第18話 ボクの歌を聞け

「……どうやら崖の上にいた魔物みたいですね。運悪く崩落に巻き込まれた……もしくはあいつの自重で崩れたか……」


 土ぼこりの向こうから姿を現した巨大な鹿の魔物を前にアズはつぶやいた。


 キャンプ地点に絶対魔物が侵入しない訳ではない――頭では理解していたが、まさかこのような形で乱入されるとは。


 しかも、


「……よりにもよって"クラウンエネミー"かよ……」


 クラウンエネミーとは、そのフィールドに出現する他の敵より遙かに格上の力を持った魔物だ。場合によってはフィールド最奥部のボスモンスター以上に手強い、いわばその土地の"ヌシ"とも呼べる存在である。


 "設定資料集"によれば『魔界からにじみ出る魔力が魔物化せず留まっていたものが濃縮され、その結果誕生した存在』……であるらしい。


 あの鹿はクラウンエネミー『荒ぶる大角』。序盤に挑める"センタ西の森このフィールド"に出現する魔物でありながら中盤以降の敵にも匹敵する強さLvを誇る。


 体長は二~三メートルほど。ひときわ目を引くのが、名前の由来となっている巨大な二対の角だ。頭部から左右へと広がるように力強く伸びており、先端も鋭くとがっている。額の辺りからも小型だが鋭い角がまっすぐに生えている。


 "原作LOA"中でもあの角を使用した強力な攻撃技でゲームに慣れ始めたプレイヤーたちを次々と葬り、『鹿パネェ』『クラウンヤベェ』と阿鼻叫喚の悲鳴を上げさせた存在であった。


 本来はキャンプ地点にある崖上のエリアを縄張りとしており、そこから他エリアへ移動することはないのだが……くそっ、これも"現実化"の影響か。


 "物理的に行き来が可能であればゲーム的な制限に縛られず移動可能"――俺自身も利用した事実ではないか。当然、俺以外の存在が都合よく縛られる道理などどこにもない。


「レオン様、どういたしますか?」


 戦鎚ウォーハンマーを両手に構えつつアズが言う。


「どうもこうも。奴はこっちを逃がす気はないみたいだ。……やるしかない」


 俺も腰の剣を抜きながら言った。


 確かに奴は強敵だが、こちらだって幼少期から鍛 えLvを上げてきているのだ。"センタ西の森"の攻略適正Lvをとっくに超えている以上、切り抜けようはある。


「君、ひとりで歩けるか? 少し離れててくれ」


「……よくも」


 ひなた嬢へ言うと、彼女は腹の底から絞り出すような声を出した。


「……よくもボクのおうちを潰してくれましたねー! 許しませんよー!」


 そう叫び、ひなた嬢は荷物袋からなにかを取り出した。


 弦楽器だった。片手で抱えて持てる大きさの竪琴。リラ、もしくはライアーと呼ばれる種類のものだ。


 ただの楽器……ではない。実際、"原作"には竪琴や笛などの武器種も用意されている。あれは発せられる音波を魔力によって物理的な衝撃へと変換する武器だ。


「戦えるのか?」


「はい! なにしろボクは歌って戦えるアイドルなんですから! やってやろーじゃねーですかコンチキショー!」


 ひなた嬢は荒ぶっていた。『いや、別にあの岩は誰のものでもないじゃん』と突っ込むのが野暮に思えるくらいに。


 まあ、手助けしてくれるならありがたく頼らせてもらおう。


「分かった。それで君……ひなたって呼ばせてもらうよ。ひなたはなにができる?」


「歌唱スキルと治癒スキルが得意です!」


 つまり後方支援系か。実際、隊列の概念がある"原作"でも竪琴系は後衛向けの武器種として設定されている。


「頼むよ。俺は盾役でアズは物理アタッカーだ」


「りょーかい! にっくきアンチキショーに一発ぶちカマしちゃってください!」


 だいぶ言葉遣いが乱れているが、まあそれはいい。とにかく、ひなたは怒りに満ちた声とともに巨大な鹿――"荒ぶる大角"を見据えた。


『KIIAAAAAッ!!』


 眼前で"荒ぶる大角巨大シカ"が激しくいななき、首をぐっと下げる。それから野太い後脚で黒土を蹴立てて突進してきた。


 巨大な角が迫る。このフィールドの適正Lv帯であれば装備を固めたタンク役以外は即死する威力の攻撃である。


 が、


「〈ウォールディフェンス〉ッ!!」


 俺は盾を構えつつ腰をぐっと落として踏ん張る。同時にガード系スキルを発動。盾の前面に展開された青白い魔力の壁が、しゃくり上げるように繰り出された角の一撃を受け止める。


