第2話 無理な頼み
翌日。わたしが教室に入ると、クラスメートの女の子がそろってわたしを見た。ロボットみたいにきれいに動きがそろっている。
ひええ……
すごく、にらまれてる気がする。
たぶん、昨日のことを知ったんだ。
わたしはなるべく目を合わせないようにしながら自分の席に座った。
「音葉、昨日何があったの?」
わたしの2つ前の席に座っている仁奈が話しかけてくる。その顔はクラスメートの女の子たちが持っていた嫉妬じゃなくて、心配していた。
「……それがね……」
わたしは仁奈に昨日のことを話した。
「プリンス様に誘われたって……だからみんな変なんだね」
仁奈はクラスメートをチラッと見た。
「それで、放課後行くの?」
「うん……一応、行こうと思ってる」
「そっか」
仁奈がうなずいたとき、チャイムが鳴った。それと同時に担任の先生も教室に入ってくる。
「あ、またあとでね」
「うん」
仁奈が慌てて自分の席に戻っていく。
わたしは視線を机に落としてため息をついた。
……放課後、ゆううつだな。
それでも、時間は過ぎていく。あっという間に6時間目がおわっちゃった。
「ねえ、音葉。仁奈も一緒に行くよ」
「えっ」
掃除の時間。ほうきを握った仁奈が突然言った。
「だって、心配だもん。プリンス様ってすごく人気だし、音葉、不安でしょ?」
……やっぱり、仁奈はすごく優しい。わたしは仁奈のこういうところが好き。
お願い、しちゃおうかな。あの視線に、一人で耐えられる気がしない。
「……ありがとう。それじゃあ、いい?」
「うん」
仁奈は優しく笑った。
ほうきを片づけていすを運んで、掃除はおわり。
わたしと仁奈は1組の教室を出て、3組にむかった。
廊下を歩いているだけなのに、みんながジロジロ見てくる。
昨日のこと、もうみんな知ってるんだ……
思わず早歩きになる。
3組についたわたしと仁奈は教室をのぞいた。プリンス様は、入口のそばの席で本を読んでいた。
すごく分厚くて、難しそう……
真剣に読んでるみたいだったけど、わたしと仁奈に気づいたのか、顔を上げる。
「……そっちは?」
プリンス様が仁奈に視線をむける。
「あ、えっと……」
「ねえ、ちょっと」
わたしが言う前に、仁奈がわたしの前に立った。
「なんの用があるか知らないけどね、音葉に迷惑かけるのだけはやめてよ! 音葉、今日ずっと大変だったんだよ!」
「に、仁奈……」
教室がシーンとなる。騒いでいた女の子も男の子も、みんなわたしたちの方を見てる。
プリンス様をにらむ仁奈に対して、プリンス様は表情を変えなかった。ずっと無表情。
「……大変だった、っていうのは?」
ちょっとのまのあと、プリンス様がきいた。
「はあ?」
プリンス様のといかけに、仁奈は思いっきりあきれた顔をする。
「人気者のあなたが急に音葉に声かけたから、うわさが立ってたの! 聞いてないの?」
プリンス様は思い出すように仁奈から目を外した。けど、
「そういうの、興味ないから知らない」
すぐにそう答えた。
「さっきから――」
「ちょ、ちょっと仁奈、落ち着いて。それで、わたしになにか用?」
わたしは、今にもどなりそうな仁奈を慌ててなだめる。
仁奈は本気で怒ると手がつけられなくなっちゃうから、今のうちに止めておかないと、今度は仁奈が変な目で見られちゃう。
「ああ。――宮本音葉、軽音部に入ってほしい」
本を閉じて立ち上がったプリンス様がはっきりと言った。
……え?
ケイオンブニ、ハイッテホシイ……?
言われた言葉が理解できなくて、返事ができない。
「これは勧誘じゃない。頼みだ。俺も入っている軽音部に、入部してくれないか」
軽音部って、まさか……!
