7.男は意地を張り、女は罠を張る
並ぶ青火の提灯通り
人を誘うは
溶岩の大河は夜闇を照らす
──ここは【第70階層 煉獄都市ヒガル】
「……久しぶりに来たが、随分と冒険者が多くなったな」
ある知人に会うため、俺はここに帰ってきた。
……1人で会うのは怖いので、更に知人に頼って。
「これも御三方の功績の一部ですよ旦那」
黒いスーツ、黒いキャスケット、黒い髪に黒いステッキ、黒くて丸いサングラス。よって目立つ血の色の如き鮮血のネクタイ。
胡散臭い黒ずくめのニヒルな男。信用できない点においては信用できる、俺の親友。
──闇情報ギルド【首無し】のギルドマスター、デューク。
「デューク。わざわざ呼び出して悪かった」
「いえいえいえいえ。伝説の御三方の会合、傍聴させて頂き光栄でして。あの人にはフラれてしまいましたが」
「だから呼ばなくていいって言ったんだ。どうせ来ないっての」
「だって伝説の御三方ですよ旦那ァ! せっかくなら揃い踏みを拝みたいのが人のサガってもんでして」
デュークと初めて会ったのもこのヒガルだった。
……あの日、俺が
『その全てを失った表情、最高ですぜェ……』
まじで殺したろかこいつ。
ファーストコンタクトは最悪だった。
それが今や親友だ。理解と利害の賜物だな。
こいつは破滅した人を安全圏から見守る事でしか興奮できないド変態なだけなのだ。
そのストーキング行為が身を結び、闇ギルドへと進化したわけで。
「あと、伝説のってやめろ。恥ずかしい……トップランカーだったわけでも無し」
「御三方はトップランカー顔負けの攻略者でして。裏拠点の発見、サブジョブの発見、レベル上限解放手段の発見……。
レベルでは推し量れない【Blueearth】の有力者でございます。俺なんかは大ファンだもんで……その中でも旦那は最高に唆りまして」
「俺は唯一敗北者だからだろ。
……悪いが俺はお前らの仲間にはなれないぞ」
「だからこそ惚れたんでございますよ旦那。
ほら、着きまして」
青火の提灯通りの一角、趣深いドクロの看板。
なにかのアロマが戸の隙間から瘴気の様に溢れている、雑貨屋【黒髑髏】。
意を決して……デュークに戸を開けさせる。
薄暗い店内に目が慣れ、真っ先に目を捉える物はなにか。
所狭しと棚に並べられた
インテリア代わりに吊るされている
いや、誰もが目を奪われるのは、店主その人ただ1人。
深黒の艶やかな髪は見返りと共に蠱惑に揺らめき。
カツン、とキセルを台座に置いて、小さな口から煙を一息。ついつい、その赫い唇に視線が行く。
店主は立ち上がり、スリットからスラリと伸びる長い脚を見せつけるように、ゆらりゆらりと近づいてくる。
儚げな垂れ目が此方の目を覗き込んで──
「いや近い近い」
もはやゼロ距離。俺より頭半分小さい店主は俺の首に手を回し、俺の目をじっと見つめてくる。瞬きも忘れて。
もう息と息が触れ合う程の距離だ。
店主は背伸びして、俺の耳に唇を寄せる。
「遅いわ……ライズ」
「悪かったよ、ツバキ」
抱きつかれども、抱き返すわけにはいかない。
俺は、彼女を一度捨てたのだから。
「デュークもいるから離れてくれ」
「あら。一年ぶりの再会なのに……ツレないのね」
気配を遮断し傍観するデュークを引き合いに出したからか、ツバキの目が細く妖しく、不機嫌そうに歪む。
──瞬間、頬に刻まれる背徳的な温もり。
「──ちょ、ツバキ!」
「今はこれで勘弁してあげる。座りなさいな」
唇に指を当て、ツバキはカウンターの席につく。
「ったく。デューク、座ってくれ」
「……あ、へぇ。失礼しまして」
ツバキと俺の間にデュークを置いて、俺も席に着く。
……一番出口に近い席なのは他意はない。
──雑貨屋【黒髑髏】店主 ツバキ
──闇情報ギルド【首無し】GM デューク
──【祝福の花束】メンバー ライズ
「それで……そちらは?」
「【首無し】のギルドマスター、デュークだ。
……あの日から、世話になってな」
「ふぅん。あたしは捨てて……男と仲良くしてたんだねぇ」
やめて。
最初からそうだが、ツバキから軽蔑した目を向けられると死にたくなる。
くそぅ、かつては割と向けられてた視線なのに。
「あの日とはつまり、半年前の【三日月】解散のキッカケでして?」
軌道修正してくれるデューク。ナイスパスだ。
「【三日月】……俺とツバキとアイツで……懐かしいな」
「馬鹿な人達だったねぇ。79階層を突破して、やっとこれからだって時に突然【決闘】なんかして。
アンタ達の勝手で月は雲に隠れたってワケ」
……うん。怒ってるよな。そりゃそうだ。
怒らせるのは承知の上だ。それでも一言伝えなくちゃならん。
筋を通してから始めたいんだ。だからここに来た。
デュークがこっちに目配せする。不安げに。
あるいは期待してるのか? 俺が玉砕する事を。
くそぅコイツめ。違う。逃げ腰になって思考も逃げてるな。
「勝手に喧嘩して、勝手に解散して、勝手にあたしをここに置いていって、音信不通からの、突然の訪問、ねぇ。
ライズ。はっきりしなよ。今日は何の用なんだい?」
(めっっっっちゃ怒ってまして!)と目で語るデューク。
遂に逃げ道を封じられた。
あるいはツバキが気を利かせてくれたか。
こう言えばもう言わざるを得ないからな。
「……ツバキ。俺は階層攻略に復帰しようと考えている」
「……へぇ。それで?」
カツン!
最初より強めにキセルを叩くツバキ。
「一人でも多く、強い仲間が必要だ。だが……あいつに負けたままお前に助けを求められるとは思ってない。
……デューク。あいつに言っておいてくれ」
「へぇ、なんなりと」
「あの場所でまた【決闘】をしたい、と」
目を見開くデューク。ツバキも、口を小さく開けたまま。
……あのまま前線を進めているあいつと、暫く引きこもっていた俺との戦力差は歴然。当然の反応だ。
「そうでもしないと、俺はツバキを誘えない。
……今日は、それだけ伝えに来た。そんじゃあ、邪魔したな」
もう無理。2人の顔とか見れないし返事とか聞けない。
足早に【黒髑髏】から脱出するのだった。
──◇──
──そういう訳で取り残されたのはあっしとツバキさんの2人でして。
なんとも言い難い沈黙を経て、ツバキさんが棚から何やら取り出しておりまして。
ダァン!と目の前に叩きつけられるは、ジョッキ?
