雷鳴に奉げる憎悪の花束 1

 ジンがギルドに入団してから一週間。今日は遂に、黄竜王アンボルトに挑む日だ。

 元の予定は昨日だったのだが、ちょっと前にのえるが体調を崩してしまいインできなくなってしまったので、ガウェインに頼み込んで少しずらしてもらった。

 そういう予定の変更に他の騎士たちは露骨に嫌そうな反応を示したが、事情を軽く説明したところガウェインが理解してくれたので、のえるが復活するまで伸ばしてもらえた。


 幸運なことに、作戦実行は現実でもゲーム内でも夜の時間。明るいほうがいいのではと聞いてみたら、ヨミが一番強さを発揮できる夜の方がこちらに有利になるのと、暗闇による不利はどうとでもなるとのこと。

 シエルやジンによると、召喚魔術で光の精霊を呼び出しさえすれば明るさを確保できるらしい。しかもそれは太陽由来の明るさではないので、ヨミが光を受けて弱体化することはない。

 ちなみにヘカテーは、今日は両親に頼んで遅くまで遊んでいいと許可をもらって喜んでいた。めちゃくちゃ強いから忘れていたが、あの子はまだ小学生なのだ。


 ということで、長丁場になりそうだったので両親が普段仕事で家にいないのをいいことに、早めに夕食とお風呂を済ませて二時間程度の仮眠をとっていたヨミ。

 こんな時間に寝て、徹夜でゲームをするということにすさまじい背徳感を感じてそれがやや癖になってしまいそうだが、徹夜は肌によくないとのえるからも口酸っぱく言われているので、今後も早々することはないだろう。


「ふぁ……あふ……」


 スマホのアラームが鳴り、心地よいまどろみの中にいた詩乃が目を覚ます。

 どうせすぐにまた目を閉じるからと面倒くさかったが、こっちでちゃんと意識をしっかりさせておかないと、ゲーム内にもそれが反映されてしまうので眠気覚ましのために洗面所へ行く。

 蛇口をひねって冷たい水で顔を洗い、残っている眠気を覚ます。


「ふぅ……、ん?」


 眠気がさっぱりと飛び、ハンドタオルで顔を拭いてから鏡を見ると、ふと何か違和感を感じた。

 まさかより女の子化が進んで胸が成長したのかと思ったが、全然そんなことはなかった。別に期待しているわけではなかったが、相変わらずのえると比較するとささやかな丘でしかないそれにがくっと肩を落とす。

 ではこの小さな違和感はなんだと、もうそろそろ慣れてもいいだろうに未だに慣れない美少女自分の顔をまじまじと見て、気付いた。


「あれ、ボクこんな八重歯あったっけ?」


 違和感の正体。それは、右の唇からだけではあるが、ほんの少しだけ歯が見えていた。

 いわゆる八重歯的な感じになっているのかと唇を指で上に引っ張ってみると、驚いたことに八重歯とかではなくシンプルに右の犬歯だけ少し長くなっていた。

 それが僅かに唇から顔を出していて八重歯っぽく見えていたようだ。


 はて、と首をかしげる。

 毎日お風呂場や洗面所の鏡で顔を見ていて、今までこんな風になっていただろうか。

 毎日見続けていると逆に変化に気付かないと言うが、流石にこれには気付くだろう。


「まいっか」


 仮に急に謎に犬歯だけが大きくなったからって問題あるわけじゃないし、唇をそれで切ったというわけでもないので気にしないことにする。

 すっきりとして、うーんと悩んでから一階に降りて念のためにと買って来たエナジードリンクを一本飲む。


 つい最近知ったことだが、この体になってから炭酸をあまり受け付けなくなっている。

 飲めないこともないのだが、炭酸のあのシュワシュワするのが喉に刺さるような感じがしてダメになっている。

 あのシュワシュワが好きだったのにと知った時は本気で凹んだが、微炭酸なら平気だった。今飲んだエナドリも微炭酸なので、缶一本飲み干せた。


「のえるに知られたらこってりと絞られるだろうな」


 空になった缶に視線を落とし、苦笑しながら空き缶入れに放り込んで二階に上がる。

 時間まではまだ三十分あるが、ゲーム内とはいえアップをしておきたかった。なにせ、とにかく強敵に挑みまくって何度も死にかけたり消し飛ばされて死んだりして、ステータスを強引に上げまくったおかげでできる幅が広がったのだ。


 それと、もちろん配信をする。グランド関連は可能な限り秘匿するのがプレイヤー間での常識だが、今のヨミたちはそんなのは関係ない。この一回で、協力してくれるNPCを一人も死なせずに黄竜王を仕留めるつもりだ。

