第3話 迷宮都市サクラダへ、関門
月日が経つのは早いもので俺は14歳になっていた。
それと反比例して、俺はたった14年でこの世界にすっかりなじんでいる。まあ、幼少年期の1年は中年期の1年に比べれば何倍も濃いので、当たり前かもしれない。
そして、俺の体調はすこぶる良い。早寝早起きと畑仕事の手伝いに剣の訓練。健康的な生活を送っていることが大きい。快食、快眠、快便。よもやこの世界であのようなブザマをさらすことはないだろう。と、思っている。
妹のドーラは11歳。生意気盛りで、兄である俺のことをエドと呼び捨てにする。いいんだけど。
胸もそれなりに膨らんだ幼馴染のクリスは色気づいたのか俺と遊ぶことはなくなり、似たような年頃の村娘たちと遊んでいる。こっちは、ちょっと寂しい。
一番上のアルミン兄さんが去年お嫁さんを貰った。お相手は隣村の村長の長女でアンナという名の赤毛の女の人だ。
そして、次男のフランツ兄さんは入れ替わりにその村長さんのうちに養子に入った。まだ結婚はしないそうだがそこの次女と結ばれるらしい。
3男のクラウス兄さんは、昨年ディアナの役場に書記として勤め始めた。
アルミン兄さんはだいぶ前から父さんの剣術学校を卒業しているので、父さんの剣術のお相手は俺だけとなっている。
7年間も剣の修行らしきものをして、俺自身そこそこイケてると思ってはいるのだが、相変わらず父さんにはいいようにあしらわれている。
それでも父さんは俺のスジはいいと言ってくれている。はなはだ疑問なのだが、その逆よりよほどいいのは確かで、父さんのその言葉が俺のモチベーションを保ってくれているのは事実だ。
俺はもうすぐ15歳。15になったら家を出てダンジョンのあるサクラダに行きたいが、いかんせん先立つものがない。持っているのは父さんが作ってくれた木剣と防具のみ。
父さんは俺がダンジョンワーカーに成りたいということを知っているので、出世払いってあるのか分からないが父さんにお金を貸してくれないかダメもとで頼んでみることにした。
「父さん、俺がダンジョンワーカーに成りたいって思ってること知ってるよね?」
「ああ、もちろんだ。ただ、おまえは算術も得意だし読み書きも人並み以上だ。どこかの役場か商家に勤めればいいかもしれないと思っていたのだがな」
役場や商家なら危険はないし、俺の能力からいってそこそこの成果は上がると自分でも思うが、やはりそこそこ止まりだ。
2度目の人生、自分のやりたいことをやりたい。
「俺がダンジョンワーカーに成っていっぱしに稼げるようになったらお金を返すから準備金というか支度金を貸してくれないかな?」
「貸してやらないこともないが、それには俺から剣で一本取ったらということにしないか? 俺から一本も取れないようでは稼げるダンジョンワーカーには成れないからな」
確かに父さんの言葉は正しいと思うが、それだと俺は永遠に支度金を用意できずダンジョンワーカーに成れない。
「父さん、それじゃあハンディつけてくれないかな?」
「ダンジョンの中のモンスターは手加減してくれないんじゃないか?」
正論で返されてしまうと、ぐうの音も出ない。困ったー。
「お父さん、エドが可哀そうだよ」
ここでまさかのドーラから援護射撃。日頃かわいがってやっていたのがここで実を結ぶとは。ありがたやー。
「ドーラ。エドに早くうちから出て行ってもらいたいのか? 中途半端な実力だと大けがすることになるんだぞ」と父さん。
「やっぱり父さん頑張って」
ドーラの気持ちは分かった。俺のことを思って裏切り者になったと思うしかあるまい。
「ドーラもそう言っているから、今から勝負するか?」
言い出しっぺがここで断るわけにはさすがにできない。
「うん」
「エド、大負けに負けて10本勝負だ。俺が10本エドから取る前にエドが俺に1本入れたらエドの勝ち。それでいいな」
破格のハンディのような気持も無きにしも非ずだが、今まで何百回と勝負して一度も父さんに木剣を打ち込んだことはない。という輝かしい戦績を誇る俺にとってあまり意味があるとは思えないがそれでもチャンスが全くないわけではない。
やってやるぜ!
5歩ほど離れたとことでお互いに木剣を構えた。
「ドーラが『始め』の合図を出してくれ」
「分かった。
それじゃあ行くよ! 見あって、見あって、始め!」
『見あって、見あって、始め!』は俺がドーラに教えたんだけど、知らぬ間にうちでの勝負開始の合図になっていたものだ。『はっけよい』は俺自身意味不明なのでこの世界への導入は見送っている。
ドーラの合図と同時に父さんが俺に向かって突っ込んできた。今までそんなことは一度もなかったのに。あっけに取られていたら被っていた革のヘルメットをコツンと木剣で叩かれた。
「イテッ!」
「父さん、1本!」
卑怯なり! とは言えないよな。父さんが定位置まで戻って俺を見ている。その顔はどう見ても笑っている。
「それじゃあ2本目いくよ。見あって、見あって、始め!」
もう少し作戦を考えたかったが、無情にも2本目が始まってしまった。
今回の父さんはゆっくり前に出てきたので、俺も合わせて前に出て行った。
木剣の長さは俺の木剣より父さんの木剣の方が長い上、リーチも父さんの方が20センチは長い。要するに真正面から突っ込んでいけば自爆と同じ結果が待っていることになる。
いつもなら左右どちらかに回り込んで突っ込んでいくのだが、いつも通りならそのまま父さんに一本決められてしまうのでその作戦は没だ。何とか父さんの後ろに回り込んでそこから一本を狙えばどうだろうか?
とか考えていたらいきなり父さんが前に出て木剣で革のコテをした右手をコツンと叩かれてしまった。
「イテッ!」
「父さん2本目。エド、もう少し真面目にやらないとダメじゃない」
ドーラにまで言われてしまった。
案の定父さんは笑っている。
「それじゃあ3本目いくよ」
「ドーラちょっと待って」
「エド、どうしたの?」
「少し作戦を考える」
「早くしてよ」
「分かった」
いちおうタイムを取ることができた。落ち着いて作戦を考えよう。
よく考えようが考えまいが、父さんは俺の動きを見てから動き出しても簡単に俺の動きについてくる。となれば、小細工は全く通用しない。今まで散々小細工を弄そうしてきた俺が言うのだから間違いない。よく考えなくても俺は既に詰んでいる。
ここは発想の転換。何かないかー?
「エド、もういいでしょ。3本目行くよ。
見あって、見あって、始め!」
3本目は1本目と同じで、気付いたらまたヘルメットをコツンと叩かれていた。
当然の結果と言えばそれまでなのだが。
「エド、やる気あるの?」
やる気は十分あるんだけど、思ったような展開になる前に終わってるんだ。
父さんは俺たちを見て笑っている。
そうこうしていたら台所の勝手口からエプロンを着けた母さんがやってきた。
「母さん、今父さんとエドがエドのサクラダ行きを賭けて試合しているの。父さんがエドから10本とる前にエドが父さんから1本取ったら、父さんがエドに支度金を貸すんだって」
「そうなの。それじゃあ二人とも頑張って」
「母さんもそう言ってるんだから、エドはしっかり頑張るのよ」
「分かった」
「それじゃあ4本目。見あって、見あって、始め!」
ダメもとで父さんに向かって突っ込んでいったらそのまま革の胴着の胸を突かれて4本目も失ってしまった。思いっきり突かれたわけじゃなかったけど、息がしばらく止まってしまった。
しかし、父さんも息子がこれだけ頑張ってるんだから、少しくらい手加減してもいいんじゃないか? 客観的に見れば息子はほとんど頑張ってはいないし、父さんはかなり手加減してくれているのは分かるけど、主観的に見たら全然手加減してくれていない。
笑っている父さんの顔が鬼に見えてきた。
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