第98話 11階層4
新居に移って2日目の午前中はダンジョン用にスープなどを作り、昼食のためダンジョンギルドに行って定食と飲み物を頼んだ。
家に帰ってからの午後は、特にすることもなく久しぶりにぼんやりとベッドに寝っ転がって前世のこととか思いだしていた。たまに思い出さないと少しずつ忘れていき、忘れたことさえ気づかなくなるのではという気持ちが少しある。生まれ変わったことで脳もリフレッシュしていると思うのだが、実質60年分の記憶が詰まっているのでいつどこでなにがこぼれ落ちるのは分かったものではない。
翌日。
出撃準備を終えた俺たちは、マイホームの戸締りをしてギルドに向かった。
いつものテーブルに着いた俺たちは荷物を足元に置いて、朝食を食べ終え休憩することなく粛々と渦の中に入っていった。
目指すは11階層。11階層では最初に12階層への階段前にいるだろうモンスターを確認する。
途中小休止を一度入れ、5時間ほどかけて11階層に到着した俺たちは階段下の空洞で装備を緩めて昼休憩に入った。
テーブルを出してボロ布で脚の長さをそろえ、加熱板をテーブルの上に置き、その上に昨日作った大鍋を置いた。
加熱板は『弱』で保温モードだ。
スープ用のマグカップに大鍋からスープをよそい、まな板で塊パンをスライスして皿に盛った。
「サイコロステーキあるけど食べる?」
「わたしはいいかな」
「わたしも」
各自のマグカップに水筒から水を注ぎ終わったところで食べ始めた。
……。
食事を終えて後片付けも終わったところで各自のコップに水筒から再度水を注ぎ、正面の坑道を指さし簡単な打ち合わせを始めた。
「正面の坑道が次の階段に続く坑道のハズだ」
「うん」「はい」
「枝道はあるかもしれないけれど、階段に続く本坑道は道なりに進めば迷うことはまずないだろう。目指すは階段前のモンスターを確認することなので、俺たちの中で一番気配察知能力の高いケイちゃんを先頭にして俺とエリカがその後に続こうと思う」
「うん」「はい」
「ケイちゃんはモンスターを察知したら攻撃する前に俺たちに教えてくれ」
「はい」
10分ほどの休憩を終えて、装備を整えた俺たちはいよいよ12階層への階段があると思われる坑道に足を踏み入れた。遠方から視認されないよう俺のリュックの脇に下げているランタンの火は消している。
30分近く歩いたころ、少しずつ坑道が広くなってきた。階段前のいつものパターンだ。
すでに他のチームも階段前まではやってきていると思うが、そういう話題は雄鶏亭では耳に入っていない。ベテランダンジョンワーカーなら、階段下でこの坑道の入り口を見ただけでその先に階段があり階段前に強力モンスターがいることぐらいわかるだろうから、わざわざ確かめなかったのかもしれない。
いずれにせよ、すぐにご対面だ。
と、思って歩いていたらケイちゃんが立ち止まった。
『います』
ケイちゃんが声を殺して後ろを歩く俺とエリカに教えてくれた。
俺とエリカはケイちゃんに近づいて、モンスターの様子をたずねた。
『俺にはまだ気配が分からないんだが、どんな感じ』
『坑道の先がすごく広くなっているようで、その中にモンスターが複数いるみたいです。それぞれのモンスターはそれほど大きくはないような感じですが、ある気配が消えたと思ったら違う場所から気配がしたり。おかしな感じです』
『ちょっと想像できないけれど。俺とエリカが前に立ち、ケイちゃんが後ろのいつもの隊形で、音を立てないよう接近してみよう。』
『了解』『はい』
体を低くしてゆっくり前進していくと、どんどん坑道が広くなり、目の前に広大な空間が広がった。そしてその先には泉のような水面が広がり、泉の真ん中に小島が浮かんでいた。
小島と言っても盛り上がっているわけではなく、水面から盛り上がった程度で、これ見よがしに宝箱らしき箱も見えた。その宝箱の先には下り階段らしきものも見える。
水の中に黒い何かがいるようで、それが頭のようなものを水面に出したり沈めたりしていた。
『何かいるのは確かだが、何だと思う?』
『魚には見えないわね』
『何でしょう』
『泉を渡って小島にたどり着ければいいだけなんだけど、渡ろうとしたら襲ってくるよな』