「……今日はタダよ」
並々と注がれるは、100階層以降で購入できるハズの高級ドリンク(瓶一本でアドレのギルドハウス一つくらいなら買えちゃうヤツでして)。前線の誰かからの貢物ですかね。ジョッキで行くものではない。
ツバキさんはあっしより早く、ジョッキを飲み干し──
「……なんで【手伝って】の一言が言えないのかねぇ!あの馬鹿共はァ──ー!!!!」
バチギレでして。
うん、あの流れで誘わないのは流石のライズさんでして。
荒れる荒れる、前線ランカーも足繁く通う【黒髑髏】の美人女将。イメージを守る為に店頭の看板をcloseに裏返しておきやす。
……実は先日、あのお方も【黒髑髏】に向かったという情報がありまして。いやぁ破滅的な三角関係でして。
「どいつも!こいつも!あたしの意見を聞きなさいっての!!!」
嵐吹き荒れる【黒髑髏】。
いやはや、しかしライズさん。その臆病さ、選択の致命的ミスっぷり、無自覚に周りを振り回すその様。
──
──◇──
──【第0階層:アドレ城下町】
噴水広場より南東、冒険者の溜まり場──即ち裏路地。
商店街の裏路地は商人が多いが、攻略目的の冒険者はこちらに集まる。原住民である多様な種族のNPC達も、ここにはあまり来ない。
元々は空家だらけの土地だったのだ。王の勅命でここら一帯を冒険者用に貸し出しているのだが──今にして思えば、元より冒険者用に作られた区画だったわけだ。
さて、そんなアドレ南東冒険者地区を代表する冒険者ギルドが、この古びた水車小屋にあるんだな。
【飢餓の爪傭兵団】傘下ギルド【蒼天】。
全体の冒険者数に変化がない現状、アドレでの勧誘は人員補強において肝要。故にここを任されるアイザックはエリート……というわけではない。
なんせこの段階でアドレに残っている冒険者は戦闘意欲のない非戦闘員か、攻略を諦めた出戻り組くらいなもので。希少な攻略意欲のある冒険者は【祝福の花束】に吸われている。
実際、【飢餓の爪傭兵団】としても戦力になる冒険者を前線でスカウトした方が早いという判断で……【蒼天】は、ハッキリ言って形だけのギルドだ。各拠点階層に傘下ギルドがいる、という事実だけでも立派なもんで。
そして、アイザックはそんな扱いにも負けずに全力で業務に勤しんでいる。持てる全ての力で。
定期的に【祝福の花束】に顔を出してスカウトしたり、【飢餓の爪傭兵団】本隊に掛け合って講談会を企画したり、俺みたいな即戦力を女の武器で墜としにかかったり……
「昨日は世話になったわねライズ。レンも第2職になって、準備万端よ」
【蒼天】の玄関口に待ち構えていたのはアイザックとミーミル。
……顔の良い女と2連続でお話とか、少し勘弁願いたい。
「レンをドーランに送るんだっけ? アイザックが行けばいいのに」
「我々の仕事は。将来【飢餓の爪傭兵団】の戦闘員と成り得る人材を育成すること。レンは十分才能がある」
「ドーランにいる【飢餓の爪傭兵団】傘下ギルドまで一人で階層攻略してもらうのよ。それが昇格試験」
たとえ最前線のギルドに加入したとしても、その冒険者がまだ辿り着いた事のない階層にはワープできない。
これが中々厄介な仕様で、前線の強い冒険者がパーティ組んで前線へキャリーする場合は経験値が足らず戦力にならない。
(俺とメアリーがその関係に当たるわけで、だからこそ俺式スパルタ攻略術が必要だったわけだ)
かといって個人で攻略するには、ワープ可能な拠点階層までの9階層を自力で突破しなくてはならない点がネックだ。
しかも各9階層目にはフロアボスが存在し、それを討伐しなくては拠点階層へ辿り着く事はできない。9階層まで長時間攻略した上でボスを倒すのは、攻略意欲の薄いアドレ残留組には難しい話だ。
「もうレンは出発したわ。レンの実力と対応力なら、一発合格間違いなしね」
「同感だな。レン君は筋が良い。それで、俺を呼んだ理由は?」
ツバキにカッコよく(カッコよく!)啖呵を切った後で、アイザックからメールが送られてきたんだ。
頭脳派のアイザックが世間話に呼び出すとは思えない。警戒は必要だ。
────────────────────────
「敬愛なるライズへ。
貴方にしか頼めない事があるの。
話だけでも聞いてくれないかしら?
【蒼天】のアジトで待ってるわ。
聞いてくれたら……
貴方だけのメイドに、なってあげてもいいわよ?
