遂に来てしまった女の子の事情
あれから数日間、眠気は酷くやけに塩分や糖分が欲しくなり、酸味のあるものが欲しくなり、とにかくわけもなくイライラするしでちょっと憂鬱気味になった。
流石にここまで謎の不調が続くとのえるから心配もされるが、昨日あたりから急に体はしっかりと温めたほうがいいとか、気を確かに保ったほうがいいとか言われ始めたのは、よく分からなかった。
謎の不調が始まってから数日がすぎ、土日を挟んで週明けの月曜日の朝。また一週間が始まるのかと強烈な眠気に誘われてベッドに潜り込んで目が覚めた時のことだった。
「い゛っ……たぁ……」
目覚めは過去最悪と言ってもいいほど最悪だった。
お腹の中、というよりも下腹部辺りから、脂汗が滲み出てくるほどの激痛を感じる。針で刺されているような、あるいは内臓を雑巾絞りされているかのような、とにかく形容しがたいレベルの激痛だ。
両腕でお腹を抱えるように体を丸めるが、痛みがよくなるどころかむしろ悪化しているようにさえ感じる。
「な、に……これぇ……」
あまりの痛みに意識が少し遠のきかける。
どうにかして少しでも楽な体勢になろうと体をもぞもぞと動かすと、太もも辺りを何かが伝っていく感触があった。
下半身に意識を向けると、なんだか下着がやけに湿っている。まさかこの年になって、そんなことをしてしまったのかと不安になるが、女の子になり吸血鬼化が進んでから鋭くなった嗅覚で、血の匂いを感じ取る。
「……………………ぇ?」
数秒間思考が停止してからゆっくりと再起動し、上体を起こしてまさかと恐る恐る毛布を剥がす。
最近詩月が調子乗って買って来たものの、女の子がか着実に進んでいる影響もあってか気に入ってしまったネグリジェ。
それに、少し赤いシミのようなものができていた。
鼓動が速くなっていき冷静にいようとするが、体を少しずらして股間のあたりに目を向けると、真っ赤な血がそこに染みていた。
吸血鬼の特徴として、血は好きだ。正確に言えば、血の色ではなく味の方なのだが。
スプラッタ系は昔から苦手で、空がしょっちゅうからかうためにそれを見ようと提案してくるたびに、全力で拒絶するくらいには嫌いだ。
これは別に、スプラッタではない。どこか怪我しているわけでもない。だが、自分の体から流れ出た血というのは見たくもないものだ。
「………………きゅぅ」
一瞬でキャパが限界を迎えて、意識を失ってベッドにぱたりと倒れてしまった。
♢
十分くらいしてから再び目を覚まし、やはり感じる血の匂いに再び意識が遠のきかけるがどうにか堪え、どうするべきなのか分からなかったので真っ先にのえるに連絡した。
詩月にも念のためにメッセージを送ると、一分もしないうちに部屋まですっ飛んできた。
少し遅れてのえるもやってきて、手慣れた様子でてきぱきとお世話してくれた。女の子初心者で、この手の経験も正真正銘今回が初めてでどうすればいいのかなんて分からないので、正直助かる。
危うくのえると詩月に向かって、ありがとうの後に「お姉ちゃん」を付けてしまいそうになるくらいには。
起きて一発目の感覚が下腹部からの激痛だったので気分は最悪だったが、詩月が毎月服用していると言う薬を一つ飲んでしばらくしたら、ものすごく楽になった。
しかしそれでも辛いことに変わりはなく、今日は学校をお休みにしようかと思ったが、見た目のせいで病弱気味だと勘違いされておりそれが未だに払拭しきれていないので、入学して一か月も経っていないのに欠席するのはよくないと気合で登校することにした。
とはいえ、薬を飲んでもなおしくしくと下腹部が痛み続けており、辛いようなら保健室に行くことになるかもしれない。そうなったら確実に勘違いは加速するが、下手に我慢して倒れるよりはマシだと二人に説得された。
「うぅ……なんかすごく蒸れるしごわごわするして落ち着かない……」
「みんな最初はそうだよ。慣れていくしかないよ」
「しっかし、ここ数日やけに不調が続いていると思ったらこういうことだったとはな。姉さんも毎月詩乃と似た感じになるのになんて気付かなかったんだろう俺」
血みどろになったショーツはもう使い物にならなくなってしまったので廃棄し、代わりにナプキンをセットしたサニタリーショーツを穿いている。
防水仕様のそれは、普段身に着けているものよりももっとぴったりとしていて締め付ける感じがあり、蒸れる感じがして違和感がすさまじい。
股の間にはナプキンという、年頃の女の子から数十年はお世話になる必須級のものがセットされていて、これもまたごわごわしていると言うか、とにかくこっちも違和感がすごい。
のえるの言う通り慣れていくしかないわけだが、慣れるまでにはまだまだかかるだろう。
それよりも、詩月から分けてもらった薬の効果が結構しっかり効いていることの方に感動すら覚える。
あれだけ痛かった下腹部の痛みは、まあまだギリギリ我慢できる程度のところまで落ち着いている。
幸い詩月が常備しているものは薬局で市販されているものなので、放課後にでも買いに行く予定だ。
ついに自分もこっち側に来てしまったのかと、思わずため息が零れてしまう。
「そういえば、のえるは昨日の時点でボクがそろそろ来るんじゃないかって気付いてたでしょ。なんで教えてくれなかったのさ」
ここ数日メンタル的にも不調であることが多く、ゲームにもろくにログインしていなかった。
