第260話 それから2年。作戦会議
[まえがき]
ここから本格的に外の世界に向かっていきます。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ドリス殿下たちがやってきて、その日気楽亭で引っ越し祝いを予定通り行った。
「「かんぱーい!」」
「わたしたちをツェントルムに受け入れていただいたばかりか、ご一緒に住まわせていただくなんて、本当にありがとうございます」
「殿下たちも俺たちの正式な仲間になったってことで、それでいいじゃないですか?」
「はい。
それでしたら、わたしのことは殿下ではなくドリスと呼び捨てにしてください」
「「わたしたちも呼び捨てでお願いします」」
「3人はそれでもいいかも知れないけれど、殿下を呼び捨てには」
「体面もあるでしょうから、それではウーマの中だけでも」
「うーん。それじゃあ、そういうことにしましょうか。それでもやはり『さん』は付けた方が良さそうな」
「あら、エド。わたしだけ呼び捨てなのね?」
「えー、エリカは自分で呼び捨てでって言ったじゃないか!?」
「いま殿下だってそうだったじゃない」
「これはこれだろ?」
「冗談よ。わたしたちもウーマの中だとドリスさん? ちょっと呼びづらくない?」
「そうですね。女子限定でドリスと呼び捨てでいいかもしれません」
「わたしも殿下を呼び捨てに!?」
「ドーラは年下だから『さん』付けとか『お姉さん』付けでもいいと思うぞ」
「そうだよね! 安心した。ドリスお姉さんって呼ぼう」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ドリス殿下を受け入れて2年が経ち、俺は21歳になっていた。
殿下用の屋敷は予定通り完成したが、殿下たちはウーマに引っ越しているので、使う当てがなくなってしまった。結局そちらは迎賓館ということにした。とはいえ、賓客がツェントルムにやって来ることはまずないだろう。
俺たちの屋敷も完成した。いわば領主の公館だ。
ウーマも中央広場から引っ越して屋敷の建屋に囲まれた中庭に鎮座している。
ウーマを用事で駆り出したときのため、屋敷内に各自の寝室など揃っている。いまのところ使用人はいない。
中央広場に面していた雑貨屋も拡大され、衣料品から日用品、食料品、そして趣味のものまで何でもそろった店、まさにデパートだ。
真ん中で存在感というか威圧感を与えていたウーマがいなくなった中央広場はずいぶん広く感じられるようになり、今では屋台が並び、月に何度か市が立つようになった。
行政庁もちゃんとした建物に建て替え、人員もだいぶ充実してきている。
これまでツェントルムには雑魚寝の自炊宿舎しかなかったが、本格的な宿屋もオープンし、オストリンデン方面からの商人や旅行者が利用できるようになった。
子ども向けの学校=小学校も完成し、6歳から10歳までの4年間を初等教育とし義務教育とした。その後の中等教育についても学校を建設中だ。中等教育と言ってはいるが、職業専門教育を考えている。
技術研究試験所であるライネッケ研究所も稼働して、俺の思い付きを形にしてもらっている。順にあげていくと。
湖でのマスの養殖。これは比較的容易だったようで、湖に張り出した桟橋沿いに網で作ったいけすの中でマスの稚魚が泳いでいる。人工授精させた卵から孵化したものだ。再来年には成魚になるという。餌は穀物にオストリンデン近海で取れた小魚を乾燥して砕いたものを混ぜた合わせたものだ。
活字の製造と活版印刷。
このあたりの文字は表音文字のため文字の種類が少ない。従って活字の種類も少なくて済む。
まずは学校教育のため教科書を作ろうと考えている。
教科書の執筆者は小学校の先生としてエルフの里から招へいした先生たち。やる気を出して頑張ってくれている。
鉄鉱石と石炭を使った製鉄。
水車を利用したふいごと、耐火煉瓦の研究を行なっている。うまくすれば、銑鉄から鋼ができるはずだが、まだ先は長い。
ガラス生産技術の向上。
耐火煉瓦とふいごで高温を得るという意味で製鉄と共通する部分がある。
板ガラスの製造に焦点を当てて高品質なガラスの開発中だ。当然ガラス器具などにも挑戦している。ガラス器具の単純なものでガラス食器などは既に実用化しており、ライネッケ領の特産品となっている。将来的には、レンズなどにも挑戦したい。
どういった研究でも、俺は完成形を知っている=正解が存在する。わけで、そこは大きな違いだ。
研究の話以外では、どういった地質構造に成っているのか分からないが、ツェントルムの北にある湖に流れ込む川の上流で温泉が見つかり、そこまでの道を整備した後、一帯を開発して大規模な温泉保養所を建設した。
