6.何事も継続が大事


【第1階層ウィード:始まりの草原】


現在、ベルの召喚した2台の馬車で移動中。

ベル、ライズ、ゴースト、あたしことメアリーはベルの馬車に。

【蒼天】と【祝福の花束】6人はもう一台の馬車で、六脚の黒馬「鳴神ナルカミ」に引かれている。

なお、ベルの馬車はでっかいカタツムリが引いてる。【スベスベカタツムリ】というらしい。すべすべ?

ベルは【サモナー】ではないけれど、適切なアイテムと設備があれば【サモナー】がテイムした魔物を誰でも扱う事ができるそうだ。

戦闘行動の指示はできないが、自衛はするらしい。

ベル曰く「積載重量と速度と燃費を考慮した結果」らしいけど、殻に取り付けてある餌カゴには高級そうな果物が綺麗に盛り付けられてる。

可愛がりすぎでは?


「メアリー。戦闘のコツは掴んだか?」


ふと、リストを眺めたままのライズが聞いてくる。

戦闘のコツと言われても、後衛のマジシャンはあんまり身体を動かさなかったのよね。

みんなに助けてもらいながら戦ってたから、基本的な闘い方くらいしかわかってないのよね正直……。


「楽勝よ。あたしを誰だと思ってるの?」


この舌噛み切るわよあたし。


いやホント悪態吐くプロなのかしら。なんで素直に話せないのかしら。


ライズも関心したように眉を上げてるじゃん。これ何か無茶振りしてくる奴じゃん。


「ほーん……なら予定繰り上げて、アレやるか」


なんか嫌な事企んでるじゃん。あたしが蒔いた種がけどさぁ。


「アレって……何?」


「んー、まぁ着いてからな。楽しみにしとけ」


嫌な予感がする……。




──◇──




【第1階層ウィード:始まりの草原(奥地)】


第2階層へ移動するゲートが目に見えるくらいの距離で一旦停止。らせん丸も鳴神も馬車から離して休憩中。


全員馬車から降りて、消費したアイテムや消耗した装備の点検中。

そして奴が来た。


「んじゃ再開する前に、実戦訓練と行こうか」


ライズと、その後ろに隠れているのはナツちゃん。


結構連携して、後衛同士で結構仲良くなれた……つもりだけど。あたしは。


「ナツと殺し合え」


鬼畜か?


半泣きのナツちゃん。安心して。あたしも心で泣いてるわ。


「……半分冗談な。【決闘】の練習だ」


足元に展開される光の輪。

円に沿って障壁が張られる。


「勝利条件は【相手のHPが0になる事】だ。PKプレイヤーキルはナシ。ペナルティもナシ。

 ダメージもアイテム消費も【決闘】後に引き継がれる事はないが、負けた側は一定時間動けないからな」


概要だけ告げて、ライズは円から外に出る。

他の皆も観戦モードだ。授業参観か?

と、諸々考えていると、ウィンドウからブザーが鳴り、文字が浮かび上がる。


────《【祝福の花束】 LV7 メアリー》──

───────VS────────────

ー《【祝福の花束】 LV15 ナツ》──────


──《決闘開始》──


「い、いきます!」


「よっしゃこい!」


ナツちゃんが杖を構える。咄嗟に後ろに飛んで距離を取ると、結界の外から野次が飛んでくる。


「相手はヒーラーだぞー。距離取っても意味無いぞー。杖相手は確実に遠距離戦になるからな。相手の武器を見ろよー」


あーそっか。一手目からしくじった。

あたしが引いてる間に向こうは魔法の詠唱を始めてる。

間に合うかはわからないけど、巻き返すには今1番出の早い遠距離攻撃【アイスショット】しかない──


「【アイスショット】!」

「魔法【エンハンス:レジストオーラ】!」


ほぼ同時に発動する魔法。

ナツちゃんの使った魔法は自身にかける強化バフ魔法。

あたしの氷弾を避けもせず受け、ナツちゃんはもう次の詠唱をしてる。


避けない──ナツちゃんはあたしが魔法使いで、開始の立ち位置を考慮して最速で魔法防御を上げる【レジストオーラ】を詠唱したわけね。


選択肢は……多くない。今更物理攻撃しても仕方ないし、魔法防御状態のナツちゃんを、魔法で倒す必要がある。

そもそも使える魔法のバリエーションが少ない。


「次です……【レイ】!」


クエスト中散々見た光魔法。光線があたしを貫く。


「ぎゃんっ! 痛い! 半分くらい持ってかれた!」


【アイスショット】とは速度が違う。これ見てから避けるのは……あたしの動体視力じゃ無理!


