第19話 月曜日と訓練とエンリケ・オーハイム

「ふぁあ、よく寝れました」


「それは良かった」



 そして一夜明けての月曜日。


 もう、人間ではないのにすごく嫌な響きだ、月曜日というのは。


 俺たちは廊下を歩いていた。


 マザー・リースの作ってくれた朝食を終え、俺たちは訓練場に向かっていた。今日も訓練だ。ディアナが稽古をつけてくれる。



「おはよう、エリス」


「あ、おはようございます! ディアナお姉様!」



 廊下の角から出てきたのはディアナだった。


 ディアナも今から訓練場に向かうところのようだ。



「昨日はゆっくり休めたか?」


「はい! いろいろマコト様に街を紹介できました。ジョージに霊薬のお店も紹介してもらえて」


「ああ、ジョージ殿に。あの店は私も良く利用する。あそこの霊薬は教会の支給品よりずっと質が良いからな」


「ディアナお姉様もあのお店を知ってたんですか?」


「ああ、あそこの霊薬を使うとカリギュラも心なしか喜んでいる気がしてね。黄色の霊薬が特に反応が良い」



 そうか、カリギュラ殿にも好みはあるのか。



「あのビールみたいな味のやつか」



 俺は思わず言った。



「ビールみたいなのですか? あの霊薬は」


「ああ、あれはビールっぽかったな....あ....多分、多分ああいった感じなんだろう。ビールというのは」


「ああ、予想としてですか。確かに見た目はビールっぽいですしね。そうか、マコト様はこうして会話できるから細かく反応が知れるんですね。それは面白い」



 確かに、自分が与えたものを相手がどう思っているかは気になるところなのだろう。守護者と聖女といえどそれは同じか。


 それにしても危なかった。冷静になれば守護者がビールの味を知っているはずがないのだ。



「マコト様は琥珀色の霊薬がお気に入りだったそうですよ」


「敏捷性を上げる霊薬か。ほほぉ。守護者によって色々好みは分かれるんですね」



 ディアナは関心していた。


 しかし、そのディアナの目は俺には向いていなかった。


 視線はただ一点に注がれていた。



「今日も立派だなエリス」


「きゃああ! 朝からなにしてるんですかディアナお姉様っ!」


「なんてことだ。手の平に収まらないぞ」


「やめてくださいっ!!!!」



 ディアナはおもむろにエリスの豊かな胸を持ち上げるのだった。


 なにやってるんだこの人は。これさえなければ文句なしで尊敬できる偉人なのに。


 この前酒の話題でアルメアを叱咤していたが、ディアナも人のことを言えないと思う。聖女としてどうなんだこれは。


 そんなこんなで俺たちは訓練場に向かうのだった。








 それから、訓練をこなしてお昼前になったところだった。



「よし、エリス。とりあえず午前はここまでにしよう」


「はぁ...はぁ....ありがとうございました、ディアナお姉様」



 息を荒げるエリスに対してディアナはわずかに汗ばんでいる程度だ。


 エリスがかなり頑張っていたのは当然だったが、ディアナもかなり動いていたというのに。これが歴戦の聖女というものなのか。



 エリスは訓練場の脇にある椅子に座り、用意していた瓶の水を飲んだ。


 さすがに疲れているようだ。肩で息をしながら少しずつ水を飲んでいる。



「良い動きだったぞ。マコト様が現れる前から地道に訓練をしていた成果だな」


「で、でも。ディアナお姉様にはまるでついていけません」


「なに、これからだ。今日と明日は基本的な守護者様との動き方を覚えてもらう。それから応用だ」


「はい!」



 エリスは疲れながらも声だけは大きく言った。


 今日が基礎訓練。明日からは法術などを組み合わせた応用を交えていくのだろう。その中に俺たちの課題である相手との距離の詰め方が入ってくるのか。


 午前中、ディアナは俺たちと組み手をやってくれた。間合いに入ったら部が悪いと言いながら、ディアナは法術を使ってカリギュラを援護し、見事に俺たちを圧倒した。


 はっきり言って勝てる気がしなかった。それがディアナと俺たちの歴然とした差なのだろう。



「なんとか、シュレイグの任務までできるだけ強くなります」


「ああ、その意気だ」



 シュレイグの任務までの時間は多くはない。それまでに習得できるだけの技術を習得し、強くなれるだけ強くならなくては。



「そういえば、シュレイグの任務の細かい配置が出た。エリス、お前は後衛に入る。遠距離支援型の守護者を持つ聖女の護衛がお前に役目になる」


「は、はい!」



 なるほど、そういう感じなのか。


 ディアナはRPGで言えば戦士なんかの前衛になる。そうした前衛を支援する、いわば弓使いやバッファー、ヒーラーのような後衛が居るのだろう。その後衛の護衛が俺たちの役割のようだ。



「直接戦闘をするのは私たち前衛だ。お前が戦闘になる可能性は低い。とはいえ、前も言ったがゼロではない。心してかかれよ」


「はい、ディアナお姉様」


「エンリケの能力の関係上、その可能性はどうしてもゼロに出来ないからな」


「スペクターの秘蹟ですか」



 エンリケ・オーハイム。俺たちの任務の標的。やつを捕縛するのが俺たちの役割になる。


 国際的な重犯罪者。聖女を含めたたくさんの人をその手にかけた悪人。


 その説明もこの前の会議で聞いていた。



「その通りだ。エンリケの守護者、スペクター。影に干渉する能力。影を操り、影に潜み、影から影へと移動できる。つまり顕現範囲内で影があるところなら自由に移動できるということだ」



 スペクターというのがエンリケの守護者らしい。影を実体化させて攻撃したり、影の中に入り、隠れ家のようにして潜伏できる。さらに、守護者の顕現範囲なら潜んだ影から別の影に移動できるのだそうだ。顕現範囲は100mにもなるという。



「まさに犯罪行為にうってつけの能力。守護者様にそんなつもりは微塵もないだろうに。まったく、女神様への冒涜も甚だしい」


「能力をうまく使えば金声への侵入も、逃走も、潜伏も思うままですもんね」



 影から影へ乗り移り、潜伏できる。強盗、そして追ってからの逃走潜伏。全部カバーできるというわけだ。


 せっかく守護者を従えて、やることが強盗とは。悲しみ話だろう。



「やつは世界中に名が広まっている重犯罪者だ。能力だけじゃない、その人間性も危険そのもの。決して気を抜くな。お前は後衛の護衛とはいえみんなはサポート役だと思っている。いざとなったら先輩聖女たちを頼れ。そして、私たちが来るまで決して無理はするな」


「分かりました。ディアナお姉様。死なないことが役割、ですね」


「その通りだ。もしエンリケが逃走することになっても優先するのはお前の命だ。私たちはそうもいかないが、お前はそうだ。肝に銘じておけ」


「分かりました」



 上層部も現場の聖女たちも、エリスを前線に出そうと言う気はまったくないようだ。


 相手は危険人物の重犯罪者。聖女になりたての少女が相手にするには荷が重すぎるのだろう。


 周りはそれを分かってくれている。だから、エリスは無理しなくても良いのだ。



「よろしい。ではお昼にするか。エリス、なにを食べたい?」


「ラーメンを食べたいです!」


「はは、元気があってよろしい」



 食べ物のことでは元気いっぱいのエリスなのだった。


 休日は終わり、いよいよ作戦が迫ってくる。


 エリスだけじゃない。俺も気を引き締めなくては。

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