第32話 運命への反撃
――では、これは私からの餞別です。
それが『スキルベラム〈
特殊な羊皮紙に込められた魔力によって、俺の周囲に無数の赤い狼が出現する。
「な……っ!!」
「――行けぇぇっ!!」
魔力で生成された狼の群れが、驚愕に目を見開く悪魔たちへと一斉に襲いかかっ
た。
「ぐ……ゥ……ッ!!」
「っ、人間のくせにっ!!」
俺とアズも訓練で散々経験してきたこと――しかしこれは実戦だ。安全第一の訓練とは違い手加減がまったくなされていない。狼の数も、動きの凶暴さも、一体一体の力も、まるで別次元の代物であった。
カラルリンが杖の魔力刃で一体の胴体を上下真っ二つにするも、魔力で生成された狼は上半身だけで動き、そのまま食らいつく。
狼たちがクレザードを全周囲から取り囲み、集団で一斉に襲う。凄まじい猛攻を前に両手の鎌と作中で発揮した"眼の魔力を応用した回避能力"ですら捌ききれず、黒衣の悪魔は手傷を負っていく。
メレイアは鞭を流麗かつ荒々しく操り、狼たちを迎撃する。だがそれすらもすり抜けた複数の狼が次々に牙と爪を立ててゆく。
悪魔たちは完全に防戦一方である。それはさながら深紅の嵐であり、狂獣の洪水であった。さしもの終盤ボスであろうと御しきれるものではない。
もっとも、これだけで倒せるなどとは微塵も思っていない。十分なダメージは与えられてもワンパンで勝利などさすがにムシが良すぎる。
しかもこれだけの大技だ。使用コストも相当に重い。現にたったの一発で俺のMPは枯渇してしまっている。
最初からハッタリだ。ゲーム知識を利用した精神攻撃で冷静さを奪い、想定外の大技で相手に警戒心を覚えさせて引き下がらせる――そういう博打であった。
博打の勝率を高めるため、さらにダメ押し。
俺は取り出していたもうひとつのアイテム、
半分ほど飲んで床に放る。MPはほとんど回復していないが、スキル一発分は確保できた。
「動くなよみんなっ!! ――っおおおおおっ!!」
「レオン様っ!?」
俺は裂帛の気合いとともに、未だ荒れ狂う〈フェンリルパック〉の渦へと飛び込んだ。アズの声を背後に浴びるも、振り向かない。
さすがに使用者にまで見境なく襲うことはないが、それでも誤爆の危険はあり得
る。だが畳み掛けるならいまだ。度胸を振り絞ってカラルリン目がけて突進する。
「ぐ……舐めるなぁ人間ッ!! 〈冥府の
カラルリンが専用スキルを発動。振るわれた杖から青白い死霊が飛ぶ。
死霊が伸ばした右手が、鎧を透過して俺の胸へと突き入れられる。
痛みもなければ血も出ていないが、不快な寒気が全身を走る。
そのまま死霊に心臓を掴まれ、握り潰される感覚。
〈冥府の誘い〉は対象を即死させるスキルである。単体攻撃とはいえ成功率が高
く、こちらの戦略を崩し回復のリソースを削ってくる厄介な攻撃であるが――
「……るぅああああああッ!!」
「ッ!?」
あいにく、俺にはユニークスキル〈
即死判定を引き当てようが、初回だけは確実にHP1で踏みとどまれるんだよ!
そのまま足を止めず、カラルリンに接近。
「――〈シールドスマイト〉ッ!!」
わずかなMPを絞り出しスキル発動。左手の盾を振り上げる。
狙いはカラルリン――右側頭部の巻き角!
悪魔たちの角は魔力・能力を増幅するための器官である。
同時に悪魔たちにとっては種の象徴であり、誇りでもある。
良心の呵責なく平然と嘘を吐ける彼らでさえ、『人間になりすますために己の角を隠す』ことはできない。悪魔にとって角を隠す行為は、人間で言えば『公衆の面前で全裸になる』レベルの耐え難い屈辱なのである。
その誇りに向け、情け容赦なく凧型盾を振り下ろす。
「ッがァァッ!?」
狙いあやまたず、突端部が直撃。カラルリンの口から苦悶の声がほとばしる。
物理的な意味でのダメージはさしたるものではないだろう。さすがに互いの
が、精神的には相当な衝撃を受けたであろう。
平常時であれば間違いなく逆鱗に触れているはず――だが、これまで散々に精神を揺さぶり立てているのだ。戦意を喪失、とまでは行かずとも減衰させるには十分なはず。
「はっは――っ!! たかが人間と舐めてるからだっ!!」
「き、さ……レオン・マイヤーァァ……ッ!!」
〈フェンリルパック〉が収まるなか、背後へと距離を取る。だがカラルリンの追撃がない。呪詛めいた声を発するだけである。
相当に堪えているらしい。
ここで、こっそり打っておいたダメ押しの一手が成功してくれれば――
「――おいっ!! なにがあったっ!!」
「「「ま、待ってくれよムラサメ君っ!!」」」
……成功してくれたよ、っしゃあっ!!
俺たちのいる広間へムラサメたちが駆けつけてくるのに、俺は胸中で快哉を叫ん
だ。
ドサクサに紛れて〈フェンリル・パック〉の狼を一体、こっそりこの広間の出口へと向かわせていたのだ。
その先はムラサメたちとの待ち合わせ場所。転生者であるムラサメなら『魔力で形成された赤い狼』の姿を見て俺が〈フェンリルパック〉を使用したことに気づいてくれるはず。
もちろん気づかずにスルーされる可能性もある。そもそも待ち合わせ場所にまだ到着していない可能性だってある。
不確実な一手ではあったが――結果はこの通りであった。
「なにが――カラルリンだとッ!?」
「……ッ!?」
単なる援軍、というだけではない。新たに乱入してきた人間にまで名前を言い当てられ、悪魔たちは完全に浮き足立つ。
これだけの精神的揺さぶりと不確定要素を叩きつけられ、それでもなお向かってるか――いや。
「お……おい、旦那ァ……」
「これ、まずいんじゃない……?」
「黙っていろっ!! ……く……っ!!」
ギリリ、と歯ぎしりの音がこちらへ届きそうなほど、カラルリンは顔を歪める。
「……やむを得ん、撤退だッ!!」
やがて、憎々しげな捨て台詞を吐き、悪魔たちは通路の奥へと撤退していった。
━━━━━━━━━━━━━━━
次回で最終回です。
よろしければ、下部の「♡応援する」および作品ページの「☆で称える」評価、フォローをお願いいたします。
次回作のモチベーションが高まります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます