緑目の悪魔
舞夢
第1話人事配置
「まったく気に入らねえ!」
桑田芳樹(W大卒)は、福田陽平(K大卒)の胸倉をいきなり掴み、怒鳴った。
3月下旬、東都物産本店研修室に集まっていた新卒入社者全員が、揉める二人に視線を注いだ。
福田陽平は、困惑しながら、冷静に桑田芳樹の腕を払った。
「人事は、僕が決めたことではない」
「文句があるなら、人事を発令した人に言うべきなのでは?」
その冷静な口調に、二人の周囲に集まって来た新卒入社から、賛同する声が聞こえて来る。
「陽平君の言う通りだよ、芳樹君、良くない」
「入社前に暴力事件を起こすつもり?」
桑田芳樹は、それでも顔を真っ赤にして、怒りがおさまらない。
「何で、陽平なんかが、本店のお偉いさんで、俺が支店?」
「しかも営業なんてドブ板じゃねえか!」
「いいか!K大とW大なら、W大の方が格上だ!」
「なんで格下が俺のマウントを取る?」
(桑田芳樹は、思い切り、福田陽平の足を踏んだ)
(福田陽平は、その痛さで、顏をしかめた)
研修室での騒ぎが聞こえたのか、あるいは誰かが人事部に通報したのか、人事部の新人教育担当、杉村哲夫が駆け付けて来た。
「桑田君、いい加減にしないか!」
「モニターで見ていた!」
「どう考えても、君に非がある」
「これ以上続けるなら、しかるべき報告を行う」
その「しかるべき報告」が効いたのか、桑田芳樹は、ようやく福田陽平から視線を外した。
人事部杉村哲夫には、一旦、謝った。
「申し訳ありません」
ただ、また同じことを言う。
「どうしても、こんな福田陽平ごときが本店の偉い人になって、自分がドブ板なのが、信じられなくて」
人事部杉村哲夫は厳しい顔になった。
「社長のお考えもある」
「また、それぞれ個人により、適性がある」
「それを考慮配慮したうえでの適材適所の人事配置である」
「それでも社長の人事命令を受け入れられないのであれば、入社辞退したら、どうなのかね?」
しかし、桑田芳樹は、怯まない。
「気に入りませんね」
「杉田部長に聞いてみます」
「父の知り合いですから、入社の時にお世話になりましたし」
人事部杉村哲夫の表情が、ますます厳しいものに、変わった。
「杉田部長」は、海外事業部部長杉田毅であり、反社長派役員根岸恵一の娘婿でもある。
「そんなことは、人事部は、とっくに把握している」
「それでも、言い張るのなら、君のお知り合いにも、迷惑をかけることになるぞ」
桑田芳樹は、それでも、態度を変えなかった。
「は?そんなことできませんよ」
「処分でも何でも、やれるものなら、ご自由に」
もう一度、福田陽平の足を思い切り踏みつけ、そのまま研修室を出て行った。
桑田芳樹が研修室を去った後、福田陽平は、残った新入社員と人事部杉村哲夫に頭を下げた。
「申し訳ありません、お騒がせしました」
福田陽平の肩を、人事部杉村哲夫が、軽く揉んだ。
「いや、飛んだ災難だったね」
「よく我慢したよ」
「君は気にしなくていい」
福田陽平が軽く笑うと、研修室のドアにノック音。
すぐにドアが開いて、しっとり系の超美女が入って来た。
「陽平君!大丈夫?」
福田陽平は「あ!」と驚いた顔。
隣の人事部杉村哲夫は深く頭を下げている。
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