 それでも相当な衝撃だった。反動が俺の全身へ襲いかかる。体勢を崩されかけるが足裏で黒土をえぐりつつかろうじて耐える。


「せいやぁぁぁッ!!」


 魔物の動きが一瞬止まった隙を逃さず、横合いからアズが戦鎚を振り下ろす。膂力を乗せた重々しい一撃が"荒ぶる大角"の胴体左側面に直撃。


 だが"荒ぶる大角"は短くうめいただけだ。そのまま身体を跳ね上げるように左側面を向き、同時に角を真横に振り抜く。アズは後方に飛びのいて回避。二、三度と跳ねて距離を取る。


 やはり手強い。アズの一撃をまともに受けてろくに怯みもしないとは。それに、スキルも併用したにも関わらず俺の腕はしびれている――全身にわだかまる衝撃の余韻を追い出すように息を吐く。


 いちおう奴の角を防げてはいるし、相手もまったく効いていないということはないだろう。対抗できていない訳ではないが……おそらく相手が倒れる前にこちらが音を上げる方が早い。


 さて、どう切り抜けるか。


「おお、お兄さんたちやりますねー!」


 少し離れた場所からひなたの声が届く。


「こっちも一曲、行きますよー! 聞いてください、〈闘志の歌〉!」


 歌唱スキル〈闘志の歌〉。パーティー全員の攻撃力ATKを上げる強化バフスキルである。


 ひなたは目を閉じ、竪琴を構える――気配が一変する。


 どこか弛緩した空気が一気に引き締まり、凛とした雰囲気を醸し出す。


 ひなたの手が動く。白く細い指が激しく、それでいて繊細に弦をかき鳴らす。魔力を乗せて音色が響き渡り、森林の大気へと溶けていった――







 闘志の歌

 作詞・坪庭つぼにわひなた


 うなれ一撃 正義の鉄拳


 殺せ 殺せ ぶっ殺せ


 いくぞ輝け みんなの勇気


 殺せ 殺せ 皆殺し






 ついでに、異様に殺伐とした歌詞も溶けていった。



「……あの、ひなたさん?」


「はい。アイドル系冒険者の坪庭ひなたです」


「……いまの歌は?」


「ボクが作詞した〈闘志の歌〉です」


 ふふん、と得意顔で言われた。


 ……いや。確かに"原作"では歌唱系スキル使っても音符を基調としたエフェクトとSEが出るだけで本当に歌が流れる訳ではないけれど。だから実際にはどんな歌詞であってもおかしくないけれど。


 もっとこう、穏当な内容にできなかったのか。


 そうこうしているうちに、"荒ぶる大角巨大シカ"が再び迫ってくる。


「〈ヘヴィスタンプ〉ッ!! せぇいやぁッ!!」


 角の攻撃をギリギリで避けたアズは同時に打撃スキルを発動。今度は魔物の胴体右側面を打ち据える。


『KIIII……ッ!』


 "荒ぶる大角"は苦悶の声を漏らし、姿勢をふらつかせる。スキル込みとはいえ先ほどよりも効いている様子だ。


 なるほど。効果のほうは間違いないらしい。


「助かるよ」


 俺が言うと、ひなたはさらなる得意顔で言った。



「まー当然です! ボクは〈絶対音感〉持ってますので効果もバツグンってなもんです!」



 ……なに?


「……ひなた。君、ユニークスキルを持っていたのか?」


 ユニークスキル〈絶対音感〉。


 いわゆるパッシブスキルの一種だ。習得しているだけで歌唱などの楽曲系スキルの効果が高まる。


 これを習得させたキャラの楽曲系スキルによる|支援はパーティー戦力を大きく底上げしてくれる。特にボス戦においては強敵相手にも格段に戦いやすくなる。


「ええ、なんか生まれつき備わってました。……っと」


 "荒ぶる大角"がみたびこちらへ迫るのに気づき、ひなたは竪琴を構える。


「さあ、まだまだ行きましょう! 見てやがれってんですよ、おうちの仇ー!」



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