 どんな行動パターンが知られようと、どんな攻撃をしてくることが知られようと、次をなくしてしまえばそれはある意味で秘匿だ。頭の悪い脳筋理論だ。


 ぐーっとベッドの前で伸びをしてからヘッドギアを取って被り、首に着けたナーヴコネクトデバイスと接続してFDOの世界へとダイブする。

 現実の肉体から意識が離れ、暗転。直後に急浮上する。

 さわさわという風が草花を揺らす音。指先までしっかりとある感覚。微かに香る土と草の匂い。


 ゲームの中に入ったと五感全てが証明し、瞼を開ける。そこにあるのは宿の天井ではなく、非常に簡素なテントのものだった。

 ヨミたち銀月の王座メンバー全員は、黄竜王討伐部隊と共に黄竜王アンボルトが住まうとされている『琥珀の谷』と呼ばれる場所の付近で野営している。

 なぜ「黄」竜王なのに琥珀なのだろうと思ったが、調べたら琥珀も黄色だった。思い返せば、ボルトリントも日本語だと黄竜だが英語だとAMBER DRAGON と書かれていたなと思い出す。

 となると、アンボルトの名前の由来はAMBERとBOLTをもじったものなのだと腑に落ちた。


 判明している限り、竜王とその眷属は色とその能力が名前の由来になっている。

 なのでアンボルトはどういう由来なのだろうかと名前を知った時からぼんやりと思っていたのだが、まさかアンバーを黄色の意味で使うとは思いもしなかった。

 確かに黄色をそのまま英語にしたらイエローなので、YELLOW DRAGONというのはなんかちょっと変な感じがする。


「あぁ、来たかヨミ殿。おはよう」

「おはようございます……っていうにはあまりにも遅い時間ですね」

「確かにそうだな。いつもは朝に言う言葉だから、少し変な感じだ」


 テントから出るとすぐにガウェインがすぐにこちらに気付いて、兜を外して見せている美形フェイスに柔和な笑みを浮かべる。

 大きな傷があると言うのに、美しさを損なうどころかむしろ増しているその顔でそんな笑みを向けられたら、普通の女性ならコロッと落ちてしまうだろう。

 あいにくヨミは肉体は美少女でも中身が男なので、なんとも思わない。むしろその美形が羨ましい程だ。


 そう言えば、訓練のためにクインディアの訓練施設で討伐部隊の面々と訓練することになり、流れで部隊の隊長となるガウェインとギルドマスターのヨミが模擬戦をすることになったのだが、その時に数少ない女性騎士がものすごい嫉妬の目を向けてきたいたことを思い出す。

 密かにガウェインに恋慕しているのだろうなと一目で分かったが、あの邪魔者を見るような目は中々精神的に堪えた。模擬戦に勝っても負けても何か言われるんじゃないかとひやひやしたものだ。

 その女性騎士もこの戦いに参加しており、絶賛よく研がれたナイフのように鋭い視線を向けている。


「つい先ほど、シエル殿とノエル殿が来た。シエル殿は大きな戦いに慣れている様子だったが、ノエル殿はあの強さでこのような戦いに慣れていないようだ」


 どうやらあの姉弟は先にインしていたらしい。姿が見えないので、どこかで準備運動がてらエネミーでも狩っているのだろう。


「そうですね。シエルは……うーんと、人との戦いには特に慣れていますね。その戦いは毎回大きなものなので、状況はそれとは違いますけど慣れは確かにあります」

「ほう、戦争経験があると」

「まあ、そんな感じですかね。でもノエルはそういうのにはあまり参加したことがなくて。大型のエネミ……魔物との戦いは何度もやっていますけど、流石に王との戦いはこれが初めてですね」

「そうか。それを言うなら我々とて竜王に挑むのは初めてだ。何しろ、挑んだら死ぬのが当たり前な存在だからな」

「他の冒険者もそうみたいですねー」

「しかし貴女は違う。知り得る限り、唯一の生還者だ。例え冒険者が女神様の加護を受けて不死とはいえど、今まで王相手に挑んで死なずに戻って来たという話は聞いたことがない。相手は本気ではなかったと貴女は言うが、我々からすれば非常に期待できるあまりにも大きな功績だ。情けないと思われるだろうが、頼らせてもらう」


 そう言って眉尻を少し下げながら困ったような笑みを浮かべる。一々女性特効が過ぎる表情をするイケメンだ。

 そして彼の口からも聞かされた、『女神様の加護』というワード。以前アルベルトの口からも聞いたことがある。

 どういう意味なのだろうかとガウェインに問うたところ、ものすごく驚かれた表情をしながらも教えてくれた。


 端的に言えば、『女神様の加護』というのはこの世界にいる一部の冒険者だけが持つ不死と帰還の軌跡。要するに、プレイヤーのことを示すものだった。

 一部というのは、NPCも冒険者という職に就くことができるようになっていて、このゲーム全体を見れば当然プレイヤーよりもNPCの方が多い。ゆえに、一部の冒険者だ。

 それにしても変な話だ。ヨミは魔族で、しかも真祖吸血鬼。女神とやらからは対極にいそうな種族なのに、ヨミであっても女神様の加護という名称のままだ。

 きっとこの世界の女神様は種族の差別などなく、平等な同じ命として見てくれているのだろう。おかげでややこしくならず非常にありがたい。


「お、ヨミちゃんもう来てたんだ」

「ジンさん。……おはこんばんわ?」

「……ぷはっ。うん、そうだね。まあとりあえずこんばんわ。ガウェインさんも」

「あぁ、こんばんわ。ジン殿、此度の戦いに参加していただき感謝する」

「いえいえ、お礼を言われるほどじゃないですよ。むしろこっちが言いたいくらいです」

「我々にはこれくらいしかできなかったからな」


 ジンは現在、魔導王国軍支給の防具を身に着けている。

 シンプルな物理性能で言えば普段使いの白銀の騎士鎧のほうがいいのだが、相手は属性竜。軍はそれを想定して属性防御特化の装備を大量製造しており、いくつか余っていたため貸し出しという形でジンに与えられている。