貴方のアイザックより」
────────────────────────
……まぁ? 話を聞くくらいなら? やぶさかではない。
「ドーランの傘下ギルド【ダイナマイツ】から連絡が入ったの。ウィードを拠点としている闇ギルド【草原の牙】がドーランに入ったって。まぁすぐ叩き出されたけど」
【草原の牙】……聞き覚えはある。グレッグが気にしてたな。
ドーランで商業ギルドに喧嘩売って返り討ちに遭って、【飢餓の爪傭兵団】に逃げ込むも門前払いくらって、アドレに帰るに帰れなくてウィードの後半あたりで屯してる……
「大したことない負け犬ギルドって話だが?」
「負け犬も集まれば怖いものよ。立派なリーダーがいれば尚更。
連中はウィード階層で縄張りを張って、通りかかる冒険者に喧嘩売ったり迷惑行為をしてるのよ。
奇襲、人海戦術、肉壁……どこで学んだのか、随分と統制の取れた軍隊って感じ」
「アドレを出て。ウィードやフォレストを攻略できない者も少なくない。多くはここへ戻り。あるいはドーランの一部ギルドに加入し……。
だが。【草原の牙】はプライドが高かった」
「プライドのためにプライドを捨ててちゃワケないわな。
で、連中がドーランに入ったってのは?」
「居場所を手に入れようとしている可能性があるのよ。
【ギルド決闘】を使ってね」
ドーランでブラックリスト入りした【草原の牙】は、ドーランを越える事ができない。連中には居場所がない。
ないのなら奪い取るってわけか。いっそ清々しいな。
まぁこの話をしたって事は、そういう事なんだろうなぁ。
「……狙いはココか。なんで」
「まずレンを襲撃。レンを人質に取り我々【蒼天】と決闘し。勝って【蒼天】の名前を奪う。」
「【草原の牙】は【飢餓の爪傭兵団】傘下ギルドの地位を得て、堂々とアドレを拠点にできる、か。
だがお前ら、上に連絡して人材を派遣してもらえばいいだろ」
「【飢餓の爪傭兵団】は実力社会。ギルド決闘を申し込まれると分かっていれば助太刀は望めないわ。上は実力で勝った方を取ればいいのだし」
アイザックは気丈に振る舞うが、結構キツい状況だ。
アホの目論見も全部お見通しなのに、対策できないのだから。
「もし負けたとして、お前らはどうなる」
「【草原の牙】がこの地位を得たとして、【飢餓の爪傭兵団】の務めを果たせるとは思えない。その内本部から粛正されて、またウィードに逃げ帰るでしょうね。それでも私たちは元に戻れないけれど」
「誰も得しない話だな。で、俺にどうしろと」
「一応教えただけよ。全ては憶測に過ぎないし。もし当たってたとしてもレンは一人でドーランに向かわせるし、【ギルド決闘】も受ける。それが【飢餓の爪傭兵団】だから」
「教えただけって……お前な。手伝って欲しいから言ったんだろうが。素直に言えよな」
「何のこと? 私は【飢餓の爪傭兵団】傘下【蒼天】のギルドマスターよ。【草原の牙】に負けて野良犬になるまでは、ね……」
だから私達が小汚い野良犬になっても私の責任よ。あなたが気に病む必要は無いわ。路頭の石の様に流し見捨てればいい。
あるいは、私だけでも拾ってくれるのかしら?」
……こいつ、本当に何でも利用するなぁー。
本当に、本当に性格の悪い女だ。メアリーくらい素直に捻くれてくれないもんかね。
「あーそうかい。長い付き合いだったな。ご苦労様」
「ええ。またね」
なんて事ない返事。俺は冷酷で薄情な男で、アイザックは藁にも縋る思いを断ち切られた哀れな女。そうなる訳だ。
その場を離れて、一つ溜息。
このまま何もしなければ【蒼天】は壊滅。
俺には利益も不利益も無く……いや、利益はあるかもな。
アイザックを引き込むのだとしたらこのタイミングだ。
レベルは充分、立場が無くなれば攻略にも前向きになるタイプだ。賢く、損得で話をしやすいタイプの冒険者。
それをタダ同然で拾う事ができたら……?
