二十 若衆の多恵之介
皐月(五月)十五日に加賀屋への奉公が決まり、加代や下女たち、そして番頭の平助たちの助けもあり、八重の上女中奉公は順調に進んだ。
ひと月後。
水無月(六月)十五日。曇天の朝五ツ(午前八時)。
長屋に戻った八重に、若衆の多恵之介に扮した佐恵が言った。
「姉上に何かあれば、八郎様に何と言ってお詫びしてよいか、言葉がありませぬ。
女中奉公はすべて私がします。姉上は多恵之介に扮して、与三郎の口入れ屋を探してください」
八重は穏やかに答えた。
「私は与三郎の顔を知りませぬ。佐恵がこれまでのように多恵之介に扮して、与三郎の居所を探してください。
木村の従叔父上と八吉の義伯父上も、与三郎の口入れ屋を探しています。
木村の従叔父上から知らせがくれば、与三郎の居所は知れます。
お麻さんも、よろしくお願いします」
「わかったよ。そしたら、こうしたらどうなのさ・・・」
麻は提案した。
佐恵はこの長屋で夕餉をすませ、八重として加賀屋に戻って一晩泊まり、朝餉の後に長屋に帰る。
八重は、麻が用意した朝餉を長屋ですませ、加賀屋に戻って上女中奉公する。僅かながら八重の方が佐恵より読み書き算盤に優れているからだ。
そして、夕餉をすませた八重が長屋に戻ったら、長屋で夕餉をすませた佐恵が加賀屋に戻って寝泊まりする。
日中の佐恵は、若衆の多恵之介に扮して江戸市中の口入れ屋を巡り、口入れ屋の主が与三郎か否かを探る。もちろん口入れ屋に入らず、遠目に店を探るのである。
帳場仕事がない日は、佐恵が八重として奉公し、八重が多恵之介に扮してもよい。
「わかりました。何かあったら、そのようにします、義姉上。
それまで、私が加賀屋に奉公します」
八重は麻を義姉上と呼んだ。父が健在なら、お麻さんは父の妻になっていた・・・。私はお麻さんを義母上と呼んでいたはずだが、今となってはそれも叶わぬ・・・。
「わかったよ。そう言ってもらえるとうれしいねえ」
義理とはいえ娘が二人できるはずだったが・・・と麻は感激している。麻は三十路に近い。八重や佐恵とは十歳も離れていない。
「父が健在なら、お麻さんは父の妻になっていました。義母上とお呼びするのが筋でしょぅが、お麻さんを義母上と呼ぶより、私たちにとっては義姉上です」
佐恵はそう言った。佐恵はうれしかった。器量良しで芯が強く義理人情に厚いお麻さんが姉なら、頼りになる姉が二人になる。どんなに心強いことだろう・・・。
「その方が、うれしいねえ」
麻もうれしかった。
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