なので一度撤退する!


「えっ、あっ、待って……【レイ】!」


「射程は散々観察してるっての! ここまで離れたら届かない!」


【レイ】と【アイスショット】には射程に差がある。そしてヒーラーのナツちゃんからの攻撃は、選択肢はそこまで多くない。


「これなら一方的! 【アイスショット】!」


氷弾が再度ナツちゃんを襲う。

魔法防御を上げてても、攻撃を受けず攻撃を与えられれば勝てる! 単純にして完結な戦略!


「……【ヒール】っ」


あっ。


与えたダメージ以上に回復された。てか全回復された。

勝てなくね?


「大技行きます……【サンビーム】!」


そして射程問題も解決された。

ごんぶとレーザーがもう回避できない範囲でぶっ飛んでくる。

残り僅かなHPが、当然のように一瞬で溶ける。


──《ナツ win!》


ブザーと共に、【決闘】が終了する。




──◇──




【決闘】が終わる。メアリーは仰向けに倒れ、ゴーストが駆けつける。


「圧倒的だねー。想定内なの? ライズさん」


手頃な岩に腰掛けていたモーリンが立ち上がる。


まぁ、圧倒的なのは承知の上だ。武器の性能差は無いし(メアリーにあげたとっておきの杖は使用禁止なので)、今の段階ならこうなると思ってた。


「勿論。今回の目的は負けてもらうことだからな。結果オーライ予定調和」


「えげつないわね……」


「これからは【決闘】の機会が増える。1vs1タイマンの感覚を体で覚えてもらわなくちゃならないからな」


特に対人における立ち回り。

現実から来たメアリーは【Blueearth】にいる冒険者で最も戦闘慣れしていないと言える。

【Blueearth】にログインしている冒険者……人間は、ある程度の認識改竄がされている。

即ち、ゲーム世界に則した常識・モラルを与えられている。魔物が存在する世界で、それに武器を以って対抗する……できるだけの、常識を植え付けられている。

現実の記憶を手に入れるという事は、一気にその辺のモラルが復活すると言う事。それでもこの世界での経験がある俺はまだマシだが、メアリーだけは完全に外部からの侵入者だ。


例えば「銃口を突きつけられて怯む」とか。現実なら当たれば死、あるいは重症。当然の反応だ。

だが【Blueearth】……ゲーム世界ではその限りではない。撃たれたところで、一発程度ならまず即死する事はない。というか死に対する恐怖心が薄い。

ここを解決するには実践経験しかない。いきなり武器や銃は精神衛生上よくないので、ファンタジーマシマシの魔法攻撃から始めて、ゆくゆくは刃物、銃と慣らしていく……


「ライズさんライズさん」


思考に没頭していたが、レンに引き戻された。

結構声かけてくれてたのか? 悪い事をした。


「あれ見るとマジシャンって決闘向きじゃないってことスか? 戦闘向きじゃないヒーラーに負けるなんて」


「マジシャンというジョブ自体は、確かに向いてないかもな。だが前線にいるマジシャンの多くは単体でも戦えるよう調整してる。詠唱破棄、高速詠唱、並行詠唱、幻影やワープや時間空間操作……対抗策は色々あるな」


例えば【象牙の塔】というギルドは最前線にこそ未だ届いていないが、その実力はトップランカーに迫るほどだ。特徴はギルドメンバーほぼ全員がマジシャン系列のジョブをしている事で、マジシャン系第3職のエキスパートが集まっている。

どのくらい凄いかと言うと、連中は現在【Blueearth】において最強のマジシャンを抱えている。マジシャンというジョブにおいては、トップランカーすら凌駕しているというわけだ。

そしてそこに一時期出入りしていたからわかる。強いマジシャンは単独でも強い。マジシャン同士で喧嘩が絶えないからだ。インテリ共の殴り合いは見てて面白かったが、混ざりたくはない。