……困ったな。損得無しならともかく、放置側に利が生まれるなら……。
──◇──
【第1階層ウィード:始まりの平原】
ライズ式クエスト攻略を始めて何日か。
もう何度クエストを攻略したか覚えきれないけど、またすぐにクエストを受注する。
精神的疲労はかなりのものだ。【祝福の花束】のメンバーはグレッグさんとか一部の人を除けば、何度も会う事は少なくなった。
大体が1周付き合えば満足する、てかリタイアする。これは確かに、外部の冒険者を雇うより身内でパーティ固めた方がいいのもわかるわね。
「おーいメアリー! やってるっスね」
街道を駆けるは【蒼天】のレン。なんかいつも誰かといるイメージだから、ここで1人で会うのは珍しい気がする。
「あれ、レン。どうしたの?」
「へへーん。ハンターに昇格したついでに【飢餓の爪傭兵団】の昇格試験っス! このままドーランまで行って向こうの傘下ギルドに加入するんスよ!」
自慢げに胸を張るレン。ローグ系第2職には【ハンター】と【トリックスター】があったわね。
短剣使いのレンだったら【トリックスター】だと思ったけど、弓使いのアイザックを師事しているからかしら。木の弓を背負って、持ってる短剣も投擲可能なダガーになってる。
「そういえば言ってたわね、昇格試験。1人で行くのよね?」
「そっス。メアリー達もそのうち階層攻略するんスよね?
俺は【飢餓の爪傭兵団】としてっスけど、同じっス! 先にドーランで待ってるっスよー!」
「いいわね。レンには【決闘】で勝ててなかったけど、次は勝つわよ」
「何も賭けないなら受けて立つっス。じゃ、また!」
大手を振って元気に別れるレン。ここから9階層自力で攻略するってのに、体力もつのかしら。
まだ第1階層の経験しかないけど、階層攻略の難易度は多少実感した。そもそも第1階層の時点で馬車移動が必要なほど広いんだから、まず数日はかかるでしょ。徒歩で行くつもりなの?
でもまぁ、頑張ってる人を見るとこっちも頑張らなきゃって気持ちになる。少し精神疲労も回復した気がする。
「マスター、お待たせしました」
続け様に来たのはゴースト。サブジョブを解放しにアドレ王宮に行ってもらってて、次の周回までは第2階層を様子見に行く予定。
基本的にはゴーストには自由に行動してほしいし、あまり厳しく管理するつもりも無い。だからサブジョブはゴースト自身で決めてもらう事にした。
「お帰り。サブジョブ何にしたの?」
「answer:【ヒーラー】です。回復方面に伸ばす予定です」
「そ。いまウチには回復できるのがいないから……頼りにするわよ、ゴースト」
「answer:お任せ下さい」
ゴーストは背が高いから撫でられない。ゴーストの背中に軽く手を当てて、大きく伸びをする。
「よーし、休憩終わり! バリバリ鍛えるわよー」
なーんか、やる気出てきた!
しかしライズはしばらく見かけないけど、どこで何してんのかね?
──◇──
【第8階層ウィード:魔獣の爪痕】
生い茂る黒草のそこかしこに、大地を抉る爪痕が刻まれている。
一説には、第9階層に潜む魔獣【テンペストクロー】が暴れた跡だと言われている。嵐の夜の度に目覚める狼王のせいで、この階層の傷は癒される暇が無い。
だからこそ、【草原の牙】はここに潜む。
「兄貴ィ! 武器防具アイテム、全員分揃いました!」
十数名の部下に囲まれ、大柄の男達より頭二つは抜けた大男が頷く。
──【草原の牙】ギルドマスター 双ツ牙のベルグリン。
その巨体その実力により猛威を振るう、アドレの暴れん坊。
大剣を一振り背負い、そしてもう一振りは大地に突き刺している。どちらもいつでも抜いて応戦するためだ。
その統制能力から部下の信頼は厚いが、ベルグリン自身は常に臨戦態勢。部下を信用していないのか。それとも、いつ来るとも知れぬ爪痕の主を見据えているのか。
「おしおし。お前らァ! ぼちぼち狙いのガキがこの階層にやってくる!