ツェントルムを中心としたライネッケ領の人口はここ1年で急速に増加しており、すでに4万人を超えている。
ツェントルの市街地もかなり広がっている。
さらにツェントルムを囲むように開拓村が4個。ツェントルムとオストリンデンを結ぶ街道沿いに、小規模ではあるが、宿場町が2個できた。
それとホップの生産に合わせてツェントルム郊外にエールの醸造所を建設した。エールの場合、現在の技術だと秋から春にかけての半年しか生産しかできないが、1サイクルが20日程度なので、かなりの量のエールが生産できる。これによって、エールの輸入のための運送力を他の物の輸送に使えるようになった。エールの移送っていろんな意味で重いんだよ。(注1)
人が増えることで生産力も向上し、穀物生産量はヨルマン領と合わせればヨルマン領とライネッケ領すべての需要を賄えるまでになっていた。つまり、ヨルマン領以東をヨーネフリッツから分離したところで理論的には飢えることはない。
領軍の戦力は3個500人隊+3個100人隊。これにエルフの里からの援軍として1個500人隊を使うことができる。
領軍の隊長クラスは知らぬ間に集まっていた元ライネッケ遊撃隊の隊員だったりする。勘定したところ300人ほど集まっていた。
部隊の駐屯用にツェントルム近郊に同規模の第1と第2駐屯地を設けており第1駐屯地に第1、第2、500人隊、第2駐屯地に第3、500人隊と残りの3個100人隊が駐屯している。施設の規模は最初は2個500人隊を収容できる規模だったが拡張して4個500人隊を収容できる規模に成っている。前世における連隊駐屯地だな。
今のところ、従来通り500人隊、100人隊と呼んでいるが、そのうち500人隊は大隊、100人隊は中隊、20人隊は小隊と名称変更しようと思う。
リンガレングとウーマは俺の直轄という形だが、ライネッケ領軍の最高責任者はエリカということになっている。肩書は領軍本部長。ペラが領軍副本部長だ。
領軍本部自体は第1駐屯地内にある。ペラは俺について歩くことが多いのだが、エリカは基本的に毎日領軍本部に顔を出しているようだ。
打って出る準備は整った。そろそろ動き出さないと人生の日が暮れてしまうからな。
そういうことで、今日はウーマの俺の執務室兼会議室で旧ヨルマン領の奪還作戦について意見を交わすことにした。なお、王都がブルゲンオイストからハルネシアに遷って以来、旧ヨルマン領は太守が治める国の直轄領となっている。
会議の参加者は俺、エリカ、ペラの3人。
俺の執務室に置かれた会議テーブルの上に自動地図を広げて、それを見ながらの意見交換だ。
「ゲルタ城塞を奪取できれば、ヨルマン領は手に入ったようなものだ」
「どうして?」
「ヨルマン領で兵の数が多いのはブルゲンオイストだけど、最も陥としにくいのがゲルタ城塞だ。これは誰でも知ってるよな」
「うん」
「ブルゲンオイスト以外の都市から見た場合、ゲルタ城塞が陥ちれば陸からの救援は望めないうえ、俺たちと交戦すれば必ず負けることはバカでも分かる。誰でも痛い目に遭いたくない以上降伏一択だろ?」
「こちらが言わないうちに降伏するって向こうから言い出すかもしれないわね」
「だろ?
まずはゲルタ要塞を攻めてこれを陥とす。おそらく俺たちが攻めれば降伏するだろう。
ゲルタを陥とした後はブルゲンオイストだ。
常識があればすぐに降伏するハズだ。とはいえ、降伏を確実にするためリンガレング、ウーマを先頭にしてゲルタで降伏した部隊を引き連れてブルゲンオイスト向かおうと思う。ちょっと前までの友軍が簡単に寝返って攻めてきたらそりゃ驚くと思うだろ?」
「そうなんでしょうけど、降伏した兵隊を簡単に使って大丈夫かな?」
「降伏した兵隊たちだって、俺たちに反抗するよりヨーネフリッツに対抗する方がよほど安全ということは理解できるだろう。
それに、俺たちはヨーネフリッツの正統後継者を本来の席に座らせる正義の軍なわけだから彼らも楽に降伏した上、喜んで俺たちの仲間になるんじゃないか?」
「確かに」
「ブルゲンオイストが陥ちればあとの都市は使者を送るだけでアッサリ降伏するだろう」
「降伏しなければ、ウーマを先頭にその都市に行くだけだものね」
「そういうこと」
注1:
子どもを含めたドイツの一人当たりの年間ビール消費量は約92リットルだそうです。これを1万人当たりに換算すると年間92万リットル。4万人なら370万リットル=3700トンになります。つまり1日当たり10トン以上馬車で運ばなくてはなりません。二頭立ての荷馬車の場合、多くて2トン運べるそうなので、1日当たり5、6台の荷馬車を仕立てる必要があります。
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