第2話 蘇る記憶(概ね黒歴史)

 ――『聖樹伝説アガスティア ~legend of Agastya~』。略称LOA。


 魔物の脅威が存在するなか、"聖樹の加護"によって人々の生活圏が守られている世界を舞台にしたファンタジーRPG――それが、前世で俺がやり込んでいたゲームである。


 プレイヤーは冒険者となり、富や名声を得るために伝説の賢者が残した秘宝を入手するのが目的だ。


 しかし秘宝が眠るとされるのは極めて危険な土地――"禁足地"であり、十分な実績がなければ立ち入りの許可が下りない場所。


 冒険者は実績を得るため"加護"の力が及ばない土地へと赴き、資源回収やダンジョン攻略、強敵の討伐などを行っていく……といった内容である。


 コマンド選択式バトルが採用されたごくありふれたRPGながら、キャラ成長からシナリオ進行に至るまでとにかく自由度が高いのが特徴だ。


 ステータスの割り振りからスキルの習得まで、キャラの成長方針はすべてプレイヤーの判断に委ねられている。


 主人公始めパーティーメンバーのキャラメイクシステムも完備。ゲーム側から余計な設定が与えられないぶん、プレイヤーの妄想力イメージをいくらでも膨らませられる。


 シナリオも要所の固定イベント以外どんな進め方をしてもOK。育成自由度も相まって、周回するごとに新たな発見がある。


 絶妙な難易度調整がもたらす"心地いい歯ごたえ"も人気のひとつ。多彩に用意された装備やスキルのおかげで戦闘に工夫のしがいがあり、強敵攻略へのモチベーションも高まる。


 不運にも、同時期に発売された他社の大作ゲーム(※脳内彼女とイチャコラしながら高性能パンジャンドラムと戦うロボゲー)に話題を持っていかれた影響で売り上げ的にはそこそこ止まりではあった。


 しかしプレイした者たちの評価はおしなべて高い。かく言う俺も評判を聞きつけて試しに購入、まんまとドハマりしたクチである。


 決して革新的な作りではない。だが安定して良質なプレイ体験を提供し続けてくれる、まさしく"隠れた神ゲー"と呼ぶにふさわしい作品なのだ。


 ……そんな神ゲー唯一の汚点として蛇蝎だかつの如く嫌われている存在。それがレオン・マイヤーであり、転生した現在の俺なのであった。





 俺を起こしに来たらしい使用人の女性に「すぐ起きますので」と言いつつ自室から追い出す。『……え? なんでお坊ちゃまが敬語?』と言いたげな彼女の顔が扉の向こうへ消えたのを確認し、ベッドに身を投げ出す。


(……さて、どこから手をつけるべきかな……)


 考えつつ、シーツの上に放り投げていた手鏡へと改めて手を伸ばす。


 仰向けのまま鏡面を覗き込むと、赤い髪の少年と目が合う。ゲームLOAに登場するレオン・マイヤーをそのまま幼くした顔立ちだった。俺が上下左右と軽く視線を動かすと少年の黄色い瞳もそれに合わせて動く。


 ……何度確認しても同じだ。やはりこれは夢でもなんでもなく、『俺=レオン』こそが現実なのだ。


 認識を強めるにつれ、曖昧であった『レオン・マイヤー』としての記憶が徐々に蘇ってくる。


 父親の名前。母親の顔。ふたりの兄たちの声。執事の言葉。多数いる使用人たちの働く姿。家庭教師から読み聞かされた書物の内容――





『おれは百兆人にひとりの天才』


『料理人のくせになまいきだぞおまえ! おれに逆らったら百兆回死刑にする法律だからな!(※意味不明)』


『おらっ! 犬みたいに歩けよ平民だろ!』


『なあおまえ! 女体盛りやれよ女体盛り! うひゃひゃひゃひゃひゃ!』


『平民のおまえと貴族のおれだったら千倍ちがう』


『お゛れ゛まぢがっでないもんっ! お゛れ゛天才なんだもんっ!(※号泣中)』


『おもしれーぎゃはははは! じゃあおまえ今日からダンゴムシな!』


『ひゃーっははははは! おれさまはエラい貴族なんだぞ!』





 ――そして物心ついてからこれまでにブチかましてきたイタい言動の数々!


「ぎいぃぃぃぃぃいやぁああああぁぁぁぁぁぁあああ――――――――――っ!!」 


 思わず絶叫しながらのたうち回る。他人の記憶として処理できぬこの鮮明さ! 耳を塞いでも脳内に延々リフレインし続ける黒歴史! 幼い口から放たれた過去の言葉が羞恥と悔恨の刃と化し、いままさに俺の精神へ次々と突き立てられていくっ!!


 ……ここだっ!! 俺がまず手をつけるべきはここからだっ!!


 さもなきゃ死ぬっ!! 精神的にっ!! つーか誰か殺してくれぇっ!! でも死にたくないっ!!


「いかがなさいましたかお坊ちゃまっ!?」


 俺の悲鳴を聞きつけ、さっきの使用人がバタバタと入ってくる。


 …………いかんいかん。不審に思われるのは避けておかねば。たぶん『前世の記憶が蘇りました』なんて言っても信じてもらえないだろうし、それどころか余計な騒ぎにもなりかねない。


 ひとまず心を殺しつつ身を起こす。


「……………………い、いえ、なんでもありま――なんでもない」


 記憶を頼りにレオンらしい言葉遣いに直しながら答えた。


「……ですがいま、聖水を浴びたアンデットみたいな声が――」


「それよりっ!」


 使用人の話を強引に打ち切り、向き直る。


「はい?」


「昨夜から考えていたのです……いたのだが、どうも俺はこれまで貴族としてふさわしくない態度を取っていたように思えてきたんだ」


「……お坊ちゃま……?」


「とても反省している。いやマジで――ごほんっ。……お前たちにはこれまでさぞ不愉快な思いをさせていただろう。ごめんなさい。いやマジで本っ当に――えへんっ。……今後は態度を改め、節度ある行動を心がけるようにする」


 そう言ってから俺は頭を深々と下げる。


 頭を上げると、まん丸に見開かれた彼女の目が飛び込んでくる。


 まるで地上から絶滅したはずの珍獣を目撃したかのような目が、これまでのレオンのやらかし具合を物語っているようだった。





 その後、すれ違う使用人たちに同様の言葉を口にしつつ食堂へ向かい、朝食をすませて再び自室へ。


 扉を開けると、そこには小さな先客がいた。


「レオンさま、おはようございます。本日もよろしくお願いいたします」


 いつの間に入ったのだろうか。同い年くらいの銀髪の女の子は、年齢に見合わぬ丁寧な言葉で挨拶をしてきた。


 ――なぜか、丸まった姿勢で床の上を転がりながら。


「……きみ、なにしてるの?」


 尋ねつつ、記憶の糸をたぐってみる。レオンの記憶にうっすら引っかかるものがあるが……なかなか思い出せない。


「はい。それは――」


 幼女はなんの迷いもなく、はっきりとした口調で答えた。


「先日レオンさまから『おまえ今日からダンゴムシな!』とのご命令をお受けいたしましたので。誠心誠意、ダンゴムシとしての責務を勤めさせていただいております」


「俺ぇぇぇぇええあああああっませんでしたぁぁぁあああ――――――――っ!!」


 諸悪の根源は絶叫しつつ、即座にジャンピング土下座を決めた。


 我ながら一切の無駄がない、流れるような動作であると思った。



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