宣戦布告

 午前中はのえると空にいじり倒されて終わり、昼食をとるために帰宅した後も詩月に色々と詮索されて、その都度色んなことを思い出して顔を真っ赤にした。

 そんな時間を過ごした後、詩月はバッグを持って家を飛び出した。なんでも中学のクラスメイトと一緒に遊ぶのだそうだ。

 詩月は今年度から受験生。今のうちに全力で遊んでおかないと後悔するから、ゲームにのめり込んで青春を自分の体で味わわないと言うことはしないのだそうだ。

 我が妹ながらアグレッシブだなと微笑みながら外まで出て見送り、春の日差しだと言うのにまるで真夏のような暑さを感じて、本当の真夏になったら溶けるんじゃないかという不安を抱えながら家の中に戻った。


 一人きりになり邪魔する人はもういないので、心置きなくゲームができる。

 とはいえ、明日に向けての調整とかそういうのしかなかったし特にやることもないので、いつも通りフリーデンで町人のお手伝いをしたり、クインディアまで行ってガウェインたちと一緒に訓練でもしようかと考えていた。


 そう思いながらログインしたらギルドハウスにゼーレがいて、ソファの上でお腹を抱えて笑い転げていた。


「ふひひひひひ……! だ、ダメ……! ガチでお腹痛い……! ゲームなのにお腹痛い……!」

「……何してんですか」

「や、やあヨミちゃん。き、昨日の映像を見返していたんだけど、これがまた……んふひへへへ!」

「レディの笑い方じゃないですよそれ」


 げらげらとお腹を抱えて足をバタバタさせながら笑い転げるゼーレ。

 何がそんなにおかしいのだろうかと目を向けると、笑い転げながらウィンドウを共有してくれた。

 何を見てこんな風になったのかと視線を落とすと、そこには『血濡れの殺人姫』の効果が切れて弱体化を受けているヨミが、初期装備の鉄のナイフで装備を固めているゼルを一方的にボコ殴りにしている映像が流れていた。


 こうして映像として見ると、自分の動きを客観的に見ることができて反省点を見つけることができる。

 もう少し深く踏み込んでもよかったな、ここはここまで大きく回避しなくてもよかったな、などと反省点が散見される。この瞬間は全プレイヤー中最弱のステータスをしているので、過剰に回避してしまったのは仕方のないことかもしれないが。


「ステータス1のクソ雑魚状態のボクに、サービス開始初期からやり込んでるのに何で負けてんだろこの人」

「んぶふぉ!! や、ヤメテ……! 今ツボがバカになってるからぁ……!」

「……要は、ステータスを見れば装備スキルも合わせて圧倒的に格上なのに、純粋なプレイヤースキルのみでここまで一方的にやられているのがおかしくて仕方ないと」

「やめてぇ! こ、これ以上は笑い過ぎで死んじゃうから! ゲームだから死なないけど死んじゃう!?」


 薄情なものだなと、呆れたように息を吐く。

 犬猿の仲とは言え自分の年子の兄が、ヨミのような小柄な女の子にここまで一方的にボコられているのを見て、普通だったら色んな意味で心配するところだろうが、彼女は大笑いしている。


 ゼーレからは今までのゼルの悪逆非道の数々を聞いている。

 特に女性関係は耳を塞ぎたくなるレベルで酷く、それを誰よりも身近で見てきたからこそ見下している少女に手も足も出ないこの光景が、あまりにも滑稽で笑えて仕方ないのだろう。

 しかも最近、シエルがスナイパーとして行動することがまあまああったので、戦力の補強のために自分よりも力が弱い女性のスナイパーのプレイヤーを無理やり引き入れようとしたことがあったそうだが、普通にリボルバーで頭を弾き飛ばされて撃退されているらしい。

 それが大人の女性プレイヤーだったらいいのだが、ヨミとシエルのユニークをどうにかして部下に奪わせようと画策していたころで、意識してなのか見るからに中学生かそこらのヨミと体形の似ている少女を恫喝して、返り討ちに遭っていたそう。

 その話を聞いてヨミが思ったのはただ一言。


「だっさ」

「んびゅふぅ」


 ゼーレが笑いすぎて沈んだ。

 見た目は中学生でも全然通るレベルで小柄のヨミにボコられることに笑ってしまうのはともかく、チート絶対許さないゆえにキモいくらい本気で対策しているのに、最後の最後でチートを使って自滅するのは後になってじわじわ効いてくる。

 くくくっ、と押し殺した小さな笑い声を漏らし、しかしどうせなら最後まで完膚なきまでにぼっこぼこに殴り倒しまくって、彼の心をへし折ってやりたかった。

 ともあれ、これで周囲の人間を巻き込んで死ぬほど迷惑をかけていた害悪プレイヤーが一人、この素晴らしき幻想世界からいなくなったのは喜ばしいことだ。


 ゼーレが使い物にならないレベルで大笑いしだしてしまったので、特に何か彼女と話すこともないのでギルドハウスから出て、フリーデンを回って手伝えることがないか探し回ることにした。



