1-5. あんたを犯人にしたいのよ
街外れにある公共の森が《叡智の森》なんて名前だったなんて知りもしなかったが、そういえば森のすぐそばにある広場の名前は確か《叡智の森広場》だったな、なんてことを今さらになって思い出しながら、僕は噴水のあるその広場をのんびりと歩いていた。立地的にあまり人の往来があるような場所ではないが、住宅街が近いためか朝夕の時間帯は散歩に訪れる住人の姿がぽつぽつと見られるし、もう少し日が沈んでくるとデート終わりのカップルの姿なども見られたりする。
ただ、今日ばかりはどうも様子が違うようだ。ひとっこ一人いない点についてはまだそういった日もあるだろうと納得もできるのだが、いたるところに自警団の自走車が停められているのはいったいどういった了見だろう。僕が知らないうちに、この広場は自警団の車両置場にでもなったというのだろうか。
停車されている車両にはどれも人の姿はなく、僕がここで景観の悪さに憤慨してみたところで誰も状況の説明はしてくれなさそうだったので、とりあえずそのまま森のほうへと足を進めていく。森に近づくにつれて四輪車だけでなく二輪の自走車まで姿を見せはじめ、いよいよこれはのっぴきならないことになってきたぞと僕は胸中で覚悟を決めはじめる。
やがて、森の門が見えてきた。まだ日も落ち切っていないのにその口は人一人がやっと通れそうな程度まで閉じられていて、辺りには自警団員と思しき面々が忙しなさそうに往来している。
誰に聞くまでもなく明らかに異常事態である。ご大層に自警団の紋章の入ったタープまで設置されていて、どう見てもちょっと野暮用で立ち寄りましたというような雰囲気ではなかった。
僕がその場でしばし立ち尽くしていると、不意に門の横にある詰所から飛び出してくる人影が視界に映った。闇に溶けそうなほど黒く艶のある髪をうなじで束ね、目尻の下がった褐色の瞳に涙を浮かべながら危なっかしい足どりでこちらまで駆けてくるその人影は、顔なじみの若い女性だった。
名を樟葉鈴音という。この森の守衛の一人である。ムシャシュギョウという名目で東のほうにある群島諸国からやってきたそうだが、それがどういった経緯でこの森の守衛をするに至ったのかまでは分からない。歳は僕よりいくつか上だったはずだか、小柄な体躯と幼い顔立ちのせいで僕よりも遥かに歳下に見える。
「あ、あ、アテナくうううん、大変なことになっちゃったよおおお!」
半泣きになりながら鈴音さんがこちらに飛びついてくるが、何だか色々と面倒くさかったので僕はさらりと身を捻って回避する。鈴音さんはその場でつんのめって大きくバランスを崩すが、何とか踏みとどまって振り返りながらこちらを睨む。
「なんで避けるのよ」
恨めしそうにそう言う鈴音さんははたから見ると本当に十代後半の学生くらいにし見えなくて、凄まれたところでちっとも迫力がない。それでも彼女が着ている肩章つきの白いジャケットは上級市民街専属の警護隊である《ヴァルサレナ騎士団》の制服で、いちおう名目上はそれなりに腕の立つ人物だということになっている。
「今日は占いで女難の相が出てたので、あまり女性とは関わらないことにしてるんです」
「またそんな適当なこと言って! お姉さんにはお見通しなんですからね!」
そして、何故かやたらと僕に年上風を吹かす。
「そんなことより、これはどういったことですか?」
くだらない問答をしていても仕方がないので、訊いてみる。まあ、そのくだらない問答のきっかけを作っているのは他ならぬ僕なのだが。
「あああ、そうなのよ! いきなり自警団の連中がゾロゾロとやってきて、森を捜索させてもらうって! 令状もあるからあたしには何にもできないし、でも、この森ってアレがソレだからあんまり勝手なことさせたらまずいじゃない!? あたし、もうどうしたらいいのか分かんなくって!」
