恋する機械少女 〜アンドロイドでも恋をしていいですか〜

白い彗星

第一章 アンドロイドと人間

第0話 ――――



 ――――――



 ……"私"という存在アンドロイドは、人工的に作られたものだ。

 この皮膚も、肉も、臓器も……なにもかもが、人工的に作り上げられたもの。"私"はそういう存在なのだと、生まれた時から教えられたし、生まれる前から認識していた。。


 "私"の見た目は、人間と変わりがない。なにも知らない者が見れば、まず間違いなく人間だと思うだろう。"私"の正体を怪しむ者はいない。

 "私"をアンドロイドだと、そう疑う者はいないだろう。


 アンドロイド技術……その結晶が、"私"という存在だ。"私"には、いくつかの使命がある。

 生みの親である博士の命令は、常に頭の中にインプットされている。記憶、いや記録されている。いくつかあるそれらの中で、しかし最優先の事項がある。



『人の感情に触れ、覚え、育てること』



 それが、"私"がアンドロイドとして生まれた意味。

 人間には、喜び、怒り、悲しみ、楽しさ……などと、様々な感情がある。それらを、一言で喜怒哀楽というらしい。


 実にたくさんの種類がある、感情というものは。

 アンドロイドである"私"は、それらを感じることはできない。



 ……人間にはあるはずの、『心』というものがないからだ。



 『心』とは、なんだろうか。どこにあるのだろうか。感情を表すために『心』が必要ならば、『心』のない私が感情を覚えることは不可能ではないのだろうか。それとも、『心』とは後天的に備わるものなのだろうか。

 そういった疑問は浮かんだが、『感情を覚えること』が博士の命令なら、いらない疑問だ。消去しよう。


 "私"が感情を学ぶために、やるべきことがある。それは、学校というところに通うことだ。

 そこで、思春期の少年少女と交流することで、感情を学ぶことができるのだ。学校がどういうところなのか、生まれた瞬間から脳内データに情報が流された。


 いや、学校に関してだけではない。感情についてもそうだ。感情とはどういうものなのか……

 ただ、知識を得たところで実際に感情というものが"使えなければ"意味がない。知識を得るだけなら、わざわざ"私"を作る必要もないのだ。


 他にも、ある。博士の名前、人物像、"私"を作った理由……そして、"私"をサポートしてくれる人間の存在。

 どうやら、博士の娘が一人と……その幼馴染だという男が、一人。彼らは"私"をアンドロイドと認識したうえで、"私"の至らない部分を補ってくれるのだと。

 彼らは"私"と同じくらいの年齢であるため、"私"と共に学校に……



 …………修正。彼らが"私"と同じくらいの年齢なのではない。"私"が彼らと同じ年齢に設定されて作られたのだ。



 "私"が学校に通うにあたって、彼らの協力無くしては"私"の目的を果たすことが困難となる。

 二人の存在は、"私"にとって重要な存在だ。


 アンドロイド技術をより完全なものとするため、"私"は作られ、目的を遂行するために命令を実行する。

 それが"私"の、生まれた意味だ。



 ――――――



 こうして世に生まれ、学校に通い、数々の人間と接することで、"私"の目的は着実に進みつつある。はずだ。

 喜び、怒り、悲しみ、楽しさ……それらの感情を学び、育てることが"私"の使命。


 そうである、はずだ。その使命を胸に、日々を過ごしていた。

 なのに……ここのところ、おかしいのだ。体に、異常をきたしているように感じる。



「――――、ほら行こうぜ」



 "私"と行動を共にしている、"彼"……"私"に名前をくれた"彼"のことだ。

 "彼"に名前を呼ばれると、体がおかしくなる。まるで電気でも走ったかのように脳が痺れ……体が熱くなるのだ。


 "彼"に名前を呼ばれる、たったそれだけのことで。体の奥底が熱く震え、"彼"から目が離せなくなる。動機が激しくなる、息が苦しくなる。

 いったいこれは、なんなのだ。なんだというのだ。


 それだけではない。"彼"が他の人間……女と話していると、どうしようもなく胸の奥が切なくなる。

 まるで、きゅっとなにかに締め付けられているかのように。


 おかしい。こんなのは、おかしい。システムになにかエラーが出たのだろうか?

 いや、博士の設計は完璧だ。不備などあるはずがない。エラーなど、出るはずがない。



「――――」



 ならば……なぜ名前を呼ばれるだけで、こんなにも胸が嬉しさに震える? なぜ手を繋がれただけで、こんなにも体が熱くなる?

 なぜ"彼"が、他の女と話をしているだけで……こんなにも、苦しくなる?


 エラー、エラー、エラー……

 "彼"を前にすると、私は平常を保てなくなる。即刻、"彼"から離れることを提案し……

 ……拒否、却下、否定。その提案は受け入れられない。"彼"から離れることを、"私"は拒絶する。


 "私"がおかしいのは、"彼"がそばにいるから。そんなことは、わかっているのに。離れればいいと、わかっているのに。

 どうしても、"彼"から離れたくはない。"彼"と一緒にいたい。


 頭では、わかっている。自分で自分に最適な見解を下すことができる……必要なことを、実行に移すことができる。それが、アンドロイドである"私"だ。

 であるのに……"彼"を前にすると、"私"は最適な行動をとることができなくなる。

 まるで、自分が自分では、ないみたいに。


 ……この気持ちは……この『感情』は、いったいなんなのだろう。



 ――――――

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