隣の102号室には獣人が住んでいる

まだ温かい

第1話

引っ越しの終る頃にはもう夕暮れだった。


ありんこマークの引っ越し社って、本当にアリさんが働いているのね。

すごい力持ちで助かった。


電気・ガス・水道はヨシ。

使える事さえ確認できれば問題ない。


ここは、父の持っていたアパートの101号室。

私はタマ子。市内の大学生。

今日から大家です。


元々借りてた所より遠くなっちゃったけど、電車一本だから良いか。

今日は疲れたから、軽めに済ませて早く寝たいな。


──スンスンスン──


近くのコンビニでお惣菜を買ってこようかな~。

ご飯だけ温めればらくちんだし。


──スンスンスン──


なんかうるさいな…

隣の部屋だ。




102号室。表札はポチ。


コンコンコン


──スンスンスン──


コンコンコン

大家です。


ドタン


ガチャリ


しわくちゃな顔のハスキー犬が足元に出てきた。

よく見たら膝を擦りむいた獣人だった。


キューン


情けない声を出しながら見上げてくる。

耳を絞って悲し気だ。


「こんばんは。今日から父の代わりに大家になりました」

「大家さん、死んじゃったの?」

「はい」


尻尾を股に挟んで、膝を抱えて寝ころびだした。

そんなに。


悲しんでくれるのを邪見にはできない。

けれど、このままじゃ気になるうるささだわ。

何とか気を紛らわせてあげないと。


腕を掴んで立たせよう。


グイ

のびー


思いの外、胴が伸びたから立ってくれない。

私の背丈じゃ、足りないわ。

やる気だして自分で立ってくれないかしら。


ちょっとにおうし…

八つ当たりの腹の毛つまみ&ねじり。


「いだい」

「立って?」

「はい…」


すっく


倍の大きさだ。

こんなに体格がいいのに、さっきは情けないくらい小さかった。


「あなた、お風呂に入ってる?」

「先々週…」


どうりでにおうわけだわ。


「お部屋は綺麗に使ってほしいの」

「はい…」

「お風呂に入ってさっぱりしよ?」

「わかった…」


これでよし。

さっぱりすれば気持ちも明るくなるでしょ。


ズサァ

ポチは廊下に溶けるようにしなだれた。

どうして。




「大家さん死んじゃったの悲しくて」


も~、そう言われたらしょうがないじゃん…


「洗ってあげるから」

「はい…」


服を脱がせて風呂場に引っ張る。

毛が抜けて痛くないか心配だわ。


シャワアアアア


ぼさぼさのポチの毛がぴったり体に張り付いた。

なんかみすぼらしくて笑っちゃう。


「いつも自分でどうやってるの?」

「手だと爪があるから、ブラシでやるよ」

「どれ?」

「これ」


結構大きい。

石鹸を泡立ててから、ブラシですく。

そして流す。


プルプルプル

ポチが体を振りやがった。


「ちょっと! どうしてそこで水を飛ばすのよ!」

「ごめん、いつもの癖で…」


おかげでびちょびちょだ。

もう…


「私、着替えてくるよ」

「はい」

「自分で乾かしてね?」

「わかった」


部屋に戻って着替える。

あんなのでどうやって暮らしてるんだろう。


──スンスンスン──


んあー!


102号室に戻る。


薄汚れたモップの先が落ちている。

よく見たら脱力した獣人だった。


「あのさ、元気出してよ」

「うん…」

「お腹空いてない?」

「うん…」


「コンビニ行ってごはん買ってこようよ」

「うん…」

「散歩みたいなもんだよ」

「散歩!!!!」


尻尾ブンブン、首ギャンギャン。

嘘でしょ。

嬉しそうな顔しちゃって、どこ見ちゃってるのその視線。


「そう、散歩よ」

「散歩!!!!」

「じゃあ、乾かして着替えてきてね」

「わかった!」


101号室に戻る。

お財布と手提げを持って行こう。


──ワンワンワン──


鍵とスマホも忘れずに。


ちょっと待って、これ隣から?


──ワンワンワン──


隣から。

ああ、結局うるさいのね。


コンコンコンコ ココンコン

ガチャ


テンポのいいノック。

すぐ開く扉。


「散歩!!!!」


耳と尻尾をピンとさせたポチが来た。

部屋の入口より背が高いから、胸元までしか見えない。


「コンビニまでだけよ」


しゅん


一気に背がしぼんで覇気がない。

がっくりうなだれちゃって、もう。


入口の上の方からマズルと鼻だけ見えている。

ちょっと笑っちゃう。


「行きと帰りがあるんだから」


ぴくり


少しやる気がでたようね。

尻尾が動き始めたから。


「さ、通して」


ポチは全く動かない。

これじゃ出られないじゃない。


仕方ないから股を通る。

大きいから余裕だわ。


「行くよ」


ポチはすごい顔で振り向いた。

そしてかじりつくように迫ってくる。


「これ!」


首輪とリード。

ちょっと、人につけるのはどうなの?


「大家さんと散歩だから! 散歩だよ!」

「そうね」


お父さん、こうやって面倒見てたのね。

仕方ないからやりましょう。


首輪をつけて、家の鍵を閉めた。

なんかすごい変な気分。

自分より大きい人をつないでる。


「行くよ」

「はい!」


でも、ポチが楽しいならいいか。

しみったれた声を聴かなくて済むわ。


そろそろコンビニだ。


ぎゅうううう


ポチが動かない。

首輪が頬を締めてて、すごい顔。

にらめっこだったら勝てないよ。


「ねえ、どうしたの?」

「まだ散歩!!」

「買い物してからでも出来るでしょ?」

「うん…」


聞き分け良くて助かった。

店の中から笑われていて、ちょっとヤな感じ。


「ねえ、明日も散歩できるよね?」

「ええ?」

「毎日、大家さんと散歩したい」


「毎日?」

「うん、これからずっと」


もう…


「私はあなたの飼い主じゃないんだから…」

「僕はそれでもいいよ。大家さんの事好きだから」

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