ガラケー拾った。彼女ができた

柳屋

運命の出会い

第1話 古びたガラケー

 お盆が終わり、急速に祭りの終わりのような侘しさが漂う8月下旬。あれほどうるさく感じていたセミの鳴き声も、今はただ物悲しさを演出するBGMのようだ。あまりの暑さにコンビニへアイスを買いに行ってきた夕暮れ時。僕、藤原大和ふじわらやまとはアイスの入った買い物袋を提げ帰路についていた。周囲に人の気配は無い。夕日に照らされ長く伸びた僕の影。なんとなく幼少の頃にやった影遊びを思い出し、右手を空へと伸ばしてみる。すると、伸ばした僕の影の右手の先に淡く緑に点滅する物体が落ちているのに気づいた。


「これって、ガラケー?」


 飾り気の少ない黒く少し古びた筐体。少し流線形が混じった不思議なフォルムの背には小さな液晶画面があり、見慣れぬ番号を表示しながら緑色に光っている。ケータイにはかなり高価なお守りに使われていそうな、凝った刺繍が入ったストラップが着けてある。そのストラップの先には、ご当地ゆるキャラのような天使を模したようなキャラクターフィギュア。ぱっと見は可愛いく見えるけど、よく見るとすごく造形が細かくて妙な生々しさがあり、今すぐにしゃべりだしそうでちょっと怖くなる。とりあえず持ち主の人となりが全く想像できない。


「じーちゃんのケータイに似てるな。こうやって開くんだっけ?」


 スマホは判らないからと、頑なにガラケーを使い続ける祖父の所作を思い出しながら、二つ折りに折られていた携帯電話を開く。


 スマホに比べると1/4くらいしかない画面。所狭しと並ぶ物理キー。画面には先ほど背面の小さな液晶に映っていたのと同じと思われる番号が書かれていた。


「これ、電話番号かな?」


 とりあえず持ち主、もしくは持ち主の関係者である可能性は高いので、並ぶ物理キーの左上にある【通話】というボタンを押してみた。


「はい! こちら天界管理局日本支部です」


 びっくりする間もないくらいノータイムで電話がつながった。ケータイから聞こえる明るく元気だけど、どこか神秘的で心が包まれるような声音。上質なASMRを聞いているような感覚で、もっと聴いていたくなる。


「えーっと、もしもし? この番号は私共のケータイのはずですが、どちらさまでしょうか?」


「あ、あの! 自分、藤原大和って言います! こ、このケータイ、つい今拾ったんです。画面にこの番号が映っていたのでそのまま電話してみたんですが」


「ああ、ああ、それは大変ありがとうございます。これから即伺いますね!」


 こちらの返答を待つことなく電話が切れた。即伺う? こちらの場所伝えてないよ? 謎の展開に思考が追い付かない。とりあえずその拾ったガラケーの画面をもう一度眺める。すると、突然画面が光はじめる。あっという間に周りがホワイトアウトするくらい光を放ち、そして光が収まったあと、目の前に一人の少女が立っていた。


 夕日が反射しキラキラとオレンジに輝く金色の長い髪が風と戯れている。一瞬見ただけ吸い込まれそうになる大きく蒼い瞳。瑞々しい薄紅色の唇。まさに神がかりな顔の造形。金髪碧眼でありならが、外人っぽさは感じない。僕はただただ目を奪われた。


 シンプルでありながら、貧相に感じない白いワンピース。そして背中から大きな白い翼が3対。


(翼????)


「私は天界管理局日本支部総務課のヒカリと申します。この度は私共が紛失したケータイを拾ってくださりまことにありがとうございます。……これを紛失していたことを上司に知られたら、ホントマジでヤバかったです」


 背中の翼や天界管理局だの、なんかツッコミどころ満載なんだけど、そんなツッコミどころがどうでもよくなるくらいに、あまりにも美しいその姿に僕はただただ動けなくなっていた。


「私共の大切なケータイを見つけてくださった大和様に、お礼として一つだけ願いを叶えさせていただきます。もちろん、犯罪的なものはダメですよ?」


 腰に手を当て、右手の人差し指を僕に向けるその姿はあまりにもチャーミング過ぎて、


「好きです。僕の彼女になってください」


 今まで彼女出来たことの無い僕だけど、あまりにも目の前に立っているヒカリと名乗る少女が好み過ぎて、躊躇することなく告白してしまった。


(ああ、絶対僕ヤバいやつだと思われたよね)


 自分の行動の気持ち悪さに一瞬で後悔。しかし訂正する時間もなく、即座に再び手に持っていたガラケーの画面が光り、空に向かってレーザービームのような光の矢が放たれた。


 ほんの少しの間が空いたあと、ガラケーから着信音が流れる。ローカルなテレビCMのBGMで流れていそうなチープなメロディ。


「あ、私が出ます」


 僕はヒカリにガラケーを渡す。


「はい、ヒカリです。あ、あ、あ、ジン様」


 絶世の美少女がたまに見かけるサラリーマンのようにお辞儀をしながら電話の応対をしている。うん、なんかシュールだな。


「あ、はい。受理された? わ、わかりました。以後その通りに致します」


 ヒカリがガラケーを閉じ、僕の目を見つめる。


「え、えっと、大和様の願いは天界管理局により受理されました。末永くよろしくお願いしますね」


 これ以上ないくらいの笑顔ではにかむ美少女は、描写的な意味じゃなく、物理的に輝いていた。


 父さん、母さん、そしてじーちゃんにばーちゃん。そして妹よ。イマイチ状況は掴めていないけれど、僕に彼女ができたみたいです。


 あ、あと、アイスは溶けてました。

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