また半泣きになりながら、鈴音さんが捲し立てる。あれがそれというのは、おそらく小屋の地下にある書庫のことを言っているのだろう。僕はわりと好き勝手にさせてもらっているが、あれが一般的には秘匿されている重要なものだということくらいはさすがに理解している。
「『長老』には連絡したんですか?」
「もちろんしたわよ! でも、アレを見つけるまでは好きにさせておけって! じゃあ、もしアイツらがアレを見つけたらどうするわけ!? あたしが何とかしなきゃいけないの!? あああ、もうどうしたらいいのよおおお!」
「いや、見つかったら見つかったで、また連絡すればいいじゃないですか」
「その時がたまたま深夜で長老様がもう寝てたらどうするのよ! わざわざ電話番に頼んで起こしてもらうわけ!? そんなことしたら、あたし、後で怒られたりしない!?」
「そんなことは知りませんけど」
「だったら無責任なこと言わないでよね! もう、どうしてあたしの勤務時間にこんなことになるのよおおお!」
鈴音さんがその場でくずおれて子どもみたいにわんわんと泣きはじめる。もう完璧に面倒くさくなって、僕は鈴音さんを放ったらかしたまま自警団の面々が集まっているほうへと足を進める。知った顔がいないものかと首を巡らせていると、すぐに目当ての人物が目にとまった。
「あら、帰ってきたわね」
ライラだった。言われたとおり夕刻まで時間を潰してきたわけだが、ともすると、彼女は最初からこうなることを知っていたのかもしれない。もしあのあと僕がまっすぐ小屋に帰っていたら、今回のこの大捜索に巻き込まれていた可能性は十分にあった。
傍らにいた別の自警団員に手振りで何か指示を出して、ライラがこちらに歩み寄ってくる。
「状況の説明が必要かしら?」
「実は野営の訓練でしたってオチなら歓迎するんだけどね」
「軍隊じゃあるまいし、うちの訓練項目に野営訓練なんてないわよ」
実質、軍隊みたいなものだとは思うのだが、仮に対外的な軍事行動をするにしても基本は専守防衛だろうし、確かに野営の訓練なんてしても仕方ないのかもしれない。
それはそれとして、やはりこの大捜査の根底にはあの殺人事件が関係しているのか。
「あんた、評議員か役人の恨みを買った覚えってある?」
妙なことを訊いてくる。僕は首を振った。
「品行方正さだけが取り柄みたいなもんだよ」
「あんたに比べればその辺のコソ泥のほうがまだ品性ってものを知ってるわよ。そんなことより、状況は思ってた以上に面倒くさいことになってるわよ」
「そうみたいだけど、そもそも、何で評議員や役人の話が出てくるんだい?」
「そんなのわたしが知りたいわよ。ただ、今回のこの捜査、現場の判断じゃないってことだけは確かね。もっと上のほうから圧力がかかってる。そうじゃないと、大した証拠もないのにこんなスピードでここまで大規模な捜査に発展するはずなんてないもの」
言われてみれば確かにそのとおりで、少なくともまだ容疑者でもない僕に対してこんな大がかりな捜査をするなんて、現場の判断だとしたら正気の沙汰とは思えない。あるいは僕が知らないうちに、しれっと容疑者に格上げされてしまったのか。
「大人の事情にしても、ちょっとやりかたが強引すぎるんじゃないかな」
「わたしもそう思うんだけどね。ただ、ちょっと今回はわたしが一人でゴネたところでどうにかなるレベルじゃないわ。中隊長に無理言って何とか捜査の担当を任せてもらったけど、それで精一杯。上はどうにかしてあんたを容疑者に仕立て上げたいみたい」
「随分と必死なんだな」
「よっぽどあんたを煙たがってる連中がいるのか、あるいはあの魔術教師が犯人だったら都合が悪いって連中がいるのか、どちらかは分からないけどね」
どちらだろうが、巻き込まれたこちらからすれば迷惑以外の何ものでもない。
「『容疑者に仕立て上げたい』ってことは、少なくとも今の時点ではまだ僕の立場は安全だという認識でいいのかな」