『階段を守っているのがアレしかいないみたいだからそうなんじゃない』
『ということは、全滅させないといけないってことか』
『そうなるわよね。だけど、攻撃すると言っても今のところケイちゃんの矢しかないわよ』
『攻撃したら、水の中から上がって俺たちに向かってくるよな』
『相手がすごく強いとマズくない?』
『相手は水の中の生き物であることは確かなんだから、もし逃げなくちゃいけないような相手でも、俺たちの逃げ足より早く走れるってことはないんじゃないか?』
『そう言われればそうだけど。
ケイちゃんはあの生き物に矢を命中できそう?』
『何とかできると思います』
『でも、エド。全滅させたとして、泉をどうやって渡る?』
『泳いで渡るしかないかな。そうだ! 収納キューブにそこらの岩を板の形に収納してそれで橋を渡すのはどうだろう?』
『そんなことできるかな? 岸から小島まで20メートルはあるよ』
『以前、起き止まりの坑道の先に何かないか確かめるために孔を空けたことがっただろ? そう言う意味では20メートルくらいは行けそうだ。ただ、ただの岩だから亀裂もあるだろうし渡っているうちに折れる可能性がないわけではない』
『それすごく怖いじゃない』
『折れるようなら橋を渡したとこで折れるはずだから、まず問題ないよ。
ひとりずつ渡れば大丈夫だろうし、いきなり折れるわけじゃないから、とにかく全速力で渡れば大丈夫だよ』
『そんなのでいいのかなー』
『橋の話はそれくらいにして、あの黒い何かを攻撃していいですか?』
『ケイちゃんは今、矢を何本持ってるんだっけ?』
『30本です』
『あいつらがもし
よし、それじゃあケイちゃん、やっちゃってください』
『その前にリュックから予備の矢を出しておきます』
ケイちゃんは一度リュックを下ろして中から矢が入った矢筒を二つ取り出した。
ダンジョンで見つけた矢筒をケイちゃんは剣帯に下げている。今のところ矢筒の効用は確定していないのだが何かプラスの効果はありそうだ。つまり、今入っている10本の矢を射ち尽くしたら、別の矢筒から矢を抜くのではなく、ダンジョン矢筒に10本移してからそれを抜いて射るた方がいいだろう。
『ケイちゃん、ダンジョン矢筒の10本を射尽くしたら、ダンジョン矢筒に10本補充してから射る方がいいんじゃないか。ダンジョン矢筒に一度でも入れておけば何かの効用がありそうだし』
『じゃあ、そうしてみます』
『エリカは黒いの水から上がってこっちにやって来るようなら俺と迎撃だ』
『了解』
『それじゃあ、ケイちゃん。やっちゃってください』
『はい』
ケイちゃんは立ち上がりウサツに腰の矢筒から抜き出した矢をつがえ無造作に引いて無造作に矢を放った。弦が元に戻る鋭い音が響きそれと同時に俺とエリカも立ち上がって剣を抜いた。
ケイちゃんの放った矢はまっすぐ飛んでいき、ぷっくり浮いていた黒い塊に命中した。その塊は弾けたように見えたのだが、水の中に沈んでしまったのか判別はできなかった。黒い塊に命中した矢は泉の水面に浮いて漂っている。
固まりが弾けた?あと、今まで浮いたり沈んだりしていた黒い塊が一斉に浮き上がり、こちら側の岸に向けて動き出した。最低でも5、60個、いや5、60匹いる。
ケイちゃんが次の矢を射たら、矢が命中した黒い塊は、やはり弾けたように見えなくなったのだが、岸に向かっていた黒い塊がぞろぞろと岸に上がってきた。
「あれってスライムじゃない?」
「そうみたいだ。だけど、赤スライムとか青スライムとかじゃないな」
「新種だよね」
「おそらく。階段前を守っていたわけだから、今までのスライムとは違う攻撃がありそうだな」
「でも、ケイちゃんの矢で弾けてるみたいだから、打たれ強くはなさそうね」
「それはそうなんだけど、ケイちゃんの矢は30本だから全部打ち尽くしても半分くらい残ってしまうぞ」
「斬るしかないって事ね」
「うん。スライムだから何かを吐き出す可能性が高いから、ケイちゃんの射線に入らないこととそこは注意な」
「うん、分かった」
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