三十六 詮議 多恵の素性

 文月(七月)二十二日の未明の星空に黒雲がたちこめた。

 夜八ツ(午前二時)。

「これまでに盗んだ金はどこだ。言えっ」

 町方に捕縛された与三郎たちは、北町奉行所で与力の藤堂八郎の詮議を受けた。

「・・・」

 与三郎たちは黙秘している。

 八郎は、今後、与三郎たちがどのような取り扱いを受けるか、詳しく説明した。

「夜が明けたら、おまえたちは茅場町の大番屋で、吟味与力による厳しい詮議と吟味を受ける。そこで吐かねば、伝馬町牢屋敷へ送られて牢問を受ける。笞打(鞭打ち)されても吐かぬなら、まあ、石の二つも抱けば話す気にもなろう」


 牢問とは、牢屋敷内の穿鑿所にて行われる拷問である。笞打(鞭打ち)、石抱、海老責がこれに当たる。笞打(鞭打ち)で自白せぬ場合、石抱が、さらに海老責が成される。

 石抱は、断面が三角形の角材を敷き詰めた座所の上に正座させ、膝の上に石塔に似た切石を何枚も乗せて自白を強要する拷問だ。この拷問で脛の皮膚は裂けて骨は砕け、死罪になる前に苦しみながら死ぬのが落ちだ。


「いずれ死罪だ。死ぬまで苦しむか、素直に吐いて楽に死ぬかだ。

 今回が初めての盗みだなどとの言い訳は通用せぬぞっ。如何なる理由があろうと、窃盗は死罪だ。この北町奉行所での自白の有無に関わらず、お前たちは茅場町の大番屋で、吟味与力による厳しい詮議と吟味を受ける。その後、伝馬町牢屋敷送りになり、自白がなければ牢問を受け、死罪になる・・・」

 八郎は浪人者を睨んでそう言った。


「待ってくれ。すべて話す。死罪なら苦しまずに死にてえ・・・」

 与三郎と安吉が覚悟を決めた。与三郎はこれまでの犯行をすべて自白し、盗んだ金子の在りかを語った。浪人と無頼漢たちは黙ったままだ。


「加賀屋の女房とお前たちの関係は、何だ」

 八郎の問いに、与三郎は、これまで多恵をどのように利用してきたかを語り、八郎の思いもよらぬ事を話しはじめた。


 三年前の如月(二月)二十日。仙台の山王屋に仙台伊達家の町方が討ち入った。多恵も含めた与三郎の一味は、皆、ばらばらに仙台から逃げた。それから三年が経った頃、与三郎は千住大橋南詰め中村町に口入れ屋の山王屋を開いた。

 ところが、今年卯月(四月)二十八日に、仙台で行方知れずになった多恵が、ふらりと千住大橋南詰め中村町の山王屋に現われ、上女中として雇ってくれと言った。

 そして、多恵が、

『弥生(三月)十日。加賀屋菊之助の女房の八重が他界した。

 菊之助は女房の八重にべた惚れだった。八重に瓜二つの多恵が加賀屋に奉公すれば、菊之助は多恵に夢中になり、加賀屋の金蔵を襲撃する手筈を菊之助から聞けるはずだ』

 と話した事を、与三郎は八郎に説明した。


「夜襲の手筈を整えたのは多恵か・・・」

 八郎は驚きを隠せぬままそう呟いた。

 三年前の如月(二月)二十日。仙台の山王屋に町方が討ち入った折、多恵も仙台の山王屋にいた。

 此度の与三郎一味による加賀屋夜襲を知らせたのは加賀屋の多恵だが、知らせの文の文字は八重の手によるものだ。もしやして、八重は生きているのか・・・。

 三年前に仙台の山王屋に町方が討ち入った折、山王屋に居た多恵は何者か・・・。



 明け六ツ(午前六時)。

 八郎と同心たち町方が、与三郎たち五人を茅場町の大番屋へ連行して入牢させた。

 町方が早朝の帰宅の途につくと、八郎が言った。

「八重さんが亡くなったひと月半後に、八重さんに似た多恵が口入れ屋に現われた。

 その多恵を使って、与三郎は加賀屋に夜盗に入ったのであろうか。

 岡野は如何に思うか・・・」

「結果はそうでしょうが、加賀屋の夜盗を持ちかけたのは多恵ですね。

 与三郎の話では、多恵は事前に加賀屋菊之助をよく知っていたと考えられます。

 その事を知った与三郎が、加賀屋に錠前を商った獅子堂屋の番頭の安吉を夜盗一味に引き入れたのでしょう」

「うむ。そうだな。そうだな・・・」

 八郎は、今は、それしか言えなかった。

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