Fantasia Destiny Online 〜血の魔王と呼ばれるようになる吸血鬼〜

夜桜カスミ

第一章 雷鳴に奉げる憎悪の花束

全てがぶっ壊れた日

 突然だが、朝起きた時にいきなり小柄な女の子になっていたらどんな反応をするだろうか。

 夜見川詩乃よみかわうたのは連日テレビで報道されている、ある日いきなり性別が逆転してしまう謎の現象、突発性性転換現象───通称『TS現象』が報道されるたびに、そんなことを思っていた。

 所詮は対岸の火事。赤の他人の出来事。そう思ってただただいきなり女の子になってしまうのは大変だなとぼんやりと思っていた。


 でもまさか、自分がその現象の被害者になるとは全く思っていなかったため、眠い目を擦りながら洗面所に行ったら、百五十センチないくらいの小柄な銀髪紅眼の超絶美少女が鏡に映った時は、真っ先に夢だと疑った。

 しかしベッドから転げ落ちて起きた時の痛みが現実だと訴えてきており、だんだんと頭が起動し始めた辺りで、幼さ残る少女の声でどでかい悲鳴を上げた。


 一緒に住んでいる家族が、妹以外に娘はいないはずなのに朝起きたらいきなり女の子の悲鳴が聞こえたとバットやさすまたを持って突撃してきて、隣の家に住んでいる幼馴染の両親が事件性のある悲鳴を聞いたために警察を呼んでしまい、警察がやってきてとてつもない大騒ぎになってしまった。

 激しく混乱しつつも自分がこの家に住む夜見川家の長男である詩乃であることを証明し、そのまま病院に行ってしっかりと生物学的に女の子になっていることが証明され、世間を騒がせているTS現象の被害に遭ってしまったことが判明した。


 そこからTS現象の被害者として国や市役所などに届けを出して戸籍を男から女に変えられ、ありとあらゆるものがめちゃくちゃになった。

 幸いなことに、苦労して勝ち抜いて合格した第一志望の高校は事情を理解してくれて入学取り消し、などという理不尽なことはしなかった。代わりに、体も戸籍もしっかりと女の子になってしまったので、女子の制服を着なくてはいけなくなってしまったが。

 苦労したこと全てが水の泡となることはなく安心はしたのだが、ずっと対岸の火事、自分とは関係のない他人事だと思っていたことが自分に降りかかり、数日はショックのあまり一人でベッドの上でボロ泣きして枕を濡らした。


 いきなり女の子になったことで家族からも見捨てられると思ったがそんなことはなく、むしろ可愛い娘が増えたと大喜びしていたのは精神的にも大きな支えになった。

 妹は自分よりも小さくなった自分の元兄のことを、まるで自分の妹のように可愛がってきたのは勘弁願いたかったが。


 激動の一週間を過ごした後、ようやくある程度は現実を受け入れられるようになってきて精神的にも安定してきた。

 そんなころに、隣に住んでいる幼馴染の女の子の東雲しののめのえるが、思わず耳を疑ってしまうようなことを提案してきた。


「ゲーム配信者?」

「そそ。昔からこういうのってたくさんいるし、上手く行けばそれだけで食べていけるって言うし。詩乃ちゃんすごく可愛いからあっという間に人気が出ると思うの」


 自室に招いてコーヒーを飲んでいたのえるがそう言って差し出したのは、未開封のゲームパッケージ。そこに書かれているのは『Fantasia Destiny Online』というタイトルだった。

 去年の四月に正式リリースされたこのゲームは完全フルダイブ型VRMMORPGだ。キャッチコピーは『現実と何一つ変わらない偉大なる幻想世界へ』。

 そのキャッチコピーの通り、Fantasia Destiny Online通称FDOは現実と何一つ変わらない圧倒的グラフィックに、無限の拡張性を誇る最高の神ゲーという評価を受けている。


 一年経った現在全世界販売本数は脅威の七千万本を突破しており、アクティブユーザーも平均で二、三千万人いるという。

 世界で最も売れたVRゲームと世界で最もアクティブユーザーの多いゲームとしてギネスに登録されており、アンチが悪いところを叩こうとしても何も見つからず、せいぜい『リアルすぎて逆にやりづらい』というむしろ誉め言葉な批判しかできなかったくらいだ。


「本当は私もやろうと思って買ったんだけど、買ったのが受験勉強が一番忙しい時期で、しかも間違って二本も買っちゃってさ。だから廃人ゲーマーでもあった詩乃ちゃんに一個あげちゃおうって思って」

「廃人ゲーマーは確かだけどわざわざ口にしなくてよろしい。でも、本当にいいの?」

「もちろん! ゲームをやっている時の詩乃ちゃん、昔からすごく生き生きとしていたから、だからこそ今はこれで遊んでほしいの」


 詩乃は生粋の廃人ゲーマーだ。いや、だった。

 中学三年生になった頃にはゲームをやる頻度が大きく下がり、半年前からは受験に集中するためにすっぱりと一時的とはいえ引退した。

 幼少のころから親しんで来たゲームと一時的とはいえおさらばするのは寂しかったが、高校にも進学が決まってあとはひたすらゲームにのめり込もうと思っていた矢先、いきなり女の子になったものだから大好きなゲームそのものが頭の中から抜けていた。


 なので、多少現実逃避染みているのは否めないが、また好きなゲームを思い切りやれるのだと思い出させてくれたのえるにはとても感謝している。

 感謝しているのだが、どうしてただ遊ぶだけではなく配信者もやってみたらどうだろうかと言ってきたのかがいまいち分からない。


「今更このゲームで人気取れるかな……」

「取れるわよ! 詩乃ちゃんすっごく可愛いし、あっという間に人気ナンバーワンになるんじゃない?」

「この世界ってそんな簡単じゃないけどねぇ……」


 ゲーム配信者業界で人気を叩き出す一番の方法は、圧倒的に目を引くビジュアルと引き込ませるプレイヤースキルだ。

 ガチ廃人ゲーマーをやっている時は、どのゲームでも常に上位のランキングに名前を連ねていたし、格ゲーではその強さを中学生ながらもプロゲーミングチームにスカウトすら受けたことがあるので、スキル方面では問題ないかもしれない。

 だが容姿の方は、そう簡単にはいかないだろう。今時VRゲームで圧倒的ビジュアルなんていくらでもいるし、そもそも配信者自体がレッドオーシャン。

 正式リリースから一年経っているFDOで配信者を始めても、そう簡単に人が集まることはないだろう。


「大丈夫よ! 詩乃ちゃんの可愛さを信じなさい!」


 のえるはそう言って、FDOのパッケージを押し付けるように渡してきた。

 他人が買ったものを無償で譲り受けるのは流石に気が引けたが、今はとてもじゃないが外に出られるような状態ではない。

 通販で買ってもいいが、人気過ぎて生産そのものが追い付いていないというびっくりな状況なので、始めるなら今がまさに大チャンスなのだ。


「……分かった。そこまで言うなら、このゲームを受け取るよ。このお礼は、この一週間色々助けてくれたことも含めていつかどこかでするよ」

「そんなのいいわよ。詩乃ちゃんはいつも色々、特に勉強を手伝ってくれたし、そのお礼ということで」


 のえるはそれだけ言うと残っていたコーヒーを全部飲んで、いい笑顔を浮かべて立ち去って行った。

 こうして詩乃はFantasia Destiny Onlineをプレイする運びとなった。

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