いちおう、確認のために訊いてみる。捜査の手が入っている以上、すでに名目上は容疑者として扱われているような気もするのだが、それだとライラの発言と矛盾する。
「そうね。現時点では、だけど」
ライラは口許に手を当てながら、難しそうな顔で答える。
「この森、いちおうは公共の森だからね。操作も名目上はあんたの家じゃなくてこの森を対象としたものになってるの。もちろん、森の中にあるすべてが対象だから、結局はあんたの家だって例外なく捜査はするんだけど、でも、あんたの立場はまだいちおう容疑者ではないってわけ」
「それはひと安心」
「何がひと安心なものですか」
ふんと鼻を鳴らして、腕組みしながらライラがこちらを睨む。もとより怒りっぽい女性ではあるが、それにしても今日はいつにもましておかんむりというか、何か焦燥感のようなものすら感じさせる。
「なにをそんなに焦ってるのさ」
「あのねぇ……あんた、自分の立場を分かってる?」
「え? いや、分かってるつもりだけど……」
答えつつも、ライラがそこまで熱くなる理由は分からず、僕は指先で頬を掻く。やはりというか、彼女の口ぶりに余裕は感じられず、ひょっとしたら自分で思っている以上に僕の立場は危ういものなのかもしれない。
「でも、別に容疑者あつかいされたところで、確実な物証でも出てこないかぎりはさすがに犯人にまで仕立て上げられることはないだろ?」
ひとまず、素朴な疑問を呈してみる。すると、ライラはまるで『これだから素人は』とでも言いたげに鼻で笑いながら、ずいっと人差し指をこちらの顎先に突きつけてきた。
「勘違いしてるようだから教えてあげるけど、別に上は『犯人』を求めているわけではないのよ。『容疑者』を捕まえて、さっさと事件を終わりにしたいだけなの。あんたを逮捕した時点で『殺人事件の犯人と思しき人物を逮捕しました! これからさらに捜査を進めて事件の真相に迫りたいと思います!』みたいな感じでテキトーに情報公開して、それで終わり。そのあとであんたが証拠不十分で釈放されたところで、別に上にとっちゃ何の問題もないのよ。その件については逆に報道させなければいいの。事件はそのまま迷宮入りさせて、でもそのことは大衆には伝えない。それでも表向きは捜査が続いているように見えるし、どうせ一ヶ月もすれば大衆は事件のことなんて忘れるわ。でも、あんたが殺人事件の容疑者として逮捕された事実は残る。そうなれば、あんたはよくてもあんたが世話になってる人たちが辛い思いすることになるのよ?」
「いや、まあ、それはそうだけど……でも、実際にそんな横暴が許されるのかい?」
「許すとか許さないじゃないの。あんたは上の連中を舐めすぎ。やつらは自分たちに都合が悪いことがあれば平気でもみ消すし、わたしたち自警団は上からやれといったことには逆らえない。そういう力関係なの」
「えええ……」
この街の腐敗構造を懇切丁寧に解説された気がして、僕はげんなりと溜息をつく。
「わたしも最初は軽く考えてたわ。魔術師であれ何であれ市民学校の教師が殺人犯なんてことになったら役人どもの顔が潰れるのは間違いないから、自警団の中にだってあの教師よりもあんたが犯人だったほうが色々と都合がいいと思ってる連中はいたし、賛同はできないけど考えかたとしては理解もできた。でも、現場に対してここまで本気で圧をかけてくるってのは予想外。連中が何を考えてるかなんて分からないし、こうなったらさすがにわたしもお手上げよ」
文字どおり両手を上げてライラが言う。どうやら僕が思っているよりも状況はずっと悪い方向に進んでいるらしい。何やら陰謀めいたことに巻き込まれているような気がするのだが、さすがに何もかもがいきなりすぎて実感はわいてこなかった。
「それで、けっきょく僕はどうすればいいんだい」