ようやくわたしの頭が回り始める。
「そ、そんなの絶対にムリ!」
わたしは思わず叫んで走りだしていた。
「お、音葉!」
仁奈が叫んでいるけど、止まれない。
すれ違う先生に注意されたような気もするけど、わたしは走り続けた。
プリンス様は知らないはずなのに。どうして、わたしに頼むの。
頼まれた原因はわかる。でも、ムリだ。だって、わたしは……
歌えなくなったんだから。
「音葉!」
わたしが屋上のフェンスによりかかって空を見ていると、仁奈が勢いよく扉を開けた。思わず驚いてふり返る。
「仁奈……」
追ってきてたんだ。
「もう、勝手に、どっか行かないでよ!」
仁奈がハアハアいいながらわたしのとなりに並ぶ。
……もしかして、ずっと探してくれてたのかな。
「……ごめん」
「まあ、しかたないけどね」
仁奈はおでこに汗が浮かんでいたけど、いつも通りニコッと笑ってくれた。
「まったく、何なんだろうあいつ。名前も明かさないで、急に軽音部に入れ、なんて。わがままにもほどがあるよね」
息を整えた仁奈はため息をつきながらそう言った。
「……そういえばたしかに、名乗られてないよね」
「でしょ!? 物事には順番ってものがあるじゃん。あんな誘いかたしたって、誰も入らないよ」
仁奈があきれていると――
「――悪かったな」
突然後ろから声がした。びっくりしてふり返ると、プリンス様が屋上の扉を開けて立っていた。少し息を切らしている。
「名乗らなかったのは、悪かった。オレは
名乗ったプリンス様――ううん、安西くんは軽く頭を下げた。
「……どうして、わたしを? わたし、楽器やったことないよ」
軽音部って、バンドだよね。ドラムとかギターとか。楽器なんて、小学校のときやったリコーダーと鍵盤ハーモニカくらいしか記憶はない。
安西くんはあのことを知らないはずだから……どうしてわたしを誘ったのか、全然わからない。
「違う、オレは、宮本の歌がいいんだ」
安西くんがわたしをまっすぐ見て言った。
その言葉を聞いたとたん、わたしはなにもしゃべれなくなった。体が凍ったみたいに冷たくなって、頭が真っ白になる。
わたしの、歌を……? なんで、なんで。どうして安西くんはわたしの歌がいいの。わたしなんかより、歌がうまい子なんていっぱいいるはずなのに。
「音葉!」
仁奈が呼んでいるのが聞こえる。すぐそばにいるはずなのに、遠くから呼ばれたみたいにぼんやりしてる。
頭がぐるぐるする。あのときの光景がフラッシュバックしかけて――
「音葉っ!」
肩をつかまれて、ようやくハッとする。いつのまにか仁奈が、わたしの目の前にいた。
「大丈夫!?」
「……うん」
冷や汗が、頬を流れる。
「よかった……」
ホッと息をついた仁奈は安西くんをふり返った。
「律くん、悪いけどあきらめて。音葉には音葉の事情があるの。音葉は、軽音部には入れない」
少し考えた安西くんはうつむいた。そして顔を上げる。
「……悪い、少し強引だった。気がむいたらでいい、部室に来てくれ」
安西くんは表情を変えずにそう言うと、屋上を出ていった。
「なんなのあいつ! 少しどころじゃないよ!」
仁奈がものすごく怒っている。
「音葉の気もちも知らないで!」
「仁奈、そんなに怒らなくても……」
「怒るよ! 知らないとはいえ、無神経にもほどがあるでしょ!?」
……でも、ちょっと嬉しいかも。わたしのために、こんなに怒ってくれるんだ。
「……ありがと、仁奈」
「え? なにか言った?」
「なんでもないよー」
笑ったわたしは屋上の扉にむかった。
「ちょっと音葉、待ってよ!」
わたしの肩に手を置いた仁奈も、笑っていた。
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