第16話 名前はクロト

「えっと、そんな簡単に決めちゃっていいの? わたしかなり適当に言ったんだけど……」


 対照的に木陰さんはやや困惑気味だ。

 俺は2人に理由を説明する。


「昔ばあちゃんが飼ってた黒猫の名前がクロだったんだよ。だからクロだと俺の中で被っちゃうんだよな」


「なーる。そういう理由ね。だったら納得だしー。違う子に、同じ名前はよくないよね。個性は大事だもん」


 理由を聞いた陽菜は、すぐさまうんうんとうなずいて納得しながら、俺の肩から手を離した。

 陽菜の綺麗な顔が、何事もなかったかのようにスッと離れていく。


 陽菜はガンガン主張はするけど、そこまで自分の意見にこだわりはないタイプというか。

 さっきといい、今といい、割とあっさり納得してくれるよな。


 しかも次々と積極的に話題を提供してくれるから、会話が停滞することもない。

 だから俺的には、陽菜はすごく話しやすかった。


(ただし、ちょっとエッチな方面でからかってくることだけは除く。いやその、それが楽しくないかって言われたら、なんていうかまぁ、もにょもにょ……)


「で、クロトはなんとなくクロの子供とか後継者っぽいだろ? だからすごくしっくりきたんだ。令和風になったクロって感じでさ」


「じゃあこの子はクロトってことでオーケー?」

「うん。クロトちゃん、よろしくね」

「これからよろしくな。クロト」


 というわけで。

 この黒猫の子猫の名前はクロトになった。


 もちろん猫ハウスの中で熟睡しているのでクロトは特に反応しない。

 幸せそうな顔で鼻をスピスピ、のどをごろごろ言わせながら眠っている。


 代わりに耳だけがピクピクっと素早く2回動いた。

 ちょうどいい。

 これを本人のOKの代わりという事にしておこう。


「耳、ピクピクってした!」

「聞こえてるのかな?」

「どうだろう?」


「ああもう、さっきから寝顔、可愛いすぎ~~!」

「可愛いよねー」

「可愛いよなぁ」


「うりうり、ここが気持いいんでしょ~?」


 猫ハウスで眠る子猫――クロトの耳の後ろの付け根や首のあたりを、陽菜が指を立てながら撫でる。


「耳の裏は猫の大好きポイントなんだよね」

「ほんとだ、ごろごろがさらに大きくなった」


 ただ寝ているだけなのに、あまりの可愛さに俺たち3人はもうメロメロだった。

 俺たちはしばしの間、クロトの可愛さを堪能した。


 ――さてと。

 濡れた服も乾いたし、クロトって名前も決まったし。


「じゃあさらっと説明するな。実はかくかくしかじかで――」

 俺は今さらながら、木陰さんと子猫との出会いを陽菜に説明した。



「なるほどね~。たくみん、優しいじゃん。陽菜ちゃんポイントを1点進呈♪」


「その謎ポイントは貯めたらどうなるんだ?」


「アタシの好感度が上がるよー」

「なるほど」


 特に意味はないということか。

 好感度が少々上がったところで、モブAな俺が1年生美少女ツートップのキラキラ女子な陽菜と、なにかしら特別な関係になる世界線なんてありはしないと断言できる。


 俺はそこまで勘違い君ではない。


「そんな優しい拓海くんにヘッドロックをしたのはどこの誰なのかな、陽菜ちゃん?」


「えへへ、めんちゃい♪ ナンパ野郎から美月を守ろうと思ったら、つい勢いがついちゃって♪」


「もぅ、陽菜ちゃんってば、その様子だとぜんぜん反省してないでしょ?」


「してるしー。超してるしー。アタシの半分は反省でてきてるしー。いつも心の中で反省会してるしー」


「いや、それはダメなのでは……? だっていつも反省しないといけないようなことをしてるってことだよな?」


「陽菜ちゃん、よく生活指導の先生に注意されてるもんね」


「うーん。あれはアタシが反省することじゃないんだけどなー」

「完全に開き直ってるな……」


 俺はやや呆れ口調で言ったのだが、しかし陽菜からは割と真面目な答えが返ってきた。


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