第24話 なぜ告白するのですか?



 ……愛の学校生活が始まり、早いもので数日が経過した。

 その間、愛の周りにはなんの変化もなく……なんてことは、もちろんあるはずもなく。


 愛にとって初めてとなるものが、次々と訪れていた。

 そのうちの一つが……


「廻間さん、好きです! 付き合ってください!」


 周囲に響く、男の声。しかし、周囲に人の影はない。


 愛の目の前で、頭を下げている男がいる。その男が、今しがた愛に好きだと告げた……つまり、告白だ。

 頭を下げるその姿を、愛はじっと見つめていた。


「……」


 これが、人間で言うところの告白であることは、これまでの数日でわかっている。

 わかったうえで、困ったように眉を潜めた。


 答えに困っているのではない。なぜ、自分なんかにみんな告白してくるのかがわからないからだ。


「申し訳ございません。今は、そういったことは考えておりません」


 男の姿を見つめつつも、愛もそっと頭を下げた。

 その口から出てくるのは、謝罪の言葉。男性の必死の告白に対する、お断りの文面だった。


 それを受け、男は「そっか」とはにかんだ。


「答えてくれて、ありがと。付き合えないのは残念だけど、これからも仲良くしてほしいな」


「はい……こちらこそ」


 去っていく男の背中を見つめながら、愛はほっと溜息を漏らした。


 これからも仲良くしてくれとは言われたが……そもそも、あの男と話をするのは初めてのはずだ。

 確か、隣のクラスの男子だ。たまに目線を感じることはあったが。それだけだ。


「お、戻ってきたなモテ女め」


 教室に戻った愛は、クラスメイトに出迎えられる。

 今は昼食時……お昼はもう食べ終わっている。


 はじめこそ鈴や将と食事を取っていた愛だが、人と接する使命がある以上いろんな人と接することが必要だ。

 それに、食事に誘ってくれる人の気持ちも無下にできない。


「モテ女……もしかして、私のことでしょうか?」


「あんた以外に誰がいるのよ。転入してきて数日で、何回告白されてんのよ」


「しかも、今日は校舎裏へ呼び出しでしょ? なんかすごいわ」


 クラスメイトは、もはや呆れたように笑っている。

 そう、愛が告白されるのはこれが初めてではない。すでに、何回目の告白だ。


 はじめは、困惑していた愛。しかし、その気がないのに相手と付き合うのは失礼だと思い、断り続けて……その作業にももう慣れてしまった。


「で、今回はどんなだったのよ」


「もちろんお断りしました。ですが、お相手の方はそれほど残念そうにはしていませんでしたが」


「あー」


 付き合う気はない……そもそも、好きというのがどういう感情かわからないのだ。

 好き……とは、いったいなんなのか。世の中のものを好きか嫌いかで判断するならば、愛にとってほとんどのものは好きだと言うことになる。


 その中でも、邦之助や鈴、それに将のことは特別に好きだ。しかし、好きには二種類あるのだと知っている。

 これは、恋愛としての好きなのか? それ以外なのか? わからない。


 それに、先ほど告白してきた彼……彼が自分のことを本気で好きならば、なぜ断られたのにそれほどがっかりしていなかったのか?

 これまでには……それこそはじめのうちは、食い下がる相手もいたというのに。


「そりゃまあ、仕方ない部分もあるんじゃない?」


「仕方ない、ですか?」


 相手が残念そうにしていなかった……それを聞いて、クラスメイトが納得の声を漏らした。


「だって、今日まで結構な男子に告白されてるけど……そのどれも断ってってるわけじゃん? だったら、自分も断られるってどこかで思ってたんだろうね」


「断られるとわかって、なぜ告白するのですか?」


「そりゃ、ワンチャンあると思われてんでしょ」


「わんちゃん?」


 なぜここで犬の話が出てくるのだ、と愛は首をかしげた。


 ともかく、断られるとわかっていて告白をする。その理由が愛にはわからない。

 しかし、合点がいくところもある。断られるとわかっているから、断られてもあんなにあっさりとしていたのだ。


「それにしても、そんな頑なに断り続けるって……愛ちってば、好きな男子でもいるの?」


 何気ないその質問に、教室にいる男子たちの耳が一斉に反応した。

 ちなみに、これまで同級生だけでなく先輩や後輩からも告白を受けてきた愛だが、同じクラスの人間からは受けたことはない。


 違う学年やクラスならともかく、断られたとしてその後に同じ教室で顔を合わせるのは耐えられない……と考える男子が多いからである。

 もっとも、愛がそれを知るはずもないが。決して、クラスの男子が愛に魅力を感じていないからではない。


「好きな男子……いえ、私にまだそういうのは早いかと」


「あはは、早いって! 私らもう高二だよ? 早いどころか彼氏の一人や二人いてもおかしくないって」


「そうでしょうか?」


「二人いたらやばいっしょー」


「言えてるー」


 目覚めて数日の愛にはピンとこないが、女子高生とはそういうものなのだろうか。

 もしもそれが普通だというのなら、誰かと付き合ってみるべきだろうか。


 ……いや、こんな気持ちで誰かと付き合うなど、相手にとって失礼なだけだ。

 自分にとっても、得るものはなさそうだ。


「はぁ、私も愛さんみたいに告白されてみたい。そんで、男をとっかえひっかえしてさぁ」


「それ悪女じゃん」


「……皆さん、なぜ私に告白してくださるのでしょうか」


 愛はそっと、自の胸に手を当てた。

 なぜ、男子たちが自分に告白をしてくるのか。断られると思っているのに、告白をしてくるのか。


 その理由が、わからない。


「そりゃ、顔でしょ。まるで作り物かってくらいにきれいだしさ」


「! つく、りもの……」


 ケラケラと笑うクラスメイトの言葉に、愛はドキッとした。

 作り物、と言われたからだ。


 だが、鈴に言われたことがある。世の中には、人形のようにかわいい……といった言葉があるのだと。今のも、それに似た意味なのだろう。

 だとわかっていても、実際に作り物である愛には無視できない言葉だ。


「それに、身体もね。男なら一度は触ってみたいって思うっしょ」


「ちょっとおじさんくさーい」


 ……顔に、身体。そういう、ものなのだろうか。

 自分に魅力があるとは、愛も思っていない……とは、思っていない。なぜならこの顔は邦之助が作ったもので、身体は鈴の身体をベースにしているからだ。


 だから、もし顔に身体に魅力を感じてくれているのなら嬉しい。

 嬉しい、はずなのに……胸の奥に、ちくりとしたものがあるのはなんだろうか。

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