第191話 傭兵団5


 例の軽食屋で桃のタルトを食べながらこれから向かおうと考えているゲルタについてエリカから話を聞いた。


 戦場は初めてだが、どうってことはないだろう。という気がしてしまう。

 レメンゲンの力、ペラ、リンガレング。負ける要素がどこにもない。


 ウーマの中にこもっていればどんな攻撃にも耐えられる。それでは傭兵団『5人』の名を売れないので、敵が囲む城壁の外でたった5人で横並びになって、向かってくる敵をバッタバッタとたおしていき、城壁の上から見守る守備隊の兵隊たちから拍手喝さいを浴びる。その光景が手に取るように想像できるぞ。これだよ、これ! 五人の侍をオマージュした荒野の5人だ!


「エド、歩きながらニヤニヤしないでよ。ニヤニヤするなとは言わないけれど、するならダンジョンの中か、ちゃんと椅子に座ってからにして。道でそれされちゃうと変な人と一緒にいるって思われちゃうから」

「はい」

 こう答えるしかないものな。


「そういえば、お城の裏手が領軍の駐屯地みたいだったからちょっと見学してみないか? 昨日は何もやっていなかったけど、今の時間なら兵隊が何かやってるかもしれないから」

「兵隊が何かやってるって、それは訓練でしょ。

 でも、これからゲルタに行って敵の兵隊と戦うわけだから、兵隊がどんな動きをしているのかって知ってると何かの役に立つかもしれないわね。

 兵隊を敵と見立てて、どんな動きをするのか知るのはいいかもしれないわ」

 さすがはわが軍師、諸葛エリカ、積極的だな。俺はそんなことは露とも思わず、ただ面白いことしてないかと思っただけだったんだが。


 とにかく今現在俺たちはお金持ちのプータロー状態なので時間を潰すというのが最大の仕事だ。

 当然エリカもその辺りのことは理解しているので、俺の提案に積極的意見を付け加えてくれたのだろう。と、暇な俺は無駄な思案を巡らせてしまった。



 領軍の駐屯地?を堀に沿った道から眺めると、槍を担ぎリュックを背負った兵隊たちが行進していた。生前よくメディアに流れていた某国の軍事パレードと比べれば見劣りするものの、それなりに揃った足取りだ。数を数えたら20人から22人の4列縦隊が一組になってそれが5つ並んで行進していた。ということは400人強の兵隊が行進していることになる。

「さすがは領都の兵隊だな。きれいに揃って行進してるものな」

「そうね。だけど今行進してるのは500人隊と思うけど、人数少ないわよね」

「そう言われれば、400人ちょっとしかいなかった」

「数えたの?」

「うん。適当だけどな」


 空き地の中をくるくる回るのかと思って見ていたら、彼らはそのまま門を出て俺たちの先のお堀の前の道を通って向こうの方に歩いて行った。


「郊外で訓練するのかな?」

「エド、きっとあればゲルタに移動するのよ」

「そうか。そうだよな」

 ということは、彼らは近い将来、俺たちの雄姿をじかに見て歴史の証言者になるわけだ。運のいい奴らめ。


「今の時間出て行ったってことは、この時間から移動してもゲルタに今日中に到着するってことだよな」

「そうなんじゃない」

「馬車に乗れなくても、9時ごろまでに宿を出ればゲルタに明るいうちに到着できるってことだな」

「そうでしょ」


「さて、見るものを見たから次はどうしようか?」

「ゲルタだと物が手に入りにくいと思うから、ここで買いたいものがあるなら買った方がいいんじゃない? 物は高いけど、背に腹は代えられないわけだし」

「そうだな。それじゃあ商店街を探してみよう」

「あそこに誰かいますからわたしが聞いてきます」

 ケイちゃんが向うの方で堀の水を見ていたおじさんのところまで走って行って、言葉をかわしたと思ったらすぐに帰ってきた。

「道は分かりましたから、行きましょう」


 この能力もすごいよな。簡単に道がわかるんだもの。なんだか単純なコミュニケーション能力ではないような気がするんだよ。まあ、あれだ。ハイエルフの特殊能力とか、ミスル・シャフーの巫女の特殊能力なんだろう。


 ケイちゃんに先導されて旧市街と新市街を分ける壁を過ぎしばらく歩いて行った先の商店街はサクラダの商店街とよく似た感じだった。

「ここと同じ感じの商店街が領都には何ケ所もあるようです」

 そりゃそうだよな。サクラダに比べてこの領都は人も多いし広いんだもの。


 八百屋と肉屋、そして乾物屋と回り最後にパン屋でお菓子を買った。


「やっぱりどれも値段は高かったけど、品不足はないみたいだから良かったわね」

「そうですね」

 エリカの言うように、品物は店先に並んでいて品不足はなかった。

 値段が上がるくらいで売り控えが起こっていないということは、ヨーネフリッツ本土で戦争の影響は軽微だということなのだろう。そのうち戦争の影響がはっきり現れてくると品物の売り控えが起こり、最終的にはいくら金を持っていても買えない状況に陥ってしまう。そんなことが起こらない前にカタを付ける。逆に言えばそんなことが起こるようでは負け戦だ。


 俺たちがこれから起こるであろう戦いに介入するわけだから、当面の軍事的脅威は退けられるが、経済的な締め付けが起こってしまえば対応は難しい。最も直接的な打開策は、締め付けている相手の打倒だ。

 そう考えると、経済的締め付けは相手の実力を見誤ってしまうと大けがをすることもあり得るよな。そういったことは常識だろうから、逆に考えれば、経済的締め付けは相手の実力が分かっているからこそ取りえる戦略オプションというわけだ。


 今回の場合は、ゲルタに迫る敵を追い返すだけだが、経済を安定させるためには早期にヨルマン領の経済範囲を領外に広げる必要がある。ヨーネフリッツの旗になるのか、ヨルマンの旗になるかは不明だが、ヨーネフリッツ奪還作戦だ。


「ねえ、エド。さっきから難しい顔してブツブツ言ってるけど、ニヤニヤ笑いとブツブツ独り言はダンジョンの中か座ってやってよね」

「はい」

 いつもダメ出しを喰らってしまうが、ウーマの名まえ同様、慣れてしまえばどうってことない。ちょっと例えがおかしかったか?


「買い物も終わったことだし、そろそろ昼だからその辺の店に入って昼食にしよう」

「そうね」

「はい」「うん」「はい」


 俺たちはそれほど歩くことなく商店街の先で食堂を見つけ、空いている席に着いていたって普通の定食を食べた。飲み物は全員薄めたブドウ酒だった。


 飲み食いしながら。

「領都だからといって定食は同じよね」

「量まで考えると、ダンジョンギルドの雄鶏亭は安かったですよね」

「あそこは儲けを出しているとは思えなかったものな。俺たち朝夕はタダだったし」

「ダンジョンワーカーを優遇するってヨルマン領の方針だったんじゃない?」

「そうなんだろうな。何のかんのでヨルマン辺境伯はいい領主さまだよ」

「大抵の領主は領民からひどい評価だって言うけど、うちの領主さまのことでひどいこという人は見ないものね」

「珍しいのかもしれませんね」

「ヨルマン領に生まれて良かった。こうしてみんなと一緒になれたしな」

「何一人でまとめてるのよ」

「いや、真面目な感想だ」

「そうなの。じゃあ、わたしもみんなと一緒になれてよかった」

「「わたしも」」「わたしもです」

「あははは」「「あはははは」」


 食堂の中で大笑いしていたらみんなの注目を浴びてしまった。


[あとがき]

この部分を書いているのは終戦記念日の前日の8月14日。

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