第31話 はーい逆鱗触りますねー

「……貴様、なぜ私の名を……」


 カラルリンは努めて静かに、だが隠しきれない動揺をにじませつつ口を開いた。


 動じるのも当然だろう。名乗ったはずのない初対面の人間から名前を呼ばれたのだから。


 軽い挨拶代わりの一手であったが、どうやら想定以上に効果があったらしい。


「おいおい。悪魔おまえらは俺を知ることができるが、俺が悪魔おまえらを知る手立てなどあるはずがない、ってか? ずいぶんと傲慢だな」


 戦うも逃げるも圧倒的に不利なこの状況。


 ならばこの手に賭けてみせる。全身全霊のハッタリ・・・・に。


「どうしたクレザード。ご自慢の"眼"でも見通せないことだったか? それにメレイアも。顔がひきつってるぞ」


 続けて黒衣の悪魔クレザード女悪魔メレイアの名を口にする。両者とも一瞬、たじろいだように身を固くする。


「レオン様、これは――」


「みんな。ここは俺にまかせてくれ」


 背後で呆気に取られる仲間たちへとそう告げる。それから改めて悪魔たちへと首を向ける。


「ドッキリ失敗ってか? アテが外れて残念だったな」


「……フン」


 カラルリンが鼻を鳴らした。


「なかなかに勇ましいではないか、レオン・マイヤー。初手で助けを呼ぼうとした情けない姿からは想像できないほどにな」


 その声はすでに落ち着きを取り戻している。代わりにあざけりの色を返答に含ませる。


 さすがにそう簡単には崩れないか。


 上等だ。ハッタリの材料はまだまだ手元にある。


「臆病と思いたければ好きにしろ。だが俺は悪魔たちがどんな存在であるかを知っている。慎重を期するのは当然だろう」


「ほう。どういった存在なのだ?」


「本質的に人類の敵ということだ」


 俺は言った。


「人類を攻めるためならなんだってやる。いくらでも凶暴になれるし残虐にもなれ

る。罪悪感などかけらも覚えずにな」


「…………」


「かと思えば、恥ずかしげもなく罪悪感に訴えようとする。『"人魔大戦"は人間たちが魔界侵略を企んだために起こったことだ』と涙を流しながら大嘘をつける」


 悪魔たちの行動原理は『人類を騙し、害し、滅ぼす』ことにある。


 そのためなら矛盾も嘘も平気で口にする。人間とは意志疎通ができるだけで、根本的に共存不可能な存在なのである。


「……随分と悪しざまに言ってくれるな」


 カラルリンが言った。


「事実だからな」


「ならば当然、ここで貴様らを逃がすつもりがないことも理解できるな?」


 にわかに、長身の悪魔から冷ややかな殺気が放出される。


 ラスボスの放つ殺気を間近に当てられ、内心では冷や汗の滝が流れている。正直、速攻で回れ右して駆け出したい気分である。


 だが俺は精神力を総動員し、あくまで不敵な態度を崩さなかった。


「だろうな。俺の魂で"魔界の道"を開かなきゃならないからな」


 改めて悪魔たちの眉根が歪んだ。


 俺の魂を求めているのはさっき奴らが言ったことだが、その目的までは明言していない。核心を言い当てられさぞ不気味に思っていることだろう。


 だが"原作LOA"クリア済の俺は当然そんなことくらい知っている。カラルリンの特技が『生物の魂を使用した魔術』であることも、その影響で"相手の魂"を視て調べられることも知っている。


 もっとも、ティアのように『俺が転生者である』ことまで見抜けるレベルではない様子だが。


「……そこまで知っているとはな……」


「それがどうしたって言うのよ」


 横合いからメレイアが鋭い声を飛ばし、鞭を構える。


「無駄なおしゃべりなんてもういいでしょ。さっさと殺しましょう」


「だよなァ。こいつがオレたちのことを知っていようがどうでもいいじゃねェか」


 クレザードも同調し、両手それぞれの鎌をギラつかせる。


 それだけで心臓が押し潰されそうになる。もしこのまま襲われればひとたまりもないだろう。


 だが本当に度胸を必要とされるのはこれからだった。


 さあ気合を入れろよ、レオン・マイヤー。ここからが本番だ。



「――そうだよな、クレザード。お前、異名が"邪鷹百眼じゃようひゃくがん"とかいう仰々しい代物なくせに、実は全身の眼が合計九十七個しかないのをめっちゃ気にしてるとか、そんなのどうでもいいことだからな」



