第19話「病院都市へ」

・この話の主な登場人物

「盾ノ内 凡司(たてのうち ぼんじ)」二十五歳:警視庁刑事、巡査、政樹の同級生

「道内 佳澄(どうない かすみ)」三十五歳:警視庁刑事、警部、凡司の先輩

「奥屋 紗知(おくや さち)」二十六歳:週刊ターゲットの記者

「赤田 満(あかだ みつる)」二十一歳:通称あかまん、動画サイトのミュージシャン





「そいつ!・・・あかまんです!赤田ですよ!・・・赤田満です!!」


 奥屋紗知は大きな岩を抱きかかえるように、妙な格好でへたり込んでいたが、顔だけ持ち上げてこう叫んでいた。


「え!?ついさっき空港で話してた奴か!?・・・マジ!?なんでそいつがタクシーの運転手をやってんだ!?」


 凡司は、赤田のズボンのベルトと上着を使って、赤田を動けないように縛り上げていた。未だに赤田満は気を失ったままだ。


「私たちを始末するつもりだったようね」


 こう言った佳澄警部の手には、小さな拳銃が握られていた。


「ひ、ひいぃ~~~!!」


 奇怪な声をあげたのは奥屋紗知だ。


「先輩!それどこに!?」


「運転席のドアポケットよ」


「どういうことだよ。この赤田満ってのが、なんで俺らを始末しようとしてるんスか?」


「さっきの富岡さんからの情報は、本当にタイムリーだったわね。これで深田光憲と赤田満が繋がっていることがハッキリしたわ。十中八九、薬物絡みの繋がりでしょうね。で、これは深田からの指示。さしずめ私たちを待ち伏せして、偶然を装ってタクシーに乗せて、ひと気のない場所で始末する。こんなシナリオで、だいたいは正解でしょ?・・・ねぇ、もう気が付いているんでしょ?」


 佳澄警部は赤田に声を向けた。


 赤田の背後にいた凡司巡査は反応し、赤田の後ろ手を縛り上げてた手に力が入った。


「あぁ、そうだよ。大体そんなところだ・・・クソッ、サッサと殺っておけば良かったぜ」


 赤田は意識をとり戻していた。しかしまだ警部の肘鉄のダメージが残っているのと、作戦の失敗からなのか、表情は険しいまま、うなだれていた。


「てめえ、大層なこと言ってんなよ!・・・なにを企んでる!?」


 凡司が語気を強めると、気怠そうに赤田が返した。


「俺だって、深田に言われたままやっただけだよ。俺がある人から薬を買ってることバラすって脅されて・・・報酬も相当な額だったからよ」


「そのある人って、宮ノ前朱里のことね?」と警部が問うと、赤田は「あぁ、そうだよ」と、ふてくされたような顔であったが、観念したように頷いた。


「深田のやり口は、誰に対しても同じ感じっスね」と赤田の背後から凡司が先輩警部の顔を見た。


「あいつは・・・深田はかなりヤバい奴だぞ!・・・正気じゃねぇし、手段を選ばねぇ!イカれてやがる!」


 急に赤田が騒ぎ出した。


「お前が言えた立場かよ!!」


 即座に凡司が一喝して、手元の力を強めた。しかし赤田は声を絞り出すように「深田も宮ノ前も、C国のマフィアと繋がっているって話なんだ!薬もそのマフィアから・・・」と、凡司に縋るように訴えてきた。


