第2話

 エディソワール城内、謁見の間にフィリアの姿はあった。

 王座に腰掛ける王とその妃の視線はフィリアに向き、フィリアも王座を見上げて視線を絡め合っていた。


「この国は貴殿にはいささか小さ過ぎたかな?」

「いいえ、この国は世界で一番大きな国。さまざまな国籍、人種の人間が堂々と大通りを歩けるいい国です。けれど私は一ヶ所に留まるのは性に合わないのです」

「本当に行ってしまわれるの?」


 猫を撫でながら王妃が問う。それにフィリアは頷いた。


「はい。この国の政治が安定してはや二十年。貴方が先代国王から王座を譲り受けてからもうそれだけの時が経ちました。もう私の手助けは不要かと」

「そうか……それはつまり私もそれだけ歳をとったということか。通りで最近腰の調子が悪いわけだ」

「それはデスクワークのせいかと。真面目なのはいいことですが、適度に休むことも覚えなければなりませんよ」

「ははは、そうだな。思い返せば貴殿には小さい頃からそのような小言を言われてばかりだった」

「私は先代国王より貴方様の教育係を仰せつかっておりましたから」

「不思議なものね。この人の教育係を務めていた貴女は今もこんなに若く美しい。ああ、貴女がいなくなると思うと寂しくなってしまいますわ」

「なにか御用がおありでしたらすぐに駆けつけますので」

「大丈夫だよ、問題ない。きみなしでもやっていける。そう教育を受けて今ここにいるのだからね」

「それは安心です」

「ああ……行ってらっしゃい」

「いつでも帰ってきてくださいまし」


 ゆらゆらと手を振る王妃とその隣で少し寂しげな表情を浮かべる王に会釈をして、フィリアは謁見の間を出る。

 扉の向こうにいた警護をしている騎士たちがフィリアに気づき、ザッと姿勢を正した。


「行ってらっしゃいませ、フィリア様!」

「おかえりをお待ちしております!」


 元気よく敬意を持った体勢の騎士たちに見送られ、フィリアは城を出た。

 フィリアが先代国王から息子の教育を任されてかなりの時間が流れた。先代はすべに崩御しており、国をあげての送別会にはフィリアも招待を受けて参加した。

 当時まだ二十代だった現国王も今年で四十代を迎える。

 フィリアは先代の申し付け通りに現国王に教育を施し、そして今日という日にこのエディソワールという国から出ようとしていた。

 目的はたいしてない。


 この国はまだ国名がエディソワールという名ではなかった頃からフィリアと関わりがあり、混血の子供を保護してくれた国だ。もちろん思い入れはある。

 しかしこの国に留まって、もう八十年ほど経っている。国や人々は日々変わっているが、それでも同じ場所に留まっているのは現代国王に言った通り、性に合わない。だから少し別の景色を見たくて旅に出ることにした。

 まずは長年親しんだ王都を出て、隣国に隣接した辺境の町の方まで向かう。そこから国境を越えて隣の国に行き、いくつかの国を転々とする気だ。


 この身は魔女と呼ばれるほどに魔法の知識を保持しているものの、それでも世界中にはいまだフィリアの知らぬ魔法が存在するかもしれない。

 それを探すのが強いて言えばの旅の目的になるだろう。

 魔法は有能だが万能ではない。だから少しでも多くの技を取得し、より万能に近づける。

 かつての自分と同じように誰かが大切な人を救えず失い、悲しみの涙を流すことを減らすために。


「んー……つっかれたー」


 城下に降りたフィリアは固まった筋肉をほぐすように腕を伸ばして気を抜いた。

 フィリアは国王によって城内に立ち入ることを許可されている。たとえ国王や王妃と親しげに話をしていても咎められることはない。

 しかしそれでは世間体があまりよろしくない。故にフィリアは城内ではぴしりと姿勢を正して、国王の臣下の一人のような接し方に務めていた。

 それも今日でお終いだ。

 彼らならフィリアがいなくともうまく国を経営していけるだろう。だからフィリアも安心して国外に行けるのだ。

 先代国王から仰せつかった仕事は終わり、自分に時間を割くことができる。

 白く塗られた城壁に毎日通い詰める必要はなくなり、城下を悠々と歩く人たちに溶け込み生活するのも今日がラストだ。

 一度出たら戻って来れないわけではないし、もし火急の用があればすぐに駆けつけるつもりではあるが、それはそれとして最後の日を楽しもうと、フィリアはずっと気になっていたレストランに入った。

 城に勤務していただけはあって、フィリアは金銭に困っていない。王都での最後の食事を楽しみ、馬車に乗って王都をあとにした。

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