第18話 腕をあげても
「お、なんだ。セイラさんのとこにいたのか。探してたんだぜ?」
部屋に入ったオスカーは、ニヤニヤしながらローリエの姿を見ていた。
「……えーと、あなたがオスカーさん?」
「その通りこの俺がオスカーさ。……で、なんでそんな顔で俺の顔を見ている?」
「え、いや、ハンサムですねーと」
20代(?)にしてはオスカーの顔は髭も相まって老けて見えた。
「ハハッ……女子にそう言われると悪い気はしねぇな。あんた、見る目があるぜ?」
ローリエの返事を軽く流したオスカーは自身マンにそう言っていた気がした。
「あと部屋に昼食を置いておいた。痛みがなくてもまだ完治じゃないから、早く治すためにも後でちゃんと食べておけよ」
そしてセイラの右側で片膝を立ててしゃがんだ。
「……あ、ここまで連れてきてくれたのはオスカーさんだよね? あと治療も。助けてくれて本当にありがとう、命の恩人だ」
ローリエは少し引き気味だったが、同時にオスカーへの感謝を思い出していた。
「改めてだけど、私も感謝の気持ちで一杯だ。あのままだともう駄目だったよ」
セイラは、続けざまにそう言った。
「そうか、それは良かった。まあ俺は、その期待に応えれる最大限をしただけさ」
そしてオスカーは抱えていた鞄の中から、包帯とガーゼのようなものを取り出すと、セイラの右肩から上腕にかけての包帯を解いていった。
そこには深い切り傷が浮かぶ。
ローリエは分からないが、どうやら縫合糸のようなもので治療をしているようだ。
「…断裂がまだか……セイラさん、また治癒魔法で吻合する。中級だ、いいか?」
「うん、お願い」
ガーゼで血を処理したオスカーはベッドに立てていた杖を持って、ブツブツと呟きながら魔法を使った。
杖の先は緑や黄色の薄明の光が灯っている。
「少しの辛抱だ。すぐ終わる、我慢してくれ」
「……っ…だ、大丈夫」
セイラは口ではそう言っているが、顔は苦痛の表情を浮かべていた。
「……そういえばオスカーさんは、医療系の魔法使いなの?」
ローリエはふと、さっきのやり取り思い出してオスカーにそう切り出した。
「いや、来々月から工場で働くただのしがない労働者さ、まあ今も日雇いで働いているが。強いて言うなら魔法使いの資格はあるが、騎士には受勲してない」
「え、でもそれって中級魔法なんでしょ?」
特級~下級で列される等級魔法は、それ以上の等級の魔法使いの騎士(聖騎士)でない限り、使用が禁じられている。
聖騎士でなければ等級魔法すら使えない。
魔法使い資格を有している状態はあくまで、『聖騎士の非監督下における基礎魔法の使用認可』であり、下級魔法の使用さえ許されないのだ。
「ああ、確かにこれは中級魔法。まあ産業革命が起きても医療技術はちっとも変わってないからこれを使わざるを得ない訳さ。で、そこでだ。子供に言う話ではないんだが、ところでこの等級はどう区分されていると思う?」
魔法を使い終わったオスカーは杖を置きながら、ローリエに質問を投げかけた。
ローリエは暫く悩んだ末、こう答えた。
「うーん……その分け方は、危険性と求められる技術力?」
確か、ジャイルズにそう教わったはずだ。
技術力の面では言わずもがな、初心者が無理に高難易度の魔法を使えば暴発などの不慮の事故に繋がるのは明白だ。
次に危険性の面で、例えば殺傷性が高い割に難易度が低い魔法があるとする。
それがもし区分を設けず使えてしまえば、簡単に使えるが故に聖騎士以外が犯罪に利用したり、乱用したりするリスクが充分にあるだろう。
これらの問題はどれも、国内の治安悪化に直結している。
だから、『聖騎士』という国が作った枠組みに『等級』という区分を設けることで、使用者を法的に制限して治安を保とうとしている訳だ。
ローリエの答えを聞いたオスカーは、あからさまにため息をついた。
「間違ってはいないが、実情はそう単純ではないんだ」
そしてその後、うんざり気味にやれやれとした様子で口を開いた。
「いいか? まず、等級の区分というのは、高位聖職者=国教会上層部に決定権がある。騎士団員の級位も同じことさ。そう、自由に。教会はこれらを恣意的に決定したり変更したりできるんだ」
「つまり、教会にとって都合が良い人を特級に、悪い人を下級とかにできる……」
オスカーの話を聞いていたローリエは、勘づいたようにそう呟いた。
「正解。それに加えて人以外だと魔法もだな。都合が悪い、使ってほしくないものは使用者が少ない特級にすれば良い。なんなら教会には秘匿権もあるし――――」
オスカーはそう口を挟みながら、セイラの腕に包帯を巻き直し始めた。
「……って、そんなの不公平じゃん!!」
ローリエはベッド越しに、唖然として表情でオスカーの目を見た。
実際、俺のいた世界にもこういう不公平な制度はあった。
だが、この世界にも同じ構図があるとは思いもしなかった。
公平妥当、実力主義。
それはこの世界の原則とは言えない。
「俺があんたぐらいの時、この村で疫病が流行していたんだ。……あれは、もう二度と見たくない光景だった」
オスカーは淡々と、治療を続けながらそう語り始める。
「もちろん牧師達は患者の治療に努力したさ。でも彼らの低級の魔法や民間療法だけじゃ役立たず。だからといって高等魔法を使おうにも制度が邪魔して使えない。ここには下級魔法使いしかいなかったんだ。俺はそれが理由で死んだ人達を何人も見た」
オスカーの声はどこか疲れているようだった。
「必要な医療を受けれず苦しむ人はもう見たくない。まっ、つまり俺は昔将来の夢が医師だったってだけの話さ。牧師達の二の舞いを踏みたくないんだ。だから昔覚えた知識は惜しみなく使いたい。セイラもそう思うだろう?」
オスカーはセイラの腕の包帯を巻き終えると、セイラにそう尋ねた。
「私も、うん。実際、今もこうして君に助けられている訳だし、私がこうなったのも貴族……いや、そのせいにはしたくないんだけどね」
セイラは言葉を濁しながらそう答えた。
「そういえばまだ、何があったか詳しく聞いてなかったな。王都の騎士団から逃げてきたのは聞いたが、なんでこんな目に?」
「ああ、それは……」
セイラは、ここへ来るまでの経緯とその原因を、静かに語り始めた。
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