とりあえず、訊いてみる。現時点での最大の疑問はそこだ。どのみち、今の僕にできることなんてたかが知れている。ただ、このままでは今夜の寝床の確保に支障が出ることだけは間違いなかった。
「ひとまず、当面の間は大人しくしていること。いちおう、当座の宿泊所として市民街の民宿を接収しているから、落ち着くまではそこで寝泊まりしてちょうだい」
そう言って、ライラが懐からとり出した紙切れを手渡してくる。どうやら市民街の一角を示す地図のようで、中央に記された星印の横に馴染みのある店名が添えられている。
「そうか。だから《水蝶》に自警団員が来ていたのか」
「あら、知ってたの?」
「たまたまね。でも、だとしたら本当に用意周到すぎやしないかい? 君の話を鵜呑みにするなら、今日の昼間にはすでにこうなることが決まってたってことになる」
「さすがにそれは考えすぎ。今回の《水蝶》の接収は自警団が例の教師に気を遣ってそれなりの宿を用意しておこうって準備してただけよ」
「気を遣って?」
「うちの団としては、もともと本命は例の教師のほうだったの。だって、被害者との関係を考えたらあんたなんかよりよっぽど可能性があるもの。ただ、実際に家宅捜査に踏み切るとして、じゃあその間に何処で過ごしてもらうかって問題が出てきたわけ。これがただの一般人ならそんなこといちいち気にしないんだけど、何せ相手が相手だからってうちの上層部が変に気を遣っちゃってね。で、どうせならお酒や食事もおいしい《水蝶》でくつろいでもらって、その間にゆっくり捜査をさせてもらおうって話になったみたいよ」
「嫌疑をかけてる相手への対応としては、随分と暢気な話に聞こえるけど」
「うちの団も上のほうは自己保身にご執心な平和ボケ連中ばっかりってことよ。いちいち振り回される下っ端はたまったもんじゃないんだから」
苛々とライラが吐き捨てる。僕もこの状況にはだいぶ振り回されているが、立場が違うだけで彼女にしてもそれは同じことらしい。
「つまり、当面の間、僕は《水蝶》で大人しくしてればいいってことかな」
「そういうこと。あんたが大人しくこっちの言うことを聞いといてくれれば、少なくとも『何か都合が悪いことがあるから反抗的な態度をとるんだ』なんて暴論を振りかざされる心配はなくなるわ。あとはあの小屋から変なものが出てこないかだけ祈ってて」
変なもの、といっても、あの小屋には僕の生活に必要な最低限度の雑貨と、あとは本の山があるだけだ。例の地下書庫はその存在を知らない者にはまず分からないように入口を封印されているし、そもそも魔術でないと開けられない特殊な鍵で施錠されている。
「例えばどんなものが出てきたらまずいんだい?」
いちおう訊いてみると、ライラはしばし思案したあと、にやりと口の端を歪めた。
「動物の死骸とか、人を殺したい衝動を記した日記とか」
「なるほど。僕をシリアルキラーにしたいわけだ」
「あんたが被害者を殺す動機なんてないんだから、そっちの線で無理やりこじつけるしかないでしょ? 今のところ、大した報告は上がってないけどね」
そう答えてライラが肩を竦める。
「隊長」
――と、話が一段落するのを待っていたのか、クリップボードを手にした自警団員がライラのもとへと駆け寄ってきた。そのままボードをライラに手渡し、何やら小声で話しかけている。ライラはしばらく手渡されたボードを眺めていたが、やがてそれを自警団員に返却すると、こちらも小声で何か応じてそのまま力なく首を振った。
「何かあったのかい」
踵を返して去っていく自警団員の背中を眺めながら、僕が訊く。
「あんたの家の捜査が一段落したっていうんで、報告を聞いていただけよ」
「へええ。何か面白いものは出てきたかい」
「とくには何も。強いて言うなら、クロゼットに女性用のブラウスと下着が数着と、あとはベッドの下に使用済みの口紅が転がってたくらいかしらね」
「え、何それ」
まさに何それ、である。寝耳に水にもほどがあった。
「いちいち着替えを持っていくの面倒だから、何着かおかせてもらってるのよ。口紅は単に忘れてたんでしょうね。ちょっと前から見当たらない色があるなーとは思ってたの」
「ぜんぶ君のかよ」
「他に女を連れ込んでたりしないかぎりはね」
さらりと言ってのける。僕はあまりの不意打ちに完全に前後不覚といった状況だったが、それでもいちおうは身の潔白について弁明しておく責任があった。
「僕は誰も連れ込まない。勝手に上がり込んで来るやつがいるだけ」
「ま、そういうことにしといてあげるわ」
とくにその件について言及するつもりはないらしく、興味なさそうに言い捨ててライラが僕の背後へと視線を向ける。つられて肩越しに振り返ると、少し離れたところで木陰に身を隠しながら顔だけ出してこちらを睨みつけている鈴音さんの姿が見えた。そういえば放ったらかしたままだったな、と今さらながら彼女の存在を思い出す。
「そろそろ行きなさい。あんたの家のほうがひと段落したところでまだ森の捜索が残ってるし、わたしもずっとあんたの相手をしてるわけにはいかないわ。守衛さんも何だか恨めしそうにこっちを見てるしね」
「そうだね」
確かに、このまま鈴音さんを放置し続けることは新たな火種になりそうだった。
「色々聞かせてくれてありがとう」
「分かってると思うけど、他言は無用だからね」
そう言って念を押すライラに頷いて別れを告げ、僕はやや重い足取りで鈴音さんのもとへと歩いていく。鈴音さんはもう完璧なまでにむくれていて、あと少しでも放っておいたら僕とライラの間に割って入ってきた可能性すら感じさせた。困ったことに、この人が子どもっぽいのは見た目だけではないのだ。
「ひどいじゃない。あたしのこと放ったらかして、隊長さんとばっかり話して」
『隊長さん』というのはもちろんライラのことで、いちおうこの二人は互いに顔見知りである。もちろん、そこまで深い親交があるわけではないと思うが、ライラは非番の日や仕事終わりにふらりとこの森を訪れることがあるので、鈴音さんだけでなく、他の守衛の面々ともそれなりに面識がある。
「別に楽しく世間話をしていたってわけではないですよ」
「そんなことはどうだっていいの! いたいけなお姉さんがこんなに一人で困ってるんだから、アテナくんはもっと親身になって寄り添うべきだって言ってんの!」
「鈴音さんなら一人で何とでもできますよ」
「無理無理ぜったい無理! ねえ、今日はこのままここで一緒に過ごそう? どうせ森の中には入れないんだし、眠くなったら仮眠室のベッドを使ってくれればいいから」
「ありがたい申し出ですけど、自警団には市民街の宿で過ごすように言われてるんです」
「なんでえええ!? 別にそんなとこまで出向かなくてもあたしがちゃんと面倒みてあげるわよ! そうすれば自警団は宿代が浮くしあたしも寂しくないしウィンウィンってやつじゃない!? そうよ、絶対にそうすべきだわ! ちょっと話つけて来るから、アテナくんはそこで待ってて!」
こちらの答えは待たず、鈴音さんが自警団員の往来する門のほうへと駆けていく。見るかぎり、すでに門の前からライラの姿は消えているようだが、さて、鈴音さんは誰に話をつけるつもりなのか。
大人しく鈴音さんが戻ってくるのを待っていたらまた面倒なことになるのは目に見えていたので、僕は今回も彼女のことは放ったらかすことにして、門に背を向ける。
まだ日は完全には落ち切っていないが、《水鳥》に辿り着くころにはとっぷりと日も暮れて、夕食にするにもちょうどいい頃合いとなっていることだろう。
さて、《水鳥》に着いたら何を食べようかな――この状況でも歩きながらついついそんなことを考えてしまう僕は、やはりちょっと緊迫感が足りないのかもしれなかった。
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