第四話 お水でも、どないです?

「アホんだら! 50分には帰ってんかい、言うたやろが! 20分も遅刻しくさってからに!」


破葉はようがメチャメチャ キレとる。鬼が鬼の形相でキレとる。舎弟のクセにウチにキレとる。まぁ、ウチが悪いから仕方しゃあないけど。


12時10分くらいに戻ってきたウチは、破葉はように胸ぐら掴まれて、そのまま地べたに正座させられてしもた。ぐすん。


けど 悪い事が有ったら、エェ事も有るもんやわ。今 ウチの右前には、カワイイ狐がんねん。ソファーの上にチョコンと座ってるおっちん してる。メチャメチャ カワイイやん。


見た目は完全にホンドギツネ。まだ若そうやな。体が小ちゃめ やし、目が丸い。狐は成長するたんびに目つきが悪ぅなる。そう感じんのはウチだけやろか。



ちなみに巷では、〈伏見稲荷大社の狐は白い〉、言われとる。〈白狐びゃっこさん〉、呼ばれとる。けど実は、全部の狐が白い訳やない。白い狐は、上位の狐。下っぱザコの狐は、白ぉ無い。



てっきり目つき悪い大人の狐が来る思てたけど、これは意外やったなぁ。思わずニヤついてまうやんか。そうしたらほしたらウチに破葉はようの雷が。


「何 ニヤついとんねん! 反省しとらんのか!」


「・・・反省してますぅ」


ウチは涙目になって、か細い声 出した。


──アカン、アカン。今 ウチは怒られとるんや、気ぃ付けな。・・・あれ? 今 ウチは床に正座、破葉はようはパイプ椅子、狐はソファー・・・。これ、おかしない? 狐は床でエェやん。やって、狐やで? そんで怒っとる破葉はようがソファー、怒られとるウチがパイプ椅子。そないちゃうかな?


なんや納得いかんけど、とりあえず黙って破葉はようの説教を聞き続けたウチ。そっから10分、やっと説教 終わった。




ウチへの説教 終えた破葉はようは、今度は狐に声 掛けよる。


「・・・それじゃあほんなら 狐、用件を聞かせてもらおか。どういう・・・」


「ちょっ、ちょっと待ちぃな!」


ウチは挙手して破葉はようの言葉を遮った。異議アリや。本題に入る前に、せなアカン事が有んねや。


「まずは飲み物のみもんでも 出さんと。ちゃうか、破葉?」


「ん? あ~、まぁ、そやな」


ウチはルンルン気分で食器棚から ちょい深さのある皿 出して、水道水 入れた。そんでそれを狐の目の前のテーブルに置いたった。


「はい、狐。遠いトコ ご苦労さまはばかりさん。これでも飲みぃ」


ウチの優しい気遣いに驚いたんか、狐の視線はウチの顔と皿とを行ったり来たり。


──なんやの それ。メチャメチャ カワイイやん!


そしたらほしたら可愛さの欠片も有らへん鬼が口 出してくる。


「・・・おい、なんしとんねん? 水道水を皿に、って」


「狐なんやから、これでエェやろ? コップ 入れても飲まれへんやんか」


「まぁ、そやけど・・・」


いまいち納得してへんようやけど、可愛くない鬼は っとこ、っとこ。


「ほらほら、飲みぃな」


ウチは狐に執拗に水を勧める。


「・・・じゃあ、はい。頂きます」


狐が喋った、そんでウチは驚いた。


狐が人間の言葉 使っつこたんやから、驚くは当たり前やて?


ちゃちゃう、そこは驚くトコやない。この狐は話 しに来たんやから、喋のは当たり前や。喋れな 話なんぞ出来ん。この狐は、見た目は普通のホンドギツネやけど、れっきとした〈あやかし〉なんや。


ウチが驚いたんは、標準語を喋った事や。伏見の狐は関西弁を喋る、ウチとおんなじように。せやのに この狐は標準語。親元 離れて、伏見に丁稚奉公でっちぼうこうでも しとるんやろか。泣かせるなぁ。


「アンタ、生まれは どこやの?」


水 飲む為に体 起こして、右の前足だけテーブルに乗せとった狐。不意に話し掛けられたせいで、そのまんまの体勢で止まりよった。左の前足は宙に浮いてて、顔をウチに向けとる。


──なんやの これ! カワイイやん! ちゃちゃう。これはもう、スゴく可愛いキャワワやん!


「僕は、生まれも育ちも伏見です」


その一言に、ウチは大層えらい 驚く。


「・・・え? え? えぇっ!? 伏見 生まれ!? ほな なんで、標準語なん!?」


「関西弁は、ちょっと・・・ どうかと思いまして・・・」


──・・・なんやコイツ、関西弁の何がアカンねん。気持ち悪いきっしょい奴ややっちゃな。


前の狐を見るウチの目が変わった。


──コイツはアカン、裏切りもんや。


ウチの心は急激に冷めてしもた。けど その後、ウチは天にも昇るような気分になる事に。


狐が左の前足もテーブル上 置いて、ペロペロと水を舐めだしたからや。小ちゃい舌で、ペロペロ、ピチャピチャ。前足はテーブル 置いとるけど、後ろ足はソファーの上。体ごとテーブル 乗るんは失礼や、とか思たんやろか。4本の足がプルプルしとる。そんで一生懸命 水 飲んどる。


──あぁ、カワイイ・・・。もう、標準語とか どうでもエェわ。こんなこないカワイイんやから。


そっから少しの間、非情な鬼に傷つけられとったウチの心は、狐によって癒された。


はい、今回はここまで。




・・・ん? 〈今回は水道水だけ なんか?〉とか思てる? 京都市の水道水は、隠れた名物なんやで? 自動販売機で売ってるくらいやからね。まぁ、よその水道水と比べて どんくらいのモンなんかは分からんけど。


正直 ウチはうた事は有らへん。蛇口 ひねったら出てくる水をわざわざうたりせん。せやけど よそから来はった人らは、1度いっぺん うて みはってもエェんとちゃうかな? 話のネタくらいには なるんちゃいますか? 水道局総合庁舎、京都市役所、烏丸御池の駅なんかで売っとるみたいやし、機会が有らはったら是非どうぞ。ただ、過度なあんま期待は せんといてや。言うても水道水やから。ちなみに値段は100円。賞味期限は、なんと10年。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る