「さて、あの様に【決闘】では相手がどんなジョブなのか、武器は何か、それら事前に見てわかる範囲で対策しなくてはならない。

今回では……ナツが相手なら、君ならどうする? レン君」


「え、あー、相手がヒーラーなら変なエンチャントを使われる前に畳み掛けるっス」


「うんうん。ではそこのミーミル君が相手なら?」


「ちょーっと正面からの殴り合いじゃ敵わないっスねー。投擲と状態異常で逃げながら戦うとかじゃないと勝てないと思うっス」


「卑怯。姑息」


よろしい。レン君は結構頭の回転が早いタイプだな。将来有望だ。


「この様に相手を見て戦術を変える事はかなり重要だ。

階層攻略にしても、魔物に通用しやすい立ち回りを判断できるようになると楽になるぞ。

……まぁ【祝福の花束】も【蒼天】もアドレ防衛派だから関係ないか」


「いや、うちの昇格試験は第10階層ドーランに到着することだからね。レンは覚えて損は無いわよ」


「ミーミルさんはそれやったんスよね」


「ん。一度落ちた。【ナイト】になって受かった」


かつてとは異なり、現在の【Blueearth】において攻略は簡単になった。攻略情報は【井戸端報道】が発信し、前線を走るギルドもインフラを支える商業ギルドも増えた。

それでも、新たに10階層に辿り着く冒険者は少ない。

……冒険者の総数が増えない以上、アドレにいる新人冒険者はこの段階まで攻略をしてこなかった人達だ。精神的に戦闘に向いていなかったり、というのが一因だ。


「──result:【決闘】終了。勝者、ナツ」


ゴーストがどこからか出した赤旗を掲げる。


「あ、終わった」


「うむ、しかし……」


「これで何試合目かしら」


ぶっ倒れているメアリー。一瞬で起き上がり、咆哮。


「ぐぁぁぁ! ナツ! もう一度ォ!」


「あの、【決闘】では、経験値はもらえないので……多分勝てない、です」


「やかましい! 負けたまま進めないのよあたしはァ!」


ナツは申し訳なさそうに制止するが、もうメアリーは止まらない。ゴーストはまた赤旗を振る。


「event:【決闘】開始」


……まさかここまで負けず嫌いだとは。



──◇──

メアリーvsナツ

メアリー8戦0勝8敗

「そこまで負けろとは言ってないぞ」

「やかましいわ」

──◇──




【平原のオーク討伐100%】complete!

【平原の薬草採集100%】complete!

【街道の魔物討伐100%】complete!

【平原のゴブリン討伐100%】complete!

【まんまるぽてまる君を追え100%】complete!

【貴族の落とし物を探せ100%】complete!

【シルフィードと交流(戦闘)せよ100%】complete!

【ウィードウルフ迎撃戦100%】complete!

【アドレ騎士団の応援要請100%】complete!


「うーし、クエスト制覇ァ! 」


残っていた9つのクエストが完了した。

と同時に、メアリーが地に伏した。


「し、しぬ……」


「answer:HP MP共に充分です。死にません」


「その通り。疲れは気の迷いだ。立て」


そう。疲労感は存在しているが、それで何かステータスが変わるわけではない。この世界においては、疲れなど気の迷いなのだ。


「アンタ、それ記憶取り戻す前から言ってるの……?」


うん、まぁ。

まさか間違ってなかったとは思わなかったが。


さて、羅針盤でメアリーのステータスを確認するとLV9まで上がっていた。順調順調。


「すげぇ……ライズ式やべぇス。普通にやったら何日掛かるんスかこれ」


びっくりしてるレン君は2レベル上がってLV20。間に合って良かった。


「第2職が解放されたな。おめでとうレン君」


「はいっス! 感謝っス!」


はっはっは。良い子だ。

後ろでアイザックが頷いている。自慢の新人としてチヤホヤされてるんだろうなぁ。

……実は、アイザックとの取引で、レンを第2職まで解放させる事を条件に【蒼天】に協力してもらっていた。

いやホント、間に合って良かった。違約金で済むならいいけど、アイザックは貸しを作ると碌なことにならない。何で脅されるかわかったもんじゃない……。


「これは、凄い。しかし、きついが。そこまで……地獄と形容する程、か?」


「【蒼天】さん達は一度アドレに戻ってクエスト報告ね。ほら、メアリーちゃん」


「え、何?」


へたりこむメアリーをグレッグが優しく起こす。

モーリンはベルから回復薬を受け取……いや買い取る。しっかり商売されてる。


「今回の依頼は王国クエストだから、本来は王宮に行って受けるんだー。だから【蒼天】の三人は王宮に報告に行かなくちゃいけないの」


【蒼天】うちはまだCランクギルドだからね」とアイザック。メアリーもそこまでは知ってるから頷いている。


「……あ」


やっと気付いたようだ。メアリーの顔が蒼白する。


「わかったか?