 特に何か手伝ってほしいことがあるわけでもなかったので、ガウェインたちと訓練でもしようとクインディアまでやって来た。

 先日までの予選は、バトレイドの観戦エリアで公式が生配信を行っており、それを見てからかヨミのチャンネルがさらに登録者が増えた。

 公式が生放送をしていたことも影響してか、クインディアに着くといつも以上に注目されているのをひしひしと感じる。


「ヨミちゃんだ」

「ちっちゃい……可愛い……」

「あんな子にお姉ちゃんって呼ばれたいなあ」

「あんな清楚な女の子なのに、メスガキで戦闘狂で実なお姉ちゃんでS疑惑あるってマジ?」

「ヨミちゃんがお姉ちゃん……これはありだな」

「見下されながら頭を踏みつけられたい」


 ひそひそと話しているのも聞こえる。理解しがたいものが聞こえたような気がしたが、気のせいだろう。そうだと思いたい。


「おや、このようなところで奇遇ですね、ヨミ様」

「ん? あ、あれ? リタさん?」


 真っすぐガウェインたちのところに向かっていると、予選初日で戦った時と何ら変わりないメイド姿のリタが、声をかけて来た。

 彼女の後ろには、リタよりも若干背の低い軍服のような衣装を身にまとった、長い金髪を緩くウェーブさせている少女がいる。

 こうして直接見るのは初めてだが、よく知っている顔だ。三大ギルドとまで呼ばれている生産系なのにほぼ全員武闘派のギルド、剣の乙女のギルドマスターのフレイヤだ。


「この子がリタの話していた子ですか」

「えぇ。とても小さくて可愛らしいので、可愛いものが大好きなフレイヤ様にも紹介しておこうかと」

「どっちかというと美琴さんのほうがいいのでは? 確かに私も、ヨミさんのようなタイプの女の子は好きですけども」


 なんでここにギルドマスターまでいるのだろうか、まさか予選で戦えなかったのでここでPvPでも申請して勝負を挑んでくるのか? ならば真っ向から返り討ちにしてやると構えていると、ふっと柔和な笑みを浮かべたのですぐに違うなと判断して構えを解く。


「初めまして、ヨミさん。剣の乙女マスター、フレイヤです。あなたのことはリタから聞いていますよ」


 声も表情も柔和なのに、目付きだけは強者を見る目をしていた。


「……銀月の王座マスター、ヨミです。あなたのことはよく知っています」

「おや、それは嬉しいですね」

「えぇ。必ず越えなければいけない人の一人ですから」


 フレイヤ自身はアーネストや美琴ほどのプレイヤースキルはない。それは本人も話しているし、アーカイブを見返した限り実際に二人との差はある。

 それでも脅威度は変わらない。なぜなら、フレイヤの持つ魔導兵装という竜王や竜神との戦闘を想定しているため、火力がとんでもないことになっている兵器をいくつも担いでいるからだ。

 普段使いの黒いランスも、数的不利を覆す時に使う赤い大剣も、巨大な敵に立ち向かう時に身にまとう鎧も、竜王のブレスを真っ向から単体で防ぎきることのできるシールドも。何もかもが常識外れな強さをしている。


 あの火力の高さや防御力の高さの種は分かっている。

 攻撃系の兵装は互いに威力を高め合うように、相性のいい属性同士で組み合わせて限界まで威力を底上げしており、防御系はジンがアンボルト戦でやったように複数の防御系の魔術やスキルを一つの能力として盾そのものに術として付与し、リキャストタイムを短くすることで回転率を上げている。

 このゲーム、複数の魔術を組み合わせた複合魔術というのが存在し、それは一つの魔術という括りになるので、リキャストが発生する類の魔術でも一つの魔術であるためそのリキャストが終了すればすぐに使える。

 ただし相応に時間は長いので、考えてやらないと間に合わなくなってしまう。


 しかしフレイヤはそれを、複数同じものを大量に用意することで克服すると言う脳筋戦法でリキャスト問題を解決しており、強力な防御も広域殲滅が可能な大魔術も連発してくる。

 そこに身体能力を爆上げする鎧型兵装と自身の強化魔術などを駆使して足りないプレイヤースキル部分を補い、素の戦闘能力で劣っていながらも最強二人と肩を並べるほどの実力者になっている。


「……うふふ、いいですね。実にいい目です。俄然、やる気が出てきて楽しみになってきました」

「今回の対抗戦、ボクのギルドが優勝を貰います」

「いいえ、そうはいきません。第二回の優勝は私たち、剣の乙女が勝ち取ります」


 バチバチと、ヨミとフレイヤの間に火花が散ったように幻視した。

 グローリア・ブレイズのマスターを一番警戒すべきだが、フレイヤも放ってはおけない。リタとの決着も安置の縮小に巻き込まれただけできちんとつけていないし、やることが山積みだ。

 だからこそ、燃えてくる。


 ニィッと笑みを浮かべる。どれだけ優勝を勝ち取るのが難しかろうが関係ない。地面を這ってでも最後まで食らいついて、何が何でも優勝を勝ち取ってやる。

 そも思いを胸にフレイヤたちとはその場で別れ、明日に向けて少しでも自分を強くするために目的地に向かった。

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