おねしょマン 旅に出る

モモチカケル

まーくんとお兄ちゃん

1 まーくんとお兄ちゃん

『ぼくのお兄ちゃんは女子にモテます』

 夏休み間近の夜の事。

 ここは小学三年生のまーくんが、お兄ちゃんと過ごす子供部屋。

 古いおうちのすき間から聞こえる虫の音をおともに、まーくんは作文の宿題に取り組んでいます。


『お兄ちゃんはたかに似ています。五年一組にいます。かけっこが早くて勉強ができて、工作が上手です。まゆ毛を上げるのがお母さんにそっくり』

 く太い字でそこまで書くと、天井を見上げて口をとがらせるまーくん。

 うーんとうなって部屋を見渡すと、くたくたになった宮沢賢治みやざわけんじの童話集に手を伸ばします。


『ぼくはよだかに似ています。三年三組にいます。かけっこと算数が苦手です。食べるの大好き』

 はっと目を見開いたまーくんは、作文の続きをすらすらと書き始めました。

『ぼくはお父さんに似ています。お父さんはマシュマロみたい。ふわふわで』

「宿題終わったか」

 二階のお風呂からもどってきたお兄ちゃんが、まーくんに声をけました。

「もうちょっと」

 まーくんは、書きかけの作文をお兄ちゃんに差し出します。

 お兄ちゃんは生乾なまがわきの髪にタオルをかぶせたまま、まーくんの作文にさっと目を通しました。


「『女子にモテます』は消せ。それによだかを知っている人は少ないから、読む人にはピンとこない。それから、お父さんの見た目をからかうのは止めろ。それから」

「からかってない。お父さんはふわふわでぷにぷに。それに、お兄ちゃんは女子にモテるもん。プレゼントを渡されるでしょ。ぼくが女子から渡されるのはカバンやランドセルなのに」

 作文の書き直しを命じたお兄ちゃんに、ふくれっつらのまーくん。

 お兄ちゃんよりも手のひら二つ分ぐらい背の低いまーくんは、かけっこは遅いし、算数が苦手で、工作も下手。女子や下級生かきゅうせいに言われるがままに、重いランドセルやカバンを代わりに運んでいるのです。


「後はね、お兄ちゃんはたかみたいに頭が良くてカッコいい。だから、お兄ちゃんが鷹で、ぼくはよだかなの」

 まーくんは宮沢賢治みやざわけんじの童話集にっている『よだかの星』がきっかけで、よだかと言う鳥を知りました。

 林に転がったれ木や落ち葉と見分けがつかない姿。横に大きくにいっと笑ったような口。

 生き物図鑑ずかんでよだかを調べたまーくんは、よだかと自分がそっくりだと思ったのです。


「俺は『よだかの星』に出てくる鷹みたいにいじわるじゃない」

 おにいちゃんはまゆ毛を少しだけ寄せて、まーくんに言い返します。

 確かに、まーくんのお兄ちゃんは『よだかの星』に出てくるたかのように、まーくんをいじめることなんて絶対にありません。

 お兄ちゃんお気に入りの本やおもちゃだって、まーくんに使わせてあげます。まーくんのためにおもちゃや貯金箱ちょきんばこも作ります。

 その上、今でもまーくんが寝る前には、毎晩本を読み聞かせてくれるのです。それが、幼稚園の年長組になったまーくんが子供部屋に来る条件でした。


「知ってるよ。ねえお兄ちゃん、今日も『よだかの星』を読んで」

 まーくんは、ぼろぼろになった宮沢賢治みやざわけんじの童話集にふっくらした指を引っかけて、宝物のようにお兄ちゃんに渡します。

「宿題を終わらせるのが先だ」

 お兄ちゃんは少しだけ低くなった声でブツブツと文句を言いながら、宮沢賢治みやざわけんじの童話集を机の上に置きました。


 『よだかの星』は胸の真ん中がぎゅっと痛くなって、目が真っ赤になるほど泣いてしまうお話。

 なのに、まーくんはなぜだか『よだかの星』に心をうばわれてしまったのです。

 まーくんは、『よだかの星』のページで開きぐせがついた宮沢賢治みやざわけんじの童話集をちらりと見ると、作文の続きを書き始めました。

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