 他にも、ボルトリントの鱗が大量に入手できたので、それを使ってクロムに『雷竜の鱗盾』というタワーシールドを作成してもらっている。

 素材が素材なので、雷カット率驚異の100%というぶっ壊れ性能に加え、ドラゴン系エネミーからの物理攻撃は80%カットと竜特化の性能をしている。


 ヨミ、シエル、ノエルもボルトリント素材を持っているのでこの日のためにクロムにお願いして飛び切りの防具を作ってもらった。

 お願いしすぎて「ワシを忙殺させる気か」と言われたが、その目はこれまで見たことがないほど生気に満ち溢れて顔はやる気に満ち満ちていて非常に楽しそうにしていた。

 ついでにロットヴルムの素材を使ってあることをお願いしており、こちらもしっかりと出来上がっている。あとは実戦で披露するのみだ。


 大決戦前のアップと称して近くのエネミーを狩ってくるとガウェインに断ってから野営地を離れ、ほどほどに強いエネミーを相手に立ち回ってアップを終えた。

 戻るとヘカテーもやってきており、数秒遅れて既に来ていたという東雲姉弟が姿を見せた。


 主戦力の銀月の王座ムーンライトスローンが全員揃い、もうそろそろなので士気を挙げるための演説を行うことになった。

 もしやここはヨミがする羽目になるのでは!? と警戒してノエルの後ろに隠れて引っ付いたがそんなことはなく、ガウェインが一人ですることになった。


「これより、初代国王にして最高の魔術師マーリン様でも成し得ることのなかった、黄竜王討伐作戦を行う。きっと一筋縄ではいかないだろう。ここで命を落としてしまうことになるだろう。もし生きて帰れても、もう二度と武器を持ち立ち上がることができなくなってしまうかもしれないだろう。我々のこの戦いは、万人から見れば紛うことなき蛮勇だ。勝てるはずのない化け物に挑み、そして破れて一人として帰還せず、大勢からはそれ見たことかと嘲笑われるだろう。むやみに王に挑み破れた愚か者として記録に残り、やがて歴史の闇に消えてしまうだろう」


 開幕早々士気が下がりそうなことを言うガウェイン。大丈夫なのかとハラハラして周りにいる騎士たちを見ると、不思議と落ち込んでいる様子は見られない。


「しかし、私はそうはならないと思っている。知っているだろうが、この作戦には銀月の王座というギルドが参加してくれている。人数は僅か五人とごく少数だが、マスターは竜王と戦い生き残り、その仲間は黄竜ボルトリントを屠っている。そのギルドのマスター、ヨミ殿は言った。蛮勇と嘲笑われることになるであろう我らの行動を、誰一人として蛮勇などと言わせないと! この日のために彼女らは我らに協力し、我らを鍛えてくれた! この日のために力を貸してくれた! 私とて蛮勇などと言われたくはない! 諸君らにもそのような言葉を向けられたくはない! ならば! 今ここで蛮勇な愚か者を、竜王に挑みそして倒し生還した勇敢な英雄にしてしまおうではないか! 900年間続くあの鱗にまみれた獣共の支配に、我らが最初の一石を投じよう!」

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!』


 力強い演説を終えてガウェインが拳を突き上げると、NPCたちが雄叫びを上げ同じように拳を突き上げる。

 今回のこの戦いに参加するNPCの数は、なんと200人。もしこれが普通のレイドボスだったら少し多いくらいだが、竜王相手に挑むには少なく感じる。

 何しろ三原色の方の話になってしまうが、総勢700人を超える超巨大な最強ギルドの『グローリア・ブレイズ』が戦闘職の500人を引き連れて挑んでも、なお負けるほどの強さだ。


 今回の戦いで一人も犠牲者を出すつもりはない。しかし、相手は竜王。常に最悪は想定していたほうがいいだろう。

 騎士たちの雄叫びがお腹にびりびりと響くのを感じながら、ヨミは真剣な眼差しでガウェインを見る。

 ガウェインもヨミの方を見る。そしていつもと変わらない優しい笑みを浮かべ、こくりと頷く。


 不安はたくさんあるが、ともあれこれで開戦だ。

 演説を終えたヨミたちは、そのまま真っすぐと王が待つ決戦の地へと進撃を始めた。

 暗くても見える、不気味に雲がずっとかかっている王の待つ琥珀の谷に。

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