第17話 臥床

 1783.8.27 ジャイルズ宅襲撃の一日後



 どこかの部屋のベッドの上、そこでローリエは目を覚ました。


 ここは……、どうやってここに……?


 そう思ったローリエは、昨日の出来事を思い出し始めていた。


 確か昨日の夜、意識が朦朧とする中で俺は隣町のキンストンの病院に行っていた……はずだ。ここはその病院か?


 追手は大丈夫なのか。ジャイルズは……セイラは無事だろうか?

 そう言えば二人が言っていた『公爵』とは誰なのか。


 ローリエの脳裏には色々なことが浮かび上がっていた。


「とりあえず一旦起きるか……て痛っ……なに…?」

 体を起こそうとしたとき、突然ローリエの全身に激痛が走った。

 あまりの急な痛みで対応できなかったローリエは痛みを感じないよう、歯を噛み締めながらゆっくり上半身を起こす。


 そして、ローリエは自分の両手を見た。包帯が巻かれていた。


 袖を捲くると腕も同じ、よく見ると着ていた服も綺麗になっていた。

 またローリエは今、頭や足にも包帯が巻かれている感触があることに気がづいた。


 まあ確かに、手足と頭は特に出血していた。

 セイラか、病院の人達が巻いてくれたのかな。有り難い、あとでお礼言わないと。

 ただ治療費が高くなければ良いんだが………


 はぁ眠い、だるい。出血のせいだ。そう言えば夜から何も食ってないし。

「てか腹減った、久し振りにハンバーガーでも食いてなぁ……」


 ローリエが自分の体を見ながらそう独り言を漏らしたところで、前の部屋の扉から人の気配がしたのに気づいた。扉が開く。

「あらローリエちゃん、今起きたの?」

 ローリエにそう声をかけたのは、一人の老婆だった。


 老婆の目元には傷がある。


「えなんで、クララお婆ちゃん?」

 ローリエ、いや転生前の彼自身も、老婆とは全くの初対面だった。

 だがしかし、少女の口からは自身が知らないの名が反射的に発せられた。


 名前を読んだ瞬間、老婆、そして自分自身も驚いた。

「クララ? 誰かしら、私はフランクお婆ちゃんですよ」

 フランクはベッドの横の机の上に、水の入ったコップを置くと、優しく微笑んだ。

 ローリエも軽く、会釈する。


「あ……ごめん。人違いかも」

 ローリエは取り繕うように、すぐに謝った。


 元の世界で『クララ』みたいな外国人っぽい名前の人がいたら覚えてるよな。

 まあ外国語の先生とかか? でも俺はそういうの覚えないタイプか。


「あ、あと怪我の治療してくれてありがとう、フランクさんは病院の人?」


「私は病院の人じゃありませんよ。ここはただの家、ローリエちゃんとセイラさんの治療は私の孫が全部やってくれたのよ? 感謝するなら私じゃありません」


「孫……治療ができるなんて凄いなぁ。じゃあ、セイラは無事なんですか?」

「大事には至らないかと、でも今もまだ治療中らしく、別室で看病しています。あなたも、ほとんどはかすり傷程度ですが頭を強く打っていましたので、最低限あと丸一日はここで横になっていてくださいねえ」


「そう……か。ちなみに、ジャイルズって人はいる? 結構ご老人の人だけど」

「私以外にこの家に老人はいませんねぇ」


 分かってはいた、ジャイルズが無事である確率は限りなく引くい。

 しかしジャイルズがいなければ、セイラと俺は生きてないのも確かだった。


「そうか、分かった。安静にしとく。じゃあセイラをどうか宜しくお願いします」

 ローリエはおののきながらも深々と頭を下げた。


「ええ、じゃあ私はセイラさんのおしぼりを変えてきますね」


 フランクが部屋を出ていくと、ローリエはその扉を見つめていた。そしてセイラ、ジャイルズの無事をただ心の中で祈った。




 ---




 一日後


 ローリエはまだ完全には傷が癒えていないものの、体調は既に良くなっていた。

 だが時々の頭痛は残り、身体中に巻かれた包帯で動きづらく擦れると痛い。


 だが、歩く分にはほとんど支障がでていなかった。


 そしてローリエは、手に水入りのコップを持ちドアノブに手をかけた。

 セイラが看病されている部屋だ。


 目線と同じ高さのドアノブを開けた先には、真っ先にベッドがあった。

 そこにはセイラが横たわっている。ローリエはコップを近くの机に置いた。


 赤い滲んだ斑点模様が、節々に目立つベッド。


「セイラ……」

 ローリエの発声は安堵というより、心配の色が濃かった。


「……心配かけてごめんね。ローリエは……もう大丈……ぃ」

 無理に起きあがろうとしたせいで痛みが走り、セイラは声を漏らした。


 ローリエはすぐに駆け寄る。

「怪我は大丈夫だから。セイラこそ、安静にして。 無理に動かなくていい。それにセイラがここまで連れてきてくれたんでしょ? ありがとう」


 魔女―――と言うより魔力持ちの多量の魔力で体が覆われている。

 故に瘴気、現代で言う感染症からの強い免疫があり、小さな外傷も治りやすい。


 だが、それでもあの時の怪我を思い返せば、無理をさせる理由にはならない。

「心配してくれてありがとう。……でもやっぱり、君が無事なのが本当に良かった。それと、ここまで連れてきてくれたのはオスカーさんだよ。私はここの郊外まで行っただけ」


「ああ、オスカーさんってあの……」

「フランクさんの孫、ちなみに今ここがどこかとかもう聞いてる?」

「それはフランクさんから聞いてるよ、キンストンでしょ?」


 ローリエがフランクから聞いた内容は、現在地とここまでの経緯だ。


 ここはメルスラーブから北に12マイル19kmほど進んだキンストンという町の郊外。

 もちろん、追手から逃げるためにここまで来たのもあるが、一番はどこかの療養所で体を休めるため。


 でも19時ぐらいから走り始めたのに、その12マイルを走破したころにはすでに日が昇り始めていた。

 子供にしろ俺を抱えたままでこんな状態。当然だった。


 そこで、フランクの孫であるが、俺を抱えて力尽きていた傷だらけのセイラを家の近くで見つけたのだ。早朝のことらしい。


 今にも息絶えそうなセイラから事情を聞いて、居ても立っても居られずに家に連れて来てしまったようだ。


「意識が曖昧だったけど、昨日の夜分遅くまでオスカーさんに看病してもらってた。少し話したりもしたけど、明るい人だったよ」

 そう言ったセイラは、自分の右手を見つめていた。


「今はオスカーさんいないの?」

 そうローリエに質問した。


「ああ、確か出稼ぎ準備とかで外出中だってフランクさんが言ってたよ」


「へーじゃあやっぱ医者なのかな、訪問診療的な?」


「どうだろうね、私は医者は医者でも医療職の魔法使いだと思うよ。医療系魔法に長けてたし、上級の治癒魔法も使っていた。多分年齢は私と同じで20代だろうし、私より断然優秀な魔法使いだよ」

 コップを受け取り一口飲んだセイラは、そうつぶやく。


「そっか……なら俺もお礼言わないとな、まだ顔も合わせてないし」

 ローリエはコップを受け取って机に置きながらそう言いった。

 

 そういや、あれ聞いてなかったな……。


「あ、そういえばさ。セイラが半年前にすぐ王都に戻らなかった理由って、確か王都の連中の魔女差別、だっけ?」

 セイラは視線を伏せ、髪を後ろに払う。

 そして、悲しげに口を開いた。

「う、うんまあね……それがどうかした?」


「いや、それで戻るようにと連中が強行したんでしょ? なんでジャイルズも狙われたんだろうって」


「ごめん、それは分からない。あいつら王都中央魔士団は国教会と政府に権限が分割されているせいで、主導権を巡って内部対立が激しいの。そのせいで互いに命令は隠したがるし、行動も読めない。一部は騎士総長―――公爵の私兵みたいなものなの」


 じゃあ政府か国教会から、その襲った理由と命令の詳細を探し出すしかないか。

 とはいえ一部は騎士総長……いや、ある公爵の私兵化か――――


 俺的にはこっちのほうが怪しい。


 セイラの方だって、流石にただ戻らなかっただけで十数人で強行連行するか?

 教会や軍部がそれごときでそんなことするはずがない。

 裏がある。そうに違いない。


「じゃあ分からないか……全くいい加減な組織だな。だって騎士総長の公爵も私利私欲に走ってるんでしょ? セイラはどんなやつか知ってる?」


「その騎士総長の公爵っていうのはオールフォーク公爵。直接は話したことはないからどんな人かは分からないけど……」

 肩が微かに、小さく震えている。怪我の症状ではなかった。


 「……ごめん。この話、したくないの。嫌いというより……ちょっと、怖い」


 汗が頬を伝う。

 ──怯えている。


 俺はすぐに悟った。

 この話はするべきでなかったと、深追いするべきでなかったと。


「ごめん、俺が無神経だった。このことはもう聞かない」

 ローリエがそう言ったとき、誰かがこの部屋の後ろのドアを開いた。


 誰が来たのかと思ったローリエは後ろを振り向いた。

「お、なーんだセイラさんのとこにいたのか。探してたんだぜ?」

 荷物を抱えた30代ぐらいの髭面男。

 そこに立っていたのは、フランクの孫、オスカー・ベルだった。

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