第31話 俺を精霊としか思ってない聖女の行動が危なっかしくて困る
◇
エンリケ・オーハイムの目の前には通路の先で倒れた少女の姿があった。
今まさにエンリケが仕留めた少女。
リスキル連合王国第6聖女エリス。
エンリケは聖女という輩が基本的に嫌いだったが、エリスはその中でも特に嫌いな類だった。
頑張っている平凡な善人。
エンリケが最も不愉快な人種。
エンリケは会った瞬間、顔を見た瞬間にイラついた。
だから、おそらく最後には殺すことになるだろうと思っていた。
そして、今まさにエンリケはエリスを殺したのだった。
不意の一撃。
切先の硬度を最高まで高めた影の杭での一撃だ。
法衣の破れたところに合わせて打ち込んだ。
そもそも法衣の防御術式さえ突破する一撃だ。
防げるはずがなかった。
今エリスは血溜まりの中に倒れていた。
まだ息はあるだろうか。
あの、なんだかわめいていた気色悪いしゃべる守護者はもう消えていた。
守護者は基本的に聖女が生きている限り、その背後にいるものだ。
一般人には顕現させた時にしか見えないが、聖人のエンリケのような一定以上の魔力を持つものには常に見える。
それが見えなくなったということは死んだ、少なくとも瀕死だということだ。
「さて、死に顔を拝んでやるか」
エンリケは勝利を確信していた。
ただの殺しなら何も思うことはないが、今回の相手はあの第6聖女様だ。
その無様な死に顔を見てやろうという気になった。
エンリケは倒れたエリスに歩み寄る。
そして、その頭を掴もうと、
「ウラァッッッ!!!!!」
そうしようとしたところで、強烈な衝撃がエンリケを襲った。
◇
「ウラァッッッ!!!!!」
俺の拳はエンリケの顔面にクリーンヒットした。
当たり前だ完全に油断した状態で完全な不意打ちを喰らったのだ。受け流す余裕すらない。
エンリケはぶっ飛ぶと脳震盪を起こしながらも体を起こした。
「な、なんだとっ!?」
これにはさすがのエンリケも驚愕していた。
それはそうだ。
消えたと思っていた守護者にぶん殴られて、死んだと思っていた聖女が確かに自分の足で立っているのだから。
「なんでだ、なんで生きてやがる!!!」
エンリケは叫んでいた。
「簡単な話だ。俺はエリスの体の内側からお前の影の杭の先端を掴んだんんだ。だから、杭はエリスの体の表面で止まった。ちなみにこの血に見えるのはただの赤い霊薬だ」
「だが、だが! さっきまで消えてただろうが!!!」
「それも霊薬だ。飲んだ守護者を一時的に見えなくする霊薬。まぁ、動いたら効果は切れるんだけどな」
「な、なんだと」
エンリケは理解不能なのか目を丸くしていた。
自分が今出し抜かれたことが受け入れられないらしい。
「バカな、馬鹿な! 俺に最硬度の影の杭を受け止めれるやつなんか....」
「それが出来るんですよ、マコト様なら。だって、マコト様は私の守護者様なんですから」
エリスは言った。
紛れもない俺への信頼。エリスは俺を信じていたから、全てを俺に委ねて影の杭を受け止めさせた。
俺を32歳のおじさんではなく、自分の相棒の精霊だと思ってくれたから。
本当に危なっかしい娘だ。
だが、俺たちはうまくやったのだ。
「クソが、クソったれ!! 人質は...クソが...!!!」
「ああ、今の一瞬で抜き取らせてもらった」
ロバートくんは俺の右手で握っていた。俺は静かに後ろに下ろした。エリスが法術で応急処置をする。
これでロバートくんの心配はないだろう。
そして、それはエンリケにはもう守るものはないことを意味していた。
「さぁ、おとなしく投降してください、エンリケ・オーハイム。この距離ならあなたがなにをするよりも速く、マコト様の拳があなたを撃ち抜きます」
エンリケと俺に距離はちょうど2mないほど。
ここからなら、エンリケが指一本動かした瞬間に俺の拳がエンリケの顔面をぶち抜く。
これが、まさしく訓練でディアナから教えられた手段のひとつ。
こちらからどうしても近づけない場合、相手を近づけさせる。
今回は死んだふりという方法だった。
だが、見事にうまくいった。
俺たちはまさしく今、エンリケ・オーハイムを追い詰めていた。
「くそが、死んだふりで出し抜くだと? 聖職者なんだろお前たち」
「やかましい、お前にだけは汚いとか言われなくない」
散々人殺しだのの犯罪を重ねて、人質まで取って、卑怯だなんだとどの口が言いやがる。
「勝負はついています。今なら無傷で憲兵に引き渡すと約束しましょう」
「く、くははは」
エリスの言葉にエンリケは脂汗を浮かべながら笑った。
俺たちの勝ちだった。
もう、なにがあってもそれは揺らがない。
だが、
「動くより速くか。そうだな、お前ならそうだ。お前なら動かないとこの状況はな、どうしようもないよな!!!!」
その瞬間、エンリケが強烈に発光した。
目眩しだ。法術か。
なるほど、エリスは法術を使う時指を振る。
だが、自分は指さえ動かさずに法術を使えると言いたかったらしい。
だが、そんなことはどうでも良かった。
「ウラァッッッッッッ!!!!!」
目眩しで見えなくてもどうでも良い。
俺の拳は正確にエンリケのみぞおちにぶち込まれていた。
エンリケが浮いたのが分かる。
「ウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラッッッ!!!!!」
そして、俺は怒涛のラッシュをエンリケにぶち込みまくった。
「ウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラウラッ、ウラァッッッッッッ!!!」
そして、大きく振りかぶり渾身の右ストレートでエンリケを吹っ飛ばした。
そこでようやく俺の視力は復活した。
目の前には影のコーティングが剥がれ、薄汚い服で横たわるエンリケの姿があった。
「思い知ったかクソ野郎!!!」
「一昨日来やがれです!!!」
俺たちは2人で決め台詞を叫んだ。
俺たちの勝ちだった。
これでエンリケ・オーハイムの捕縛作戦は終わりを迎えたのだった。
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