第38話 捜しましょうか
昼食に、服選び……休日のショッピングは、愛にとってとても新鮮なもので……
とても、楽しいものだった。さっきから、身体の奥がぽかぽかしている。
先ほど鈴に、教えてもらった。これがきっと、"楽しい"という感情なのだろうと。
感情を覚えることが使命である愛。そんな自分が、今こうして感情というものを感じている。不思議だ。
生まれた時には、なにも感じることのなかった胸の内。
それが今では、あたたかくなったり、あるいは寒くなったり……そんな不思議な感覚があるのだ。
「いやあ、いい買い物した!」
「ったく、ちゃっかり自分のものまで買いやがって」
「いいでしょ別に」
「ならせめて自分のは持て」
「いやー」
前方では、二人の楽しそうな声が聞こえる。将と鈴のものだ。
先ほど愛が服屋で選んだ服……そして鈴も、自分の服を買った。それらを持っているのが、将だ。
買った物は自分で持つ……と愛は言ったのだが、将は自分が持つと言ってさっさと持ってしまったのだ。
鈴はそんな将に、自分の荷物を押し付けていたが。
「あ、あの将さん。やはり私は、自分のものは持ちます」
「ん? いやいいっていいって。気にしないで」
やはり申し訳なく思い、自分で持つことを伝えるが……将はやんわりと首を振る。
それを見て、鈴は頬を膨らませた。
「ちょっとー、私とずいぶん態度が違うじゃない?」
「お前もこんくらい謙虚だったらなぁ」
ムキー、と怒る鈴に、笑い飛ばす将。
そんな二人の様子を見ていると、まただ……胸の奥が、チクリとする。
喜びではない。怒りとも違う。楽しさでもあるはずがない。哀しみ……には近いかもしれない。
そんな、どの感情とも当たるような当たらないような、不思議な痛み。いったいこれは、なんなのだろう。
邦之助は、自分で知ることが大事だと言っていた。だが、一向にわかりそうにない。
いっそ、将か鈴に聞いてみようか。しかし、博士は二人には聞くなと言っていた。特に鈴には、絶対に話してはダメだと。
自分を生み出した博士の言葉は、絶対だ。だが、それならばいったいこの気持ちはどうすればいいのだろう……
「ぅえーん!」
……そう、もやもやした気持ちに吞まれそうになっていたときだ。
愛の耳に聞こえた、誰かの泣き声。思わず、足を止める。
これは、子供の声だ……おそらく、小学生低学年。声だけの判断なので、確実性はないが。
「……あの子、ですか」
足を止めた愛は、声の正体を探るために首を動かして……
視線の先に、泣いている女の子がいるのを捉えた。
「……愛? どうかした?」
愛が足を止めたことに気が付いたのだろう。鈴は振り向き足を止め、将もまた足を止めた。
愛の視線の先を追いかけ、そこに泣いている女の子がいることを理解する。
「迷子かしら……って、愛?」
一人で、こんな場所で小さな子が泣いている。考えられるのは一つだ。
鈴が最後まで言い切るよりも先に、しかし愛が歩みを進めた。
行き先はもちろん、女の子のところだ。
「……どうかしましたか?」
女の子の目の前まで進み、足を止めた愛はそっと膝を折り、屈む。
女の子の目線の高さに自らの目線を合わせ、話しかけたのだ。
「ふぇえ……ふっ……お、おかあさっ……ふぐっ……」
愛に話しかけられ、驚いた様子の女の子は一旦泣き止み、なんとか言葉を伝えようとする。
しかし、今の今まで泣いていたためだろう。うまく言葉が出てこない。
そんな女の子の様子に、愛は推理する。
今言おうとした言葉はおそらく『お母さん』だ。そして、近くに母親らしい人物は見当たらない……こんな小さな子一人。
先ほど鈴が言った言葉に確信を持って、女の子に問いかける。
「……お母さんと、はぐれたのですか?」
首をかしげる愛の質問に、女の子は何度もうなずいた。
母親とはぐれてしまい、心細くて泣いてしまっていたのだ。
よく見れば、手にはくまのぬいぐるみを握り締めている。くまの手を繋いでいる状態だ。
「愛」
「その子、やっぱ迷子か?」
後ろから追いついてきた鈴、そして将に振り返り、愛は「そのようです」とうなずいた。
それから再び女の子を見つめると、その頭をそっと撫でた。
「大丈夫です。お母さんもきっと、あなたのことを捜していますよ」
「う、うぅ……」
「……将さん、鈴さん」
「わかってる、その子の母親捜そうか」
女の子を安心させるように頭を撫でながら、愛はどこか不安そうな表情を浮かべ、将と鈴を見た。
それは、自分が考えていることを聞き入れてもらえるか……という不安から来るものだ。
しかし、結果としてその不安は必要はなかった。
愛がなにを言うよりも先に、将が笑顔を浮かべてうなずいたからだ。
その隣では、当然だと言わんばかりに鈴もうなずいている。
「申し訳ありません」
「謝ることないって。むしろ、迷子の子に声をかけて母親を捜そうとする愛の行動は、立派だと思うよ」
「そうよ、誇らしいわ!」
「なんでお前が誇らしいんだ」
自分のせいで、二人に余計な手間をかけさせてしまう……その気持ちからの謝罪だったが、二人は気にするなと言うように首を振った。
これは、謝ることではない。むしろ誇るべき、立派な行動なのだと。
愛はこれまで、人間を観察して感情だけでなく行動なども学び、そしてなるべく人間に近い動きをすることを考え、行動してきた。
しかし、今回のこれは……そういった打算などなく、ただただ身体が勝手に動いたのだ。
不思議だ。なんで、自分の意思とは関係なく、身体が動くのだろう。
「……?」
とにもかくにも立ち上がった愛だが、誰かに引っ張られる感覚があった。
振り向くと、そこにいたのは女の子。彼女が、愛の手を握っているのだ。
愛が、どこかに行ってしまう……と思ったわけでは、ないだろう。
それでも、不安でいっぱいだった女の子に声をかけてくれた愛の存在は、女の子にとってはとても大きかった。
「……捜しましょうか、お母さんを」
「うん!」
少し驚いたが、愛もそっと女の子の手を握り返した。
その手のひらの温もりが、とてもあたたかい……先ほどまでのもやもやした気持ちなど、もうどこかに行ってしまっていた。
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