第170話 ドーラ3、初めてのダンジョン
前方から迫ってきた大ネズミに向かってドーラが杖を中段よりも少し上で構えた。
わずかに杖の先が震えている。
「ドーラ、落ち着け」
「うん」
そうはいっても初めての実戦だしな。
近づいてきた大ネズミがドーラに向かって飛びかかってきた。
どうかな? と、俺が見ていたらすっとペラがドーラの横に移動して杖を構えていた。
ドーラ自身は大ネズミに集中しているのでペラの動きはおそらく目に入っていない。
大ネズミが飛び上がった位置はまだドーラの杖の間合いではなかったが、空中を移動中に間合いは十分になった。ちょっと遅れたか? というタイミングでドーラが杖を振り下ろした。
バシッ! といい音がして大ネズミは坑道の路面に叩きつけられてそれっきり動かなくなった。
「ドーラ。でかした!」
その時にはペラはドーラの後ろに下がっていた。
「なんだか手に変な感触が」
「すぐに慣れるよ」
「あんまり慣れたくはないような」
「でも慣れちゃうから」
「ホント?」
「ホントだから」
動かなくなった大ネズミは頭蓋を割られていた。俺は血抜きのため大ネズミの首筋にナイフを入れて、坑道の壁に頭が下になるように寄りかからせて置いていいた。
「5分くらいこうやって血を抜けばいい線、血が抜けるから」
「うん。わたしは血抜きしないでいいの?」
「ドーラはナイフを持っていないし。そこは気にしなくていいよ。
たいていは俺ともう一人の仲間のエリカでこういったことはしてるんだ」
「ふーん」
「それに、こうやって血抜きするなんて久しぶりだし」
「どうういうこと?」
「俺たちがいつも潜っているのはこのところ13階層なんだけど、血抜きしなけりゃならないようなモンスターがいないというか、大きすぎて血抜きできないというか。そんな感じなんだ」
「そんなー」
「ドーラもすぐに慣れるよ」
「ホント?」
「ホントだから」
大ネズミは血が流れ出なくなったところで俺のリュックに入れておいた。
「それじゃあ次行こう!」
「「はい」」「うん」
そこから30分ほど歩いて行ったところでまたケイちゃんがモンスター警報を発令してくれた。
今度はこっちから近づくことなく待っていたら、大ウサギが跳ねながらこっちに向かってきた。
「大きいけど、大したことはない。さっきと一緒で飛びかかってきたところを叩き落としてやればいいだけだ」
「うん」
先ほどと同じような隊形で大ウサギを待っていたら、ドーラの手前で大ウサギがジャンプした。
大ウサギが空中を移動中、今度はジャストタイミングでドーラは杖を振り下ろした。
今回もバシッ! という小気味よい音と一緒に大ウサギは坑道の路面に叩きつけられた。
その代り、大ウサギは即死していなかったようであがいているというわけでないが動いていた。
「ドーラ、止めだ!」
俺のその声で、ドーラが上を向いていた大ウサギの側頭部に向けて杖を振り下ろしたら今回は鈍い音と一緒に大ウサギの側頭部が陥没して口から血を吐き大ウサギは動かなくなった。
威力は若干物足りなかったが、なかなかいいじゃないか。
もう少し杖が重い方が威力が増すのだが、そこは本人の判断だな。
「ドーラ、今度も良かった」
「うん」
俺はナイフで大ウサギの首筋に切れ込みを入れ、血抜きしてやった。
血が大体止まったところで大ウサギをリュックにしまい、次の獲物を探して歩き始めた。
結局、午前中だけで渦から出たわけだが、成果は大ネズミ×1、大ウサギ×2だった。
渦から出た俺たちは買い取りカウンターに回って今日の成果を換金したところ銀貨2枚と小銀貨1枚だった。大銅貨換算50枚なので、悪い稼ぎではない。
「お嬢ちゃんがその杖でたおしたのか? なかなかいい筋をしてるじゃないかか」
ゴルトマンさんにほめられたドーラははにかんでいた。
収益の取り分については取り決めていなかったのだが、ケイちゃんが「ドーラちゃんの初めての稼ぎですから全部ドーラちゃんの取り分でもいいでしょう」と、言ってくれたのでドーラの取り分となった。ドーラはニコニコ顔で「ありがとう」と言った。
買い取りカウンターから今度は雄鶏亭での昼食だ。