計画通り潰して縛って【蒼天】に喧嘩売って、そうすりゃ念願のアドレ拠点をゲットだ!」
ベルグリンの喝に湧き上がる部下達。
魔物も遺棄する第8階層に響く歓声。
その中で、心底嫌そうに、一言。
「本当に想像通りなんだなぁお前ら」
ぴたりと止む声。
ばたつく部下に対して、既に自慢の二振りの大剣を抜き構えているベルグリン。
悪くない戦闘勘だ。
「おう【草原の牙】諸君。始めまして。ちょっといいかな」
「野郎共ォ!陣形を組め!
ベルグリンの怒号に部下達は我に返り、俺とベルグリンを取り囲む様に展開する。
「ほー。悪くない作戦だな。展開も早い」
「ただの肉壁と思わんことだな! お前はまだ鉄籠の恐ろしさを──」
「【祝福の花束】のライズだ」
ピタリと止まるベルグリン。部下達も名前に怯んでいる。
ちゃんと教育しているようで何よりだ。
「お前らみたいな闇ギルドなら知ってんだろ。喧嘩売っちゃいけないレベルの奴は調べてるだろうしな」
「……俺たちは貴様に目を付けられるような事はしてねぇ」
本気で言ってるなら見通しが甘過ぎる。どこで誰が知り合いかなんてわかるわけない。ましてや悪巧みしてるなら尚更、楽観的すぎる。
やっぱ作戦の起案者は別人だな。こいつらの知性じゃここまで思いつかないだろ。
……こういう悪知恵を吹き込む奴に心当たりはあるが、まぁいいや。
「【蒼天】のレンを襲撃しようとしてんだろ。まぁ色々あって、止めに来た」
「ふざけんな。たとえテメェに負けても、俺たちは曲がらねぇぞ!」
だよなぁ。そこが問題で、そこが肝要。
だから解決手段は単純なもんだ。
「ここにアドレのギルドハウス住民権がある」
「……あぇ?」
「ちょっと立地は悪いかもな。お前ら全員入る程度の物件はココくらいしか無くてな。これがあればレンを襲う必要は無いよな?」
「ま、まぁな。だがタダではくれんだろ」
「勿論。近いうちに俺は【祝福の花束】を辞めて新しいギルドとしてここに来る。そん時にこの住民票を賭けて決闘しようぜって話だ」
「……いや、アンタにゃ勝てねぇって」
随分と冷静な男だ。まぁ勝ち取れる条件でなければ、レンを襲うのを止めるわけにはいかないか。
「当然俺は出ないとも。不平等すぎるだろ。お前ら全員かかってきても楽勝だよ」
言わなけりゃ普通に蹂躙するつもりだったが。
「……なら、乗った」
「ん。平和的解決だな。じゃあまた」
話は終わりだ。変なケチをつけられる前に逃げるに限る。
──◇──
「兄貴ィ! 例のガキが第3階層に入ったそうですが……」
偵察の部下から報告が上がる。
【蒼天】のガキを狙えば想定通り。だが【飢餓の爪傭兵団】の傘下とならねばならん。
ライズの案に乗れば合法的にアドレの居住権を得られる。なれば……まずは情報だな。
「俺は情報屋に会ってくる。一応ガキの監視は続けろ」
もしライズの言う新しいギルドが大規模なものであれば敗北は必須。あるいは俺たちを駆逐するための方便やもしれん。
ここはあの胡散臭い情報屋に頼らねばならん。なに、胡散臭いだけで情報は確かだ。【蒼天】乗っ取り計画の考案者だしな。
……俺は、仲間が安全に過ごせる環境を確保しなくてはならん。
詰みかけていた現状を打破できるチャンスなのだ。大胆に、確実に動かねばならん。
──◇──
【第1階層ウィード:始まりの平原】
「隙ありー」
「ぐえー!」
氷の矢を掻い潜り、モーリンさんが接近し一閃。
対応する暇も無くあたしの命は刈り取られる。
「winner:モーリン。【決闘】を終了します」
何度も何度も聞いたゴーストの言葉には、未だあたしの名前が呼ばれた事は無い。
連続負けの精神的疲労、長時間労働による肉体的疲労……は、ステータスに影響しない錯覚。それがライズの持論。パワハラどころじゃないわね。どういう神経してんのアイツ。
「いやー、やっぱりただのマジシャンじゃ魔法剣士には勝てないよー? レベル差もあるし」
「百も承知よ。重要なのは戦闘に慣れる事よ。付き合ってくれてありがとね。
……次の休憩までまだ時間があるわね。ナツ! 相手しなさい!」
「は、はいぃー!」
何人かと【決闘】してわかったけど、ナツは結構闘いのコツを持ってる方だ。レベルと経験の割に的確な行動を取るし、保守的な行動もヒーラーと噛み合ってる。
……ナツと最初に【決闘】させた理由もなんとなくわかる。
この世界じゃレベル以上に立ち回りが物を言うって事。それを思い知らせるためにナツにボコボコにさせたんでしょうね。
むかつく。ので!