 言った瞬間、"全身に無数の眼を持つ"悪魔クレザードが硬直した。


「……クレザード?」


「……え? あんたそれ本当?」


 その反応に真実味を感じたのだろう。カラルリンとメレイアが黒衣の悪魔に視線を向けた。


 クレザードは無言である。だが静かではない。所在なさげに視線を泳がせ、落ち着きなく身体を揺すっていた。


「……いッ……そッ、デ……ッ、デタラメ言ってんじゃァねェッ!!」


 ついには沈黙に耐えかね、クレザードが爆発した。


「テメェッ、にッ、人間風情がッ、おまッ、なにフザケたことッ、抜かしてやがンだよォ……ッ!!」


 剣幕に反してまったく恐ろしさが感じられない。完全に狼狽している。余裕を失った態度こそ、俺の言葉が真実であることを雄弁に物語っていた。


「く……あっははははははっ!!」


 やがて、メレイアが腹を抱えて笑い始めた。


「なによクレザードっ!! つまりあんたずっと詐欺ってたって訳ねっ!!」


「ぐ……ギ……ッ!!」


 屈辱に顔を歪ませる小柄な悪魔の隣で女悪魔の嘲笑が響く。


 だがな女悪魔メレイア、お前も他人事じゃないんだぞ。


「ぷっ……くく……っ、いやあ傑作だわっ!! まさかあんたがそんなくっだらないこと気にしてたなんてねっ!! 本当――」


「本当にそうだよな、メレイア。あんたがこっそりくまさんパンツを愛用してるだなんて、そんなの本当にくだらない秘密だもんな」


 メレイアが硬直した。


「……な……っ」


「人里襲った際に見つけて一目惚れ、なんて別に隠す必要ないって。なあ? 『人間はカスだけどこれだけは認めてやるわ』って、独り言じゃなくて直接言ってやれよ。人間たちもきっと大喜びするぞ」


「……あ……なんで……っ、いや、違……っ!!」


 メレイアは赤い肌をさらに紅潮させ、ワタワタと手を振る。


 その態度に、カラルリンも次は我が身と感じ取ったのだろう。頬をひと筋の汗が流れ落ちる――当然、俺はその瞬間を見逃さなかった。


「…………情けないぞお前たち。なにを人間のたわごとに惑わされる必要がある。もういい、さっさと――」


「さっさと終わらせて魂とおしゃべりでもしたいか? 能力で捕獲した魂にこっそり愚痴聞いてもらうのがカラルリンおまえの密かな楽しみだもんな」


 最後にカラルリンが硬直した。


「なにしろお前、一見クールぶってるけど実は話したがりだからな。でも凄いよな。人間見下してる割に、物言わぬ人間の魂には『私だって辛いことはあるのだ』なんて甘えられるんだから。いや本当、その精神の臨機応変ぶりは見事のひとことだよ」


「……な……ぐ……ッ」


 すらすらと淀みなく語ってみせる。


 これら秘密はすべて本編中ではカケラも出てこない、"設定資料集"でのみ触れられている内容である。


「「「こ……殺す……ッ!!」」」


 ついにカラルリンたちが噴火した。揃って俺に対する殺気をほとばしらせていた。


 が、同時に隠しきれない困惑もそのおもてにはっきりと現れていた。


 当然だろう。初対面のはずの人間に、仲間たちにすら秘密にしていた個人情報を握られていたのだから。


 不気味に感じているはずだ。すっかり冷静さを失っているはずだ。


 必然、警戒心も増しているはずだ。


 わざわざ虎の尾を踏んだ甲斐があった。


 俺は左手の盾を正面に向ける。その裏でこっそりストレージからとあるふたつの道具を取り出しておく。


「いい度胸だレオン・マイヤーッ!! 殺すっ!! いますぐ殺してやるっ!!」


「おう、ご自由にどうぞ」


 凄まじい殺意を向けられても、表向きは平然と答える。


「だがこれで分かっただろ? 俺はお前たちのことなんてお見通しだってことが」


「減らず口を……ッ!!」


「だから、備えくらいはしていたさ。……ま、気にしなくていいんじゃないか。なにしろ俺は真っ先に助けを呼ぶような情けない人間なんだぜ? お前らならあっさり殺せて当然だろうさ」


「もういいッ!! 黙れッ!!」


 カラルリンは迷いを振り払うように腰を落とす。クレザードもメレイアも、同様に得物を手に飛びかかる予備動作を取る。


「二度とその口を開くんじゃないッ!! 死ねぇっ、レオン・マイヤーッ!!」


「やってみろよっ!! ――〈群狼蹂躙フェンリルパック〉ッ!!」


 俺は盾の裏に隠した道具――ティアから手渡されたスキルベラムを握りしめた。



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