飲み物はみんな薄めたブドウ酒だったが乾杯することにした。
「ドーラのダンジョンデビュー「かんぱーい!」」
なんだろうと、乾杯して悪いことじゃないからな。
「昨日2時間ペラと訓練しただけなのに、ドーラは才能あるな」
「そうかな?」
「俺は何年間も父さんと剣の訓練をしてダンジョンに入っていったんだけど、初日大ウサギを相手にして頭突きを胸に喰らって痛い目にあったるしな」
「エドでもそうだったんだ」
「そうだったんだよ。だからドーラも自信持っていいからな。だけど俺たちが付いているからって過信はするなよ」
「分かってる」
「それならいいけどな。
午後からは、ペラとまた訓練だからしっかり食べて頑張れよ」
「うん」
……。
昼食を終えた俺たちは一度家に戻り、しばらく休憩した。そのあと俺とケイちゃんは買い物に出かけ、ドーラとペラとで杖の訓練をした。俺は出かける前にペラにケガ用のポーションを2本渡しておいた。ペラがドーラの相手をする以上、事故が起こるとも思えなかったが、俺の気持ちの問題だ。
坑道内で野営することはまずないが、ドーラ用に雑貨屋で野営用の毛布2枚の他、枕用のクッション、木製のマグカップなどを買った。
その後家具屋に回って椅子を買った。これはケイちゃんがいつも通り交渉してくれすんなり買えた。
足りない物はこれで無くなったはずなので、俺とケイちゃんはパン屋に回ってお菓子類を補充して家に戻った。
家に戻ったら、裏庭での杖の訓練が続いていた。今日の訓練も昨日と同じ素振りだったが、今日は足の動きが加わっていた。
そして翌日。昼食をギルドで食べて家に戻って食堂のテーブルでお茶を飲んで少し休んでいたら、エリカが昼過ぎに戻ってきた。
「お帰り」
「ただいまー。
エドの妹さんだよね? わたしはエリカ・ハウゼンよろしくね」
「エドモンドの妹のドーラです。よろしくお願いします」
「わたしのことはエリカって呼んでね」
「わたしのことはドーラって呼んでください。エリカさん」
「うん。
それで、みんなは何してたの?」
「ドーラをダンジョンギルドに登録したから、訓練してたりしてたんだ」
「ふーん」
「エリカの実家はどうだった?」
「うちは戦争の関係でバタバタしてた」
「戦争って? なんの?」
「ヨーネフリッツとズーリ。
なんでもズーリに攻め込んだはいいものの大苦戦中なんだって。それでヨルマン領にも援軍を出せ、金を出せって王宮から命令が来てるんですって」
「そうなんだ。てっきり勝ち戦だと思ってたのに。そういえば俺の父さんも領都に呼ばれて、うちにいなかったんだけどその関係なのかな?」
「可能性はあるんじゃない」
父さんが戦争に行くかもしれないのか。いやだな。
「ところでエリカは昼食は食べた?」
「まだなの」
「そしたら、パンにハムと野菜を挟んだだのとかあるから食べる?」
「うん。食べる」
「スープは?」
「スープはいい」
「了解」
俺がハムサンドを出してやり、ケイちゃんがお茶を淹れてエリカに出してやった。
「ありがとう。
……。うーん。おいしい。温かいお風呂にも入りたいから、早くダンジョンの中に入りたい」
「エリカさん、ダンジョンの中に温かいお風呂があるんですか?」
「うん。あるの。
エドはドーラちゃんにウーマのことを教えていないの?」
「まだ。説明するより実物を見せた方が早いから」
「それはそうかもしれないけれど。
実はわたしたち、ウーマってカメの形をしてて馬車なんかより大きくて馬車なんかの何倍も速く動く家を持っているの。そのウーマの中にお湯のお風呂もあるのよ」
「えー。そうなんだー。ちょっと想像できないけど、いいなー」
「そうなんだけど、大きいから、広い場所じゃないと乗れないの。それで13階層ってところがすごく広いから、そこでウーマに乗るのよ。そこまで歩いて行くのが大変なんだけど、これでそこまで行く元気が出るでしょ?」
「はい。頑張って歩きます」
「えらいなー」
ニンジンは大切だものな。
「とにかく明日から本格的にダンジョンに入るということでいいな」
「うん」「「はい」」「はい」
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