むことができる。
ツェントルムからゲルタまで道なりに進んで300キロ。
ツェントルムは今日も日常と変わらない。見送りもない中での進軍だった。
ドリスたちをツェントルムに置いてきても良かったが、ウーマの中にいる分には何の危険もないのでそのままウーマに同乗している。
今は食堂で俺とペラをのぞく全員でだべりながらバナナを食べている。余裕のなせる業なのか、気を紛らわせているのかは不明だが、バナナはまだまだたくさんある。
ウーマの食料庫だが、定員が増えたことを考慮したようで、かなり広くなっている。
量もさることながら、品物も増えている。一例をあげると、各種の缶詰。特にありがたかったのはトマトの缶詰。いろんな料理に利用できる。果物類の缶詰はもちろん、サバの水煮、シャケの水煮、カニ缶など。
味噌も赤白、みりんにコメの酒。さらに驚いたのは食料庫の先にワインセラーが出現していたことだ。ワインセラーに並んだブドウ酒は瓶に入れられているのだがラベルも何もないのでいつ瓶詰めされたものかは不明だた。試しに飲んでみたところ、口当たりがよく酸味が少し強かったので、まだ若いワインのようだった。
俺はコメの酒の方が好みなので、夕食時にエリカたちがワインを飲んでいる傍ら、料理酒かもしれないがコメの酒を飲んでいる。淡麗で飲み口がすっきりしている。料理にも使うので料理酒なのだが、まさに地酒だ。ちなみにみりんは細口瓶に入っていて、日本酒は一升瓶に入っている。
食料庫の他には台所も拡張され、調理台が広くなり、広くなった部分の下にオーブンが出現した。
今ではパンも焼けるし、ピザも焼ける。
「いよいよね」
「あと6日。途中の街では軍隊が通ると驚かれるだろうが、まさか俺たちがある意味反逆しようとしているとは思わないだろうなー」
「それはそう。ただ素通りするだけだもの」
2日目の午後4時ごろオストリンデンを通過した。
予想通り街の連中は驚いたが、ただそれだけだった。
街を警備する兵隊たちも道を避けて俺たちを眺めていた。
そんなもんだ。
街道を進みディアナ、ブルゲンオイストと都市を横切り、6日目の午後4時半。
部隊はゲルタ城塞の東門前に到着した。
まだ日が高いので東門は開け放たれたままで、門前の兵隊たちは、半分口を開けて俺たちを眺めていた。
まさか俺たちを敵だと思っていないようだ。
このまま門の中に入って行ってもよかったが、普通に降伏勧告することにした。
念のためペラを引き連れてウーマのステージに上がり、ゲルタ守備隊の兵隊たちに向けて大声を上げた。
「わたしはライネッケ侯爵本人だ。きみたちの中でもわたしを知っている者もいるだろう。
諸くんが守るゲルタ城塞をヨルマン1世の正統な後継者であるドリス・ヨルマン殿下に引き渡すためわたしたちはここにいる。
速やかに城塞の指揮権をわたしに譲渡していただきたい。
半時間ほどここで待つ。指揮権譲渡を拒否するなら実力を行使する」
そこまで言ったところで、リンガレングをステージの前の甲羅の上に出した。
「リンガレング、見参!」
相変わらずの口上で登場したリンガレングが西に傾いた日の光を反射してキラリと輝いた。
憎い演出だ。
俺の言葉はちゃんと伝わったようで、守備隊の兵隊たちは大慌てで門の中に駆け込み門を閉じた。
門前にはゲルタに入城待ちの荷馬車や通行人がまだいたが、荷馬車の御者は荷馬車を放って逃げ出し、通行人も逃げて行った。ちょっと悪いことをしてしまった。
返答を30分待つと言ったので、とりあえずステージの上に立ったままゲルタの反応を待っていたら10分ほどで門が開き、中から初老のおじさんが現れた。
よく見るとそのおじさんは俺たちが以前お世話になった守備隊長だった。確か名まえはホト子爵だったはず。
俺はステージの上から飛び降り、ペラも俺に続いた。
そして、守備隊長の前まで歩いて行った。
「ライネッケ侯爵閣下。われわれは戦う意思はありません。指揮権を譲渡します」
「ありがとう。
それじゃあ、われわれはいったん城塞内に入ります」
「はい。
それではご案内します」
ウーマの中から全員降りてもらい、ウーマとリンガレングはキューブにしまった。
ホト子爵の後について俺たち9人が続き、さらにその後を3個500人隊、1500名が続いた。もちろん俺たち全員鎧姿だ。
守備隊本部前の広場で領軍副本部長であるペラの号令で兵隊たちが整列したところで、建前上、ドリスをホト子爵に紹介した方がいいと思い、ドリスたち4人をホト子爵に引き合わせた。
「ホト子爵、ご無沙汰していました」
一歩前に出たドリスを見てホト子爵が目を見開いた。
「殿下もご壮健のようで何よりです」
顔見知りだったか。ヘプナー侯爵ともドリスは顔なじみだったからそういうこともあるのだろう。今回守備隊があっさり降伏したのはウーマとリンガレングだけの力ではなく神輿としてのドリスの力も大きかったようだ。
うちの兵隊たちは守備隊本部の兵隊たちに案内されて食堂に向かった。ゲルタ城塞内には宿舎も十分あるので野営の必要はない。
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