第5話 私が縄文人を自覚したきっかけ

 それは、2017年、60歳の誕生日をはさんだ欧州旅行に始まりました。

 「トルコ航空で行くヨーロッパ5万円」という広告をネットで見たという奇遇(思いがけず出会うこと、不思議な縁でめぐりあうこと)がきっかけ。

  それとも、60歳になって「縄文人の自覚、縄文人の覚醒」という機運が熟した、というべきか。


○ ドイツのニュールンベルグで見た海辺の景色(白昼夢)が、その半年後に訪れた、青森の「三内丸山古墳」の景色とそっくりでしたので、「ああ、俺は昔ここに住んでいたんだ」という思いがその時、澎湃(ほうはい)として湧いてきたのです。


○ 同じくニュールンベルグで偶然見つけた「Hirosima」という名の小さな(児童)公園と、その前にそびえ立つ「旧ナチスSSの総司令部建物」を見た時のシンパシー・共感。


  私は「ナチス」という言葉に何の恐怖も嫌悪感も感じません。

  ナチスドイツという国が日本の同盟国であったということではなく、むしろゲルマン民族と縄文人という、純粋単一民族同士としての共感ではないか。それは40年前にボストンで仲良くなったアメリカンインディアン一家に対するのと同じものです。


○ 別の町で、ドイツ人(ゲルマン民族)の女の子との日独友情(ゲルマン民族は「アウシュビッツ」で虐められ、縄文人は「従軍慰安婦」で金をたかられ)。


○ 長距離バスで出会ったチリ人の女子大生に「お前を見て、すぐに日本人だとわかった」といわれたこと。


○  ロシア人との、バス車中での戦い 

 プラハからヴェネツィア(ベニス)へ行く夜行バスの車中、通路をはさんだ隣の席のロシア人が、私の座席の前の背もたれ(頭の部分)に土足の足を乗せてきました。

  ヨーロッパの長距離バスは日本と異なり、車内消灯後もカーテンを閉めません、というかカーテンがない。ですから、高速道路の街路灯やら対向車のヘッドライトでかなり視野が効く。(灯りが気になる人はアイマスクを持っていった方が良い)  


  車中は私の他に、このロシア人男性二人と、数席前のおばさん一人の4人きりでした。私の前も後ろもガラガラです。

  バスに乗車する時に彼を見た時、その容貌がプーチン大統領にそっくりなので少し驚きましたが、がたいも同じようにがっしりしていました。柔道のような格闘技に強いスラブ系という感じです。

  目を瞑っていた私が、目の前に置かれた物の気配を感じて横を向くと、「プーチン」はニッコリ笑って指で私に挨拶をします。彼の連れは、2つほど前の席で寝ています。


  これがロシア人のケンカの売り方なのか、と思った私は、まだ(殴り合いの)時機ではないと判断し、同じように、彼の目の前の座席に裸足(下駄履きだった)の足を載せました。彼の両足の上に交差するようにして足を置いたのです。


  お互いに、かなり無理のある姿勢ですが、「売られたケンカは買う」のが日本人の常道。20年前、イタリアへの新婚旅行中にナイフを持った若者たちに付け狙われた時には、女連れですから一も二もなく逃げましたが、この場合なら前へ出るしかありません。


  プーチンとの戦い、ウツラウツラしながら気がかりだったのは、数席前にいる他の乗客2名が、もしバス後方にあるトイレへ行くために通路を歩いてきた時、私の足に蹴躓(けつまず)くことでしたが、そのまま私は寝てしまいました。


  フト、目が醒めると1時間くらい経過していたのですが、プーチンは床に寝ていました。(ロシア人はわからない ?)


  早朝、バスがヴェネツィアに到着してから、「オレという男は、いい歳して、くだらないことでムキになってバカな奴だ。外国で殺されたかもしれないのに」と、思う一方で、「オレは日本人だ、露助なんかに負けてたまるか」という気持ちになったことで「日本人としての自覚」をした、というわけです。

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