谷底の向こう

弥彦が言うには、少し離れたところでも墓荒らしがあったらしい。

しかも昨日。

二日連続で事件が起こっているということだ。

それほど続くなら、調査よりも今晩見張っていた方が効率が良いかもしれない。

なんて穂波は思ったが、弥彦の思い詰めた顔を見たらそんな軽口は通じなさそうだったので慎んだ。




そちらの墓に行くと、墓荒らしがあった後、まだ土を被せられてなくて蓋が見えた状態だった。

失敬して開けてみる。

中は何もなく、また蓋の裏に同じような傷がついている。



「共通点はあるけど、まさか両方の遺体が生きていたという結論にはならないよ」


「……んだが……。何があったんだべな、二人に……」



弥彦が言うには、こちらは男性で、同じく土砂崩れの犠牲者だったそうだ。



「仮に、あくまで仮にだけど、遺体が生きていたとしても、墓石をどかして、蓋の上の土を退けてくれる人がいないと無理だろう。墓泥棒……というか、遺体泥棒自体はちゃんと実在するのだよ。しかも、犯行がバレてるのに、翌日また近くでやってるなんて、イカれた神経だ。妹には申し訳ないが、深追いはやめて諦めた方がいいと思うよ。君の精神の方が心配だ。せっかく築いた都会での暮らしを楽しむことに専念したらどうだろうか」



死のきっかけは災害で、仕方ないことだ。

犯罪は憎らしいが、狂人に付き合ってたらこちらがおかしくなる。

もしこのまま弥彦がおかしくなったら、弥彦とのあの喫茶店での楽しいひとときが無くなる。

それは寂しい。

どうか、このあたりで諦めてほしい。



「いや、せめで今でぎるこどはして。二、三日滞在しで、駄目だったら諦めるすけ、もう少し付ぎ合ってけろ」


弥彦はそう言った。


穂波はしぶしぶ、わかった、と返事をして、さらに周りを見渡した。



遺体を取り出したとして、直接担ぐなんて普通は嫌だろう。

荷車に乗せたり、せめて布にくるむとか、袋に入れるとか。

だとして、今自分たちが来た道を行き、車に積んでいく?


……なんとなく、イメージできなかった。

そもそも目的がわからないのだから、イメージも何もだが。



ふと、反対側に広がる森を見た。

遺体を持って、森の中に入るならどうか。



「弥彦、この森に入ったら、その先には何があるんだい?」


「ああ、シャバザカイがあるじゃ。漢字で書くと、”娑婆境”。村で死んだ者はぁシャバザカイを超えて、死者の世界さ行ぐんだ」



弥彦がシャバザカイの方向を指さしたので、そちらに目をやる。

もう夕暮れで、懐中電灯で照らしてみた。

ぬかるみが見えたので近寄づいてみると、そこに大人の裸足の足跡があった。



「……弥彦、裸足の足跡がある。死体が歩いたのか、犯人のものかはわからないが、こんなところで裸足なんて、どちらにせよ異常だ。……引き返すなら今のうちだけどどうする?」


弥彦は案の定、足跡を追ってシャバザカイに行くと言うので、穂波も仕方なく行くことにした。



♢♢♢



シャバザカイは、つまり谷底だ。

崖っぷちに立ち、下を見る。

かなり深く、下には川が流れている。

が、ここからは流れが早いのか、深いのか浅いのかもわからない。

そして吊り橋があった。



「……まさか、こんなボロっちい吊り橋を渡ろうなんて、思っていないよね……?」


「シャバザカイまで来たらば、あっちまで行がなきゃ意味がね。子どもの頃ははぁ、ぜってぇ行ぐなって言われでら。年に一度、村の僧侶と村長だげが、死者や先祖を弔いに行ぐんだ。マイとあの男は、きっどこの先さいるのだ」


「弥彦、そんなの迷信だよ。どうしていきなりそんなことを言い始めるんだ。こんなやわな吊り橋、危ないよ。諦めよう」


「……そうだよね……。穂波君……わがままに付き合ってくれて、ありがとう。俺だけで行くよ……」



ふと、訛りが解けた弥彦は、あの喫茶店の弥彦だった。


素朴で、よく笑い、ちょっと抜けている、田舎から出てきた無垢な青年。

勉強して、本を読み、理屈で生きてきた自分とは真逆の男。

今度、映画でも一緒に観に行こうと言っていたところだった。



「……わかったよ……。こんなところで君にまで行方不明になられたら寝覚めが悪い。僕はこう見えても、

薄情な人間ではないんだよ」


「薄情だなんて思ったことはないよ。穂波君はいつも優しい人だ」


弥彦は、八重歯を見せて笑った。




恐る恐る吊り橋を渡る。

歩く都度揺れるし、板がところどころ欠けていて、本当に生きた心地がしなかった。


向こう側に辿り着き、さらに森の奥に進む。

日が暮れてきたし、木々の影でだいぶ暗く感じる。


すると、急に視界が開けた。




灰色の、男の背丈よりやや大きいくらいの、葉の無い剥き出しの木々が二十本くらい、間隔をあけて立っていた。



「……奇妙な木だな。ここだけ、他の木と全然違うし、人為的な間隔だ。植えられたんだろうか?」


穂波はそう言った。



二人は木々を懐中電灯で照らしながら近づいた。

弥彦は一本の木の前で足をとめて、まじまじと眺めた。

そして思わずつぶやいた。


「……マイ……?」


穂波は驚いて、弥彦に近き、一緒に木を見た。



よくよく見ると、木の中に人の顔が見てとれた。

枝に見えるのは腕。

木と、人間が一体になっているようだった。


「マイ!!」


弥彦は叫んで、木の中にのめり込んでいる顔をなでた。


「まさか……他の木も……?」


穂波は、隣の木に近寄って懐中電灯の光を当てた。

そして、顔と思われるあたりをじっくりと見た。



パキパキ

パキパキ



辺りから、細い枝が折れる音がした。


「……穂波君……森の中から、何かが迫って来る……。逃げよう……!」


弥彦が叫んだ。


「え、」と言った、事情を飲み込めずに立ちすくんでいる穂波の腕を掴んで弥彦は走り出した。




(続)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る