それでも昨日はステラの様子を見にログインして、元気そうにしていたので安心した。不調であることを一目で見破られた時は流石に驚いたが。
その時のえるも側におり、調子がよくないからログアウトすると言った時に体を冷やさず温かくしておけと言われた。
あの時はどういう意味か分からなかったが、今ならよく分かる。
「いや、詩乃ちゃんのことだからてっきり自覚しているんだとばかり思ってて……。だから眠気に負けて毛布も掛けずに寝ちゃわないようにって意味でああ言ったの」
「そりゃ、こんなになってから一月すぎてから絶対に過去最大級の体調不良になるって覚悟していたけど、その前兆がどんなもんかなんて調べてないから分からないよ。……まあ、これは聞かなかったボクが悪いんだけどさ」
なんせ非常にデリケートな話だ。
今時男子も保健体育でちゃんと授業を受けて学ぶようになってはいるものの、自分には縁遠い話だとろくに聞いていなかった。そのツケが今になってきた感じだ。
「はぁ……。これどれくらい続くの?」
「私は三日から四日程度だけど、長いと一週間とかはかかるみたい。八日以上経っても収まらない場合だと、何か病気が潜んでる可能性があるから気を付けてね」
「吸血鬼って病気になるのかな」
「普通に体温あるけどどの創作でもアンデッドとかリビングデッドとして扱われてるし、そういう細菌とかからは死んでいる認識されて何もないんじゃないか?」
「流石にないと思うよ? 詩乃ちゃんいつもいい匂いするし」
「前から疑問なんだけど、そんなにボクの匂い嗅ぐの好きなの?」
「だっていい匂いなんだもーん」
「理由になってないんだけど……」
日傘を差していて通学中で、絶賛生理中で不調であるためか抱き着くなんてことはしてこなかったが、にこーっといい笑顔を浮かべるのえる。
いい匂いだから抱き着いて匂いを嗅ぐ。その気持ちは分からないこともない。なんせ、抱き着かれるたびに詩乃ものえるのほのかに甘い香りを楽しんでいるからだ。
「そういや、昨日いつの間にかアーネストがフリーデンにいたんだが。誰か連れて来たのか?」
「ステラさんに聞いたら、自分から森を突っ切って来たって。よく自力で見つけたよね」
「歩いて一時間程度で着く場所なのに、何でか中々見つけられない場所にあるからなおさら驚きだよね。使い魔でも使ったのかな?」
「前にゼルがその手法でフリーデン見つけ出してたんだっけ。その線もあり得るかもね」
ステラとちょっと会話をしている時に、少将にまで精進したくせにフリーデンに足しげく通っているガウェインといつの間にかいたアーネストが木剣で模擬戦をしていたのを目撃した時は驚いた。
まずなんでこいつがここに居るんだという疑問が来たが、こいつのことだし美琴みたいに周りからの突き上げに屈することなく、自力で見つけ出す方針を貫き通した結果、本当に自力で辿り着いたのだろう。
そして次に驚いたのは、戦技込みでの剣士系プレイヤー最強に与えられる剣聖の称号持ちのアーネストと、模擬戦とはいえ真っ向からやり合っているガウェインが実はめちゃくちゃ強かったことだ。
一部のNPCを除けば、基本はプレイヤーよりやや劣るようになっているNPCたち。
マーリンのような魔導王とまで呼ばれるレベルにまで魔術を極めたNPC。クロムのようなユニーク装備すら作り上げることができる最上級の鍛冶の腕を持つNPC。他にも、全体で見れば結構な数のプレイヤーより優れたNPCがいるが、まさかガウェインがトップ層に通じるレベルの実力者なのは予想外だった。
「あとはフレイヤさんだけだね。あっちは先にボクたちに提供する魔導兵装を作り上げてからフリーデンに来たいって言ってたから、もう少しかかるんじゃないかな」
「ぶっちゃけクロムさんの武器だけで十分なレベルなんだが」
「ユニークには届かないけど、瞬間火力はユニーク越えでしょあれ。殴った衝撃が自分に帰ってこずに増幅されて全部敵にいくメイスとか作ってきたら……のえるが化け物になっちゃう」
「酷ーい! 詩乃ちゃんそんな言い方しなくたっていいじゃないのー!」
「魔王なんてあだ名で呼ばれるボク以上のフィジカルで相手を捻じ伏せる脳筋が何を言うか、この脳筋女騎士」
STRにとにかく振りまくっているので、制御できるできないを度外視すれば火力は詩乃以上だ。
詩乃が強すぎるせいで脳筋に成り果てるまではAGI極のスピード特化だったこともあり、全力を出しすぎなければ制御も可能で、すさまじい速度でフルHPでもワンパンできる脳筋スマッシュで襲いかかってくる。
もし今の高すぎるSTRのせいで制御できない足の速さを制御できるようになったらと思うと、あまりにも恐ろしすぎる。
当分そんな日が来ることはないだろうし、それまでに詩乃もSTRをじわじわ伸ばしてのえるに追い付かれないようにしなければなと、ちょっとだけ息を漏らした。
その日一日は体調は回復することはなく、しかし保健室に行くほどでもなかったので頑張って授業を受けた。
帰宅後はラフな部屋着に着替え、体調が悪いので夕飯は適当にどうにかしてくれと詩月に言って部屋に引きこもって眠っていたら、その間に詩音が帰宅したようでその日の夕飯はお赤飯だった。
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