「もう知っているわよ。・・・にしてもペラペラよく喋る男ね」


「なぁ!あいつは・・・深田は一体なにをしようとしてんだ!?あんたらこの国でなにを・・・」


「お前に話す道理はねぇ!!殺人犯にならずに済んだことを、俺たちに感謝するんだな!!」


 凡司巡査が縛り手に力を加えて、赤田の背中を搾り上げた。


「いててててて!!」と痛がる赤田をうつ伏せに倒すと、今度は、くの字に折り曲げた両足を赤田の上着で縛った。


「さあて、先輩これからどうします?」


「あそこ、かなり遠くだけど見える?」


 佳澄警部が眼前に広がる荒野の奥を指差した。凡司巡査と奥屋記者は、ふたり揃って警部の指先の延長線に首を曲げた。


 砂埃で霞んでおり、青空と大地の境である地平線まではさすがに確認できないが、煙っているその中に、薄っすら白っぽい建造物が何棟か目視することができた。


 ようやく膝が立ってきた奥屋記者が「あれがノスタルジア病院群?」と言うと「そのようね。車は動きそうだから、向かいましょう」と警部。


「赤田は・・・こいつはどうします?」


「さすがにここに放置は命に関わるから、途中まで連れて行きましょう。ボンくん、赤田と後部座席で良い?運転は私がするから」


「えぇ?・・・赤田も連れて行くんですかぁ?」


 この情けない声を出したのは、もちろん奥屋紗知であった。


「奥屋さん、いいんスか?むしろ赤田を取材する絶好のチャンスだと思いますよ。独占インタビューができるじゃないっスか!!」


「あ、そっか!・・・やったぁ!!」


 佳澄警部は、ふたりのそんなやり取りを冷めた横目で見ていた。





 赤田が乗っていたタクシー車輌とタクシー会社の制服、それに拳銃もすべて深田がC国のマフィアを使って現地で調達させたものらしい。日本からオーストランドへの旅費、滞在費は深田から赤田へ準備金として赤田の口座に振り込まれていた。赤田は深田に言われるがまま、脅されるがままに動かされていたようだ。


 これだけ金と闇ルートに物を言わせてまで実行したかったこと。道内佳澄、楯ノ内凡司、奥屋紗知の一行を始末することの意味とは。それは赤田も分からず動かされていたらしかった。


 助手席から、あかまんを質問攻めにしていた奥屋記者の会話の間に、車のハンドルを握っている佳澄警部が、どうにも疑問だったことがあったので、質問の間に割って入った。


「どうやって我々がオーストランドに入る日時を知ったの?」


「さぁ・・・俺は言われるがまま、今日のあの時間に、空港のあの場所であんたらを乗せてから、郊外で始末しろって言われただけだから」


「俺らの顔も知っていたってことか?」


「あぁ、でもその週刊誌の記者のことは聞いてなかったけどな。刑事ふたりって聞いていたのに、三人ってなんだよって。まぁその分、報酬ははずんでもらうつもりだったけどな」


「・・・?」


 あかまんの答えを聞き、警部だけではなく巡査と記者も、今の会話でまた内心に引っ掛かる、嫌な重りがぶら下がった。


「で、美咲ちゃんのことは本当はどうだったの!?上手く利用しようとしたり、下心があって近付いたんでしょ!?してもいないのに、エッチなことしたって、なんで他で言いふらしまくってたわけ!?」


「いやいや、もうその話は良いっしょ・・・さっきから勘弁してくれよ。疲れてんだよ俺も。ずっと質問攻めじゃねぇかよ」


「あんたはもうちょっとしたら警察に捕まって刑務所行きでしょ!?じゃあ今しか聞けないじゃん!」


「なんなんだよ、こいつ。・・・なぁ、あんたらからも言ってやってくれよ、うるせぇって!」


「誰がお前の助けなんかするかよ」と凡司は冷たくあしらった。





 ノスタルジア病院の白いビル群がだいぶ間近になっていたところだった。病院都市といわれる場所だが、その周りには普通の街並みも広がっていた。車はその街にある警察署に入っていった。


 佳澄警部はひとり車を降りて警察署内へ入ると、しばしあと、数人の警官を引き連れて、三人の乗る車へ向かって来た。


「えぇ~?もうちょっと聞きたいことがあったのにぃ!」


「奥屋さん!もう終わりっス!俺らは、こっから先が正念場なんスから!」


 佳澄警部が連れて来た現地の警察官は、みな屈強な身体をしていて大柄だった。その内のひとりの男性警察官が、濃いめのアゴ髭をジョリジョリと手で擦りながら、不敵な笑みを浮かべて赤田の腕を組上げた。