 効率は四人分下がるが、今すぐ同じ事をする。今日は2周しかしないつもりだったから【蒼天】を連れてきたが、明日からは【祝福の花束】から適当にあと四人を引っ張る」


「……コレを、一日三週……」


「……なる、ほど」


「じゃ、私達は帰るから。また利害が合ったらよろしくね」


肩を撫でるように触り、耳元で囁くアイザック。

ふん。そんな事されても靡かないぞ、とアピールするために無反応だ。まさか胸中で動揺しまくりとは思うまい。


「……さてメアリー。お前はこれから毎日【祝福の花束】10人でこれをやってレベル上げをしてもらう。

手形の数もこのペースなら割と早く溜まるだろうから、それまでにLV20……いやLV25になってもらう」


「……うぅー、わかったわ」


「ついでに休憩中は決闘をする事。これは対人戦用の演習だ。俺はちょっと別行動だ」


ゴーストは明日、サブジョブを登録してから参加。まぁ2周目からだな。

グレッグには事前に話してあるから、人数問題は大丈夫。モーリンかグレッグがいれば攻略速度も問題無しだ。

俺は……色々と根回ししなくちゃいけない。


「兎にも角にも、重要なのはお前のモチベーションだ。いけるか?」


あえて聞く。出会って間もないが、メアリーの煽り方は心得た。


「誰に言ってんのよ……やってやるわよ!」


モチベの塊、驚異的負けず嫌い、空元気クイーン。

足を震えさせながら、メアリーは立ち上がる!

よーし偉いぞ。じゃあクエスト発注。


……あ、一瞬だけ表情が消えた。




──◇──




──数時間後

【第0階層 城下町アドレ】

雑貨屋【すずらん】

──ライズの仮部屋(【すずらん】倉庫)


「夜はお勉強……座学だ。とりあえず今日はアドレとウィード攻略の話だな」


あれから家主ベルに追加料金を払い、部屋を広くしてもらった。なんとテーブルと椅子を置くスペースが確保できたのである。文明の進歩を感じる。


「まず目標は次の拠点、【第10階層 大樹都市ドーラン】だ。0〜9階層を纏めてウィードと呼ぶように、10〜19階層はフォレストと呼ばれている」


「フォレスト。森ね」


「フォレストの推奨レベルは21〜35だが、あまりドーランで必死に強くなる必要は無い。あそこは商業ギルドが仕切ってて、拠点にしてる冒険者は少ないから争いが起きる事も少ない」


【Blueearth】では自身より低いレベルの魔物から得られる経験値はめちゃくちゃ少なくなる。常に自分と同レベルくらいの魔物を倒していくとなると、階層を進めながらのレベリングが最も効率良くなる。

つまるところ、ドーランのような安全な都市はさっさと素通りするという選択肢もある。


「search:フォレストを拠点とするギルドの数は……滞在している冒険者数と比べると少ないですね」


「商業ギルドのナワバリで騒ぎを起こすと酷い目に遭うってのは冒険者の集合知だな。大抵の冒険者はさっさとフォレストを通過する」


「ま、それなら気が楽ね」


「ここ、ウィード階層を攻略すると俺たち3人で進めるしかない。経験値効率は3分の1以下だ。その上でドーランはさっさと通り過ぎたい。だからここで多めにレベリングをしておくって訳だ。質問は?」


「……今さ、【祝福の花束】に入れさせてもらってるわけだけど、これ独立してギルド立ち上げるのよね。名前考えていい?」


そこかい。

……とはいえ、ギルドには名前が必要なのは真理。


「あんまぶっ飛んだモンじゃなけりゃな」


「よっしゃ、任せて!」


「ギルドの名前は考えるのですね。……私の名前は考えませんでしたが」


「ごめんて……」

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