第4話 縁側のお兄さん

 誠はさすがに苦笑していた。


「なあ、一郎。一応訊いておく。お前にはどう見えている?」

「……縁側にお兄さんが三人並んで座っている。なんだかニコニコして楽しそうだよ。うわ、目が合った。左側の人は冠みたいな黄色い花輪が頭に乗っていて、真ん中は頭にピンクの花が一輪刺さっている人で……右の人は白と紫の花が山盛りでアフロヘア状態。うーん、なんか色々間違えている感じ?」


 和むか笑うかしたいが、僕にそんな余裕はなかった。誠の服をつかむ手がかすかに震えている。


「俺にもそう見えるな。あれは左からフリージア、ガーベラ、ビオラだな」

「花の名前、だよね? お兄さんたち トリオの大道芸人みたいだな」

「あれの本体は花壇の花だ」

「前の借主さんが世話していた花? そういえば三人とも基本同じ顔に見えるけれど、三つ子? なんで作業着?」

「さあな」


 誠は興味がなさそうに答えた。ずっと見えている誠にとっては、花の精もただその辺に咲いている花と同じなのだろうか。


「いや、でもマコちゃんはここに住んでいないから他人事だけど、僕は毎日ここに暮らす当事者なんだよ」

「どうした、いきなり」

「あ、ごめん。考えごとの続き。声に出た」


 縁側の三兄弟は、僕たちを全く気にかけることなく空を眺めている。人の姿をしているが、雰囲気は花そのものだ。


「僕たちが見えていない、わけじゃないよね? さっき目が合ったし」

「植物は人間に興味なんかないだろ。人間が植物に世話を頼まれたことがあるか? 勝手に成長して庭でも屋根でも壁の隙間でも生えまくっている」

「あ、花の精って家の中にも出るの? いきなり風呂とかにいたらスゲー怖いんだけど」

「花を家に持ち込まなければ出ないんじゃないのか? お前が入居する前に何度か家の掃除に入ったが、中で見たことはない。怖いなら葉も茎もいっさい入れるな」


 僕は何度もうなずいた。


「そうだな……念のために、絶対入って来られないようにしておいてやるか。必要なものを取ってくるから少し待っていろ」

「ここで? 一人で?」

「お前の家だろう。嫌なら敷地から出ていろ」


 誠は鬱陶しそうだ。


「……ここで三兄弟を見張って待っている」

「じゃあ、手を離せ」


 僕が離した誠の服は、相当にシワだらけになっていた。誠はあきれていたが、怒ることもからかうこともしなかった。


「キク」


 誠が呼ぶと、キクがふわりと目の前に現れた。


「俺が戻って来るまで、一郎のそばを離れるな」


 そう言い残して誠は大家宅へ戻って行った。

 三兄弟がこちらを見ている。花の精どうしだからなのか、明らかにキクを意識している感じがした。


「しばらくご一緒させていただきます」


 キクは、正視するのが申し訳ないほど愛らしく笑った。

 いきなり出現されると心臓に悪いけれど、一人にならずに済んでホッとした。僕がもうキクを怖がらないとわかっているから、誠は呼んでくれたのだろう。


「あれ? キクちゃんは僕たちと普通に話すよね? 同じ花の精でも、あのお兄さんたちとは違うの?」


 キクはちらりと三兄弟に目をやった。


「あちらは弱いので」

「キクちゃんは強いの?」

「はい」


 強いって何だ?

 花の精に身分や階級みたいなものがあるのか。僕には全くわからない。でも、見た目で例えるならばお嬢様と庭師ってところだよな。


「キクちゃんはいつからここにいるの? この敷地の外には出ないの?」

「私は、ここに植えられた時からここにいます。私のいるところに私はいます」

「へ?」


 禅問答のようで、僕は頭をひねった。

 キクの本体は庭の菊らしいから、菊のある場所にキクは姿を見せるということか。

 花びら一枚たりとも家に入れないよう気をつけよう。


「キクちゃんは自分を植えた人って覚えているの? って、人間の感覚で訊くのが間違いか。ごめん、何でもない」

「マコトさん」

「え?」

「マコトさんです。私はマコトさんのために存在します」


 誠がこの借家に菊を植えた?

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