「いてて。んだよ!もっと優しく扱えよな!」と赤田がふてくされたように言うと、そのアゴ髭の警察官がなにかを赤田の耳元で囁いた。


「え!?なんだよ!おい、こいつ今、なんて言ったんだよ!」と赤田は、佳澄警部に向かって通訳を促した。


「この国では留置場内で警察官がひとり、常に見張りをつけるルールになっているの。で、彼が言うには『可愛い坊やね。今夜が楽しみだわ』ですって」と腕組みをしながら佳澄警部が赤田に通訳をした。


「お、おいおいおい!!!なに言ってんだ!!考えらんねぇだろそれ!なぁ!ここ警察だろ!!おい、助けてくれよ!!」


「その内に日本の警察が身柄を引き取りに来るから、それまでの辛抱よ」


「はぁ!?冗談じゃねーよ!勘弁してくれよ!助けてくれよ~!!」


「美咲ちゃんに迷惑をかけた罰だ!せいぜい可愛がってもらえ!」と凡司が口に手を添えてエールを送った。


 半泣き状態で束縛された身体を、芋虫のようにクネクネとさせながら、あかまんは屈強な警察官の肩に担がれて、警察署内に消えていった。





「先輩、この国の警察って、大丈夫なんスか?」


 ひきつった笑いを浮かべ、凡司は赤田と警察官らを目で追っていた。この問いに佳澄が言うにはこうだった。


「例えば秘密主義国家の警察に、逮捕されたとするでしょう?そうなれば、白だったものが黒にされてしまうし、やっていないことも、やったことにされてしまう。国のスタイルによって、警察なんてコロコロ色を変えてしまうものなのよ。日本の警察が世界の基準ではない。その国の常識が全世界で通用するならば、極端な話、戦争だって起こらないでしょう?」


「はぁ・・・」と凡司と紗知はポカーン口を開いたまま、佳澄先輩のご高説を拝聴していた。


「その国、その地域で正義は違うの。だから我々は我々の正義をもって貫くの。本当の正義なんて、人間の見方ひとつで大きく変わるものだから」





「あれ?・・・警察官が、私たちが乗って来たタクシーを乗ってっちゃいましたよ」と奥屋記者。


「あれも深田が用意したものだから、押収されて当然っスよ」


「じゃあまたタクシーを捕まえないとですねぇ・・・」


 キョロキョロと通りのほうを見回す奥屋だったが「奥屋さんはここまでっス。ノスタルジア病院群に入るには通行証が必要で、俺らは大使館に連絡してあるし、警察手帳があるんで、すぐに申請できるんスけど、一般の人が認証を受けるには、何日も審査が必要なんスよ」と凡司が平たく話した。


「へ?・・・うそでしょ~!!」


 奥屋紗知は両手で頭を抱えたが、追い打ちをかけるように佳澄警部が凡司に続いた。


「奥屋さん。あなたは一度、深田から闇討ちを受けているわけだし、お願いだからホテルの中で大人しくしててくれないかしら」


「せっかくここまで来たのになぁ~。ま、仕方ないか。退屈しのぎにこのあたりの取材でもしてようかな」


 意外なほど聞き分けが良すぎる奥屋紗知の態度だったので、佳澄は、まぁなんとかしてでも入って来るのだろうなと見通していた。





 道内佳澄、盾ノ内凡司の両刑事は、ノスタルジア病院群へ向かった。


 深田光憲よりも早く、家妻雪夜の消息と安否の確認をしなければならない。そしてなによりも、一連の事件の首謀者とみられる深田本人の確保だ。しかし、未だに深田がオーストランドに入国したとの情報は入っていない。


 佳澄警部は、今回の赤田の出現によって、深田の影がまだどこかに存在しているのではないかと、心許なかった。

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