2.黒幕あらわる


現代、電脳世界で出来ないことは無くなった。

質量を電子データとして保存する技術が生まれて久しく、ついに人類は新たなる境地に到達した。


──電脳世界への移住。


肉体も記憶も全てを電子データにして、全ての人類を人類に都合の良い世界に移住させることが可能となった。


実現は30年後。全人類のデータ採取然り、モラル面での問題然り、まぁ人類らしく世界は騒いでいた。


そして、その技術の一部によって実験的に実現した夢のゲーム。




──フルダイブMMORPG【Blueearth】




──◇──




「思い出した?」


目を覚ますと、金髪少女メアリー。

その隣に、ゴーストが立っていた。


「起きたのか」


「起きたのはアンタよ……で、どう?」


それもそうだ。

周囲を見渡すと、変わらぬ草原。雨もそのままだ。


「そうだな……確かに、思い出してから考えればおかしい事だらけだな」


ここはゲームの世界。それに気付かず、もう二年も過ごしていた。


「それでね、あたしは──」


「記憶の改変も大規模なものだな。まさかモラルレベルまで改造されてるなんてな。

だがログアウトせず二年もいたら現実の方はどうなってる。そもそも記憶まで封じられるなんて聞いてないぞ」


「ちょっと」


「王国はデータ上のものか、ギルドクエストとかもデータ上か……

 いや、それともしっかりとイベントが発生してるのか? 冒険者がプレイヤーだとして……」


「もしもーし」


うるさいチビっ子。いま整理中だ。

軽く指でおでこを押すと、グーで返ってきた。いたい。


「凄いわねアンタ。あたしやこの子に質問ないの?」


呆れるメアリー。だがまぁ、何となくわかるからなぁ。


「そうだな……不正アクセスしたハッカーってとこか?

 ゴーストのデータがバグってるのも、記憶持って入ってるのも、ステータスすら無いのもそういう事だろ」


「不正解。ただのハッカーじゃなくて、凄腕天才ハッカーよ。

 で、この子はあたしが作り出したスーパーアンドロイドよ」


ふふーん。自慢げに無い胸を逸らすメアリーさん。

凄腕で殴られた。最近の天才ハッカーはエスパーなのか。


しかし、改めてゴーストをよく見る。

いやはやどう見ても人間そのもの。

あまりの造形美たるや、むしろ作り物のようにさえ見える。


「アンドロイドか。確かに人間味は無かったな……」


「人工知能と感情にセーフティかけてるから少しロボっぽいけど、基本はアンタ達と同じ存在よ。

 つまりあたしは人を創造する女神ってワケ」


「なるほど。ゴースト貰っていいか?」


「ダメ。で、他には?」


ちぇ。ケチ。

だがまぁよし。こいつなんでか質問に答えてくれるタイプだ。

聞くだけ聞こう。


「何で不正にログインしてんだ?」


やはりここに尽きる。何故できるかは、もうできてるから聞く必要なし。何故なのか、が重要だと思う。


「いい質問ね。まずね……このゲーム、【Blueearth】はね、世界征服の道具なのよ」


「……まぁ、トンデモ技術を一部でも使うことが出来るようなゲームだしな。スポンサーも藤蔭堂財閥があったし、裏はスゲェんだろうなぁって思ったりもしたが」


藤䕃堂財閥といえば、日本の誇る最強ゲームメーカー【TOINDO】の元締め。常に最先端の技術を使って最新のゲームの世界を切り拓いてきた。

そりゃ質量フルダイブ型MMORPGの第一歩にふさわしいだろうさ。


「その藤蔭堂財閥とBlueearth開発グループは今、国際指名手配犯よ」


「ゲームで?」


だが所詮オンラインゲームだろ。何ができるってんだ。


「アンタが今どこにいるのか……Blueearthがどこにあるのかってところよ」


どこ? ……サーバー……?

世界征服ってことは……


「まさかまさかの【New World】をサーバーにしてたりとか?」


メアリーは満足そうに頷く。【New World】とは……


「そう。30年後の全人類電脳世界移住計画の舞台【New World】。

ここには全世界のデータが入ってる。既に現実はこれにあらゆる重要データを入れてるわ」


「……俺たちは人質にされてるってことか? 【Blueearth】を消せば俺達も消えるしな……」


「いえ。アンタ達は共犯者よ」


「は?」


「【Blueearth】はそのまま【New World】のデータを舞台にしてるわ。

【New World】のセキュリティシステムで電脳ウィルスを防衛してるけど、ウィルスは衰えずどんどんセキュリティを突破していく。

最初に突破されたセキュリティシステムの名前は──【アドレ】」


その名前には、聞き覚えがある。なんてもんじゃない。


「第2セキュリティ【ドーラン】、第3セキュリティ【ルガンダ】、第4セキュリティ【クリック】……次々とセキュリティは突破された。

 わかるわよね? セキュリティの意味、ウィルスの意味」


「セキュリティ名が、拠点都市の名前だ。つまりウィルスってのは──」


「あんた達冒険者よ。【New World】のセキュリティシステムをゲームにし、それを人間に突破させる。最後には──世界征服よ」


なるほど、知らずのうちに大犯罪の共犯者になっているわけだ。

ここまでくると驚きより感心だな。


「あたしの目的はね、同じく世界征服。この【Blueearth】を利用して、あたしがリアルもネットも支配するの!」


「はー……」


「で、アンタはあたしの駒一号。どうせリアルに戻っても犯罪者よアンタ。だったらあたしの支配する世界で有権者になりなさいよ!」


無茶苦茶だ。

だが残念だなふふーん小娘。俺には無駄だ。


「あー……遠慮するわ」


「えー、何で!? 金も何もかも手に入れ放題よ!? 今時データ上の幸福はリアルじゃないとか言うつもり?」


「いや……例えばだ。このままここで世界征服を手伝ったとして。

俺がどうなるかは知らないけど、まぁここはそのままだと思うんだよ。

知らず知らずに手伝ってくれる便利な駒にわざわざ真実を教える必要も無いだろ。

【Blueearth】を拡張して、永遠に遊んでもらうってとこだ」


「消されるかもしれないわよ?」


「その時は抵抗するまでも無く消えるんだから別にいいよ。

お前についていって