絶対勝つ!
……一度くらいは!
──◇──
久しぶりにメアリーの様子を見に来たら、随分と元気そうだ。
「張り切ってんな」
「ライズ。お帰りなさい」
ゴーストは今日も美しい。
違った。ゴーストは今日もメアリーの補佐をしてくれている。
いや美しいのは間違いない。
「report:マスターは現在16レベル。計算上は明日20レベルに到達します」
「ペースが想定より早いな。ゴーストのサブジョブは?」
「answer:サブジョブはヒーラーを選択しました。第2職へ昇格するためのジョブポイントは現在14%です」
メインジョブはレベル20で第2職を解放できるが、サブジョブはジョブポイント……要は熟練度が必要になる。
ボコボコになるメアリーを回復し続けていたとしても、多分間に合わないな。サブジョブ第2職の解放は
「question:ライズの所用は終わりましたか?」
「ああ。旧友を何人か当たってみたが、仲間になってくれる奴はいなかったよ。まぁいたとしても記憶の件をどうするか考えないとな……」
本来はそういう目的だったのだが。
腐っても前線で攻略していた俺の旧友は、大抵が現在攻略真っ只中の奴らだ。今の地位を捨ててまで協力してくれる奴はいない。
「question:ライズの予定を伺います」
「ん? あー、この後はちょっと上の階層で買い物してくる。悪いが今日は手伝えない」
「……そうですか。了解しました」
無表情だが、少し残念そうにしている……気がする。
ゴーストは何でも指示通りに仕事をしてくれるから忘れがちだが、ちゃんとした1人の生命だ。しかも言ってしまえば産まれたて。フォローが必要かもしれない。
「悪いな。お土産買ってくるから」
そのくらいしか思いつかない自分が情け無い。なんとなしにゴーストの頭を撫でる。嗚呼艶やかなる黒髪の触感は流るる川の如く俺は今さっき赤ちゃん扱いしたゴーストに何を考えているのだろう。
「ありがとうございます。
──【決闘】終了。勝者:メアリー」
一瞬、一瞬だけ笑ったようにも見えたゴーストは、直ぐに反転しメアリー達の方へ振り返る。
「よっしゃぁぁぁ!」
「ついに負けてしまいましたぁ……」
何度も戦ってヘトヘトだろうに、メアリーは元気に帰ってきた。
ほう。これが初勝利か。そりゃ凄い。褒めてやるか。
「やっと勝ったか。想定より遅かったかな」
俺の口を引きちぎりたい。
なんで素直に褒められないのかね俺は。
だがメアリーは俺の考えている事が読めているのか、したり顔で胸を張る。
「褒めても何も出ないわよ!」
「そうかそうか。それは良かった」
努力には褒美が必要だな。
素直じゃない俺と言えど、相手は年馬もいかない小娘だ。
俺はメアリーの頭に手を伸ばし──
一発チョップをぶち込んだ。
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