ファイル名:20170426投稿予定.docx
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はじめまして。
私は〇〇県で美術館の学芸員をしている〇〇です。美術館の仕事を多くの方にも知っていただきたく、個人的にブログを立ち上げました。本当は美術館の公式ブログとして始めたかったのですが……、まずは個人のブログという形でしばらく運用してみようということになりました。
さて、事前にお伝えしておきますが、これから書くこと、一部フィクションになります。なぜこんなことを言うかというと、実は上司から正式な許可はもらえていないので、美術館の情報を書くときにはフィクションを混ぜておこうと思っているからです(身バレ防止というやつですね)。その代わり、学芸員のお仕事の様子が伝わるように、内容は充実するよう、頑張っていきたいと思っています!
皆さんこれからどうぞよろしくお願いします!!
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浅く呼吸を繰り返しながら、私は必死に慣れない文章をキーボードで打っている。私はキーボードが苦手だ。スマホのフリック入力の方が何倍も早く文章を打てる。大学でレポートを書くのも苦手だった。事務所のPCでブログ記事を書くことは、楽しさよりも苦痛の方が大きかった。
大学を卒業した私は、特に目標もなく1年ほどブラブラしたあと、長野県にある小さな美術館の学芸員になった。理由は特にない。強いて言えば、大学で取得した資格を活かせたことと、のんびり仕事ができそうだと思ったからだ。 私が働いているのは、長野県の某市が運営する小さな美術館だ。その昔、オリンピックが誘致された際に観光目的で作られた美術館で、市の北部に位置する山の中腹あたりにあり、市街地からは車で30分ほどかかる。当時はそういうことが結構あったらしい。周りは針葉樹の林に囲まれ、パンフレットには「高原の美しい景観の中で〜……」なんて書いてあるが、私にとっては周りに何もないただの山だ。当時はいろいろな施設を建てたらしいが、採算が取れずほとんどの施設が撤退してしまっていた。ほかに観光地があるわけでもないので、たまに物好きなアートファンや、暇を持て余した近所の老人が遊びに来るくらいだ。
ここに来る前、私は都内の美大生だった。当時は現代アートが好きで、学生の頃は週末になると、パフォーマンスアートとか映像作品とかを見に美術館に通っていた。私と同じ年代の若いアーティストが作る作品は当たり外れが大きく、正直かなりギャンブルだ。怒りを覚えるほど退屈なものもあれば、心を奪われるようなものもある。そういう作品に出会うと心がスッキリするというか、自分のモヤモヤしたものを代弁してくれているような気がした。だが、この美術館の主な資料(博物館では一般的に収蔵作品を「資料」と呼ぶ)は、戦後の日本人画家の洋画や、70年代の美術団体から寄贈されたブロンズの彫刻ばかりで、私にとっては正直とても退屈なものだった。
ここは小さい美術館なので、働くスタッフも少ない。私と、先輩、副館長、そして館長だ。館長は60代くらい。小柄で禿げていて、見るからに覇気のない人だ。役場からの出向で、総務課長を兼任している。博物館法では必ず館長を置く必要があり、それ自体は地方の美術館では珍しいことではない。地方の役場には、生まれてからずっとその地域に住んでいるような人がたくさん在籍していて、館長も例に漏れず、生まれてからずっとその地域に住んでいる。なんでも地元の名士の息子らしく、親族には県議やお寺のご住職もいて、副館長いわく、地元とうまくやっていくにはそういう人が身内にいると都合が良いそうだ。
館長は市内にある役場から、必ず月に一回は美術館に来る。美術品に興味があるようには見えないが、興味のないものでも職場の命令には従わないといけないのだろう。大変だと思う。
なので、普段は、副館長、先輩、私の3人でシフトを回している。
私の勤務状況も書いておくと、朝、市内の自宅から30分かけて出勤する。親に買ってもらったコンパクトカーで、薄暗い山道を走り職場に向かう。イベントがある日以外は、美術館の来場者はそう多くない。今日のように一人で勤務する日も多い。駐車場に車を停め、裏口の警備を解除して事務所に入ると、コーヒーメーカーに水と粉を入れてスイッチを入れる。その間に簡単に掃除とメールチェックを行う。
開館する前に、一度館内の巡回を行う。展示資料に問題がある場合は、この段階で手直しをする。キャプションパネルが落ちていたり、ガラスに来場者の手形が残っていたりするので、それらを綺麗にしたりしておく。10時の開館時間になると、正面玄関を開けてお客様をお迎えする。しかし、平日の美術館にはほとんど人が来ない。そういう時は、溜まっていた仕事をこなす。次の企画の準備や、収蔵品の修復の手配、収蔵庫の整理など、やることは地味に多い。チケット販売の窓口対応も仕事だ。事務室脇の小窓がチケット販売所も兼ねているので、お客さんが来たらチケットや館の案内を渡したりする。学芸員は自らのことを“雑”芸員と揶揄したりする。研究者でありながら、毎日の雑用が業務の大半をしめるからだ。私の職場も、例に漏れない。時間に追われるような仕事は少ないので、空いた時間は本を読んだり、ネットニュースを見たり、最近ではブログ用のネタを書き溜めたりする時間になっている。
あとこの辺りは近所の人の散歩コースにもなっていて、たまに散歩の途中の人が美術館に入って来たりする。近所のおじいちゃんやおばあちゃんはコミュニケーションに飢えているので、そういう人が来た時には話し相手になることもある。近所のことや、昔のことなど、好き放題喋ると、満足して帰っていく。市街地と離れた立地のせいで孤立しがちな美術館の貴重な情報源である。そして17時の閉館時間になると、館内を見回ってから誰もいないのを確認して正面玄関を閉める。汚れや足跡など気になる部分があれば、この時間にさっと掃除をしておくことにしている。今日もまた手形の汚れがあったので、簡単に雑巾で拭いておいた。
その後、展示室、収蔵庫、売店の鍵を閉め、レジの現金を確認し、1日の日報をつけると今日の業務は終わりだ。最後に警備システムを起動して、事務所裏のドアから出て帰路に着く。
ここは比較的小規模な美術館だが、大きな収蔵庫があるのが自慢だ。なんでも、この美術館を建設する際、地元の議員が「厳重な収蔵庫を作るべきだ」と提案してきたらしい。収蔵品が溢れて問題になりがちな美術館としてはこの要望は願ったり叶ったりで、コンクリート造りのかなり大きな収蔵庫を作ってもらったらしい。
こいつのせいで職員用の駐車場まで大きく迂回していかなければいけないので、遅刻しそうなときには恨めしく思うこともあるが、他の美術館の学芸員が視察に来たときには羨ましがられたりする。大きな収蔵庫の噂を聞きつけ、近隣の美術館や博物館が、コレクションの一部を一時的に寄託させて欲しいと相談に来たりする。要は資料を保管する場所を貸せ、と言う話だ。館長がそれらの寄託をどんどん受け入れるので、大きな収蔵庫もたくさんの資料(作品)で溢れかえっている。そうすると、中に変なものが紛れ込むことがある。その話もいつかどこかで話たいと思っている。
今日は受付の窓口にPCを持ち込んでこの文章を書いている。私一人で勤務する日なので、咎める上司もいないので気楽なものだ。
……おや?フロアで足音がしたような気がした。文章を打つのに集中しすぎて気がつかなかったが、フロアに誰かがいるようだ。いつの間に中に入ったんだろう。
チケットの確認をするために、私は慌てて席を立った。
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