天使なんかじゃない 2

 郷田は外出のため、──腰のホルスターと銃を隠す── 薄手のジャケットを羽織りながら言った。


「この暑いのに、アッチも隠したいものがあるんだな」


 監視を始めた二月半ばから、邸宅のその部屋だけは室温を昼夜問わず三十度に保っている。


「……なかを見てみたいな」


 高川がつぶやいた。その彼に、郷田は、財布の中身を確認しながら言った。


「葉モノの栽培部屋にでもしてるんじゃ無いか? ──ハロゲンライトを何機も吊り下げてさ」


 この場合、葉ものとは大麻のことを指す。そしてハロゲンライトは、夏の太陽光に近い波長と大きな光量を持ち中央アジアに原産地をもつ大麻を栽培するのには適した光源であったと郷田は記憶していた。だが、青色発光ダイオードの発明から最近では排熱処理の問題と高い消費電力の問題、そしてスペクトル管理の容易さから赤と青の混合LEDライトにその役割をとってかわられている。


「どうだろう。今や水耕栽培のトレンドもLEDだからな」


 眼鏡を外すと郷田は、案外つぶらな目をしている。その目でたずねた。


「そうなの。なんで?」


 郷田こいつは陸自の出身で、犯罪捜査こっちには疎い。しかも高川に言わせれば脳味噌の八十%が赤身の筋肉で出来ているため ──しかも残り二十%の空間には拳銃弾の装薬パウダーが詰まっている──、自然な太陽光には波長で言って四五十から四九五ナノメートルの青色および六二十から七五十ナノメートルの赤色が含まれており、青色光は発芽後まもない時期は徒長を防ぎ葉や実の形成に寄与し、赤色光は光合成を促し結実や開花に大きな影響を与えること。そして成長にあわせた青と赤の両者の細かな配分すなわちスペクトルと照射時間の管理が栽培の全過程で必要かつ品質へ大きく関わることを説明するのが、面倒くさく、


「……そりゃね、LEDのほうが地球にも、お財布にも優しいからさ」


「なるほど。そうなのか」


 そう納得させて、高川は、


「……ま、一応、電気と水道のメーターをみてもらうように送っておくか」


 と、公用の携帯から目黒署の地下にある公機捜別班第五部の小浦部長あてに、Signal*1 でメッセージを送った。


「あの部屋で、いっそ葉っぱでも育ててくれてりゃあ、俺たちも、こんな捨て仕事から上がれるんだが……」


 と、ぼやいた。


「──なんでもいい。てきとうに須賀スガをしょっぴける罪をみつけろ。そのかわり世間が納得するレベルのものを頼む」と言うのが、新体制という名のもと閑職化を強いられた公機捜 別班第五部に与えられた、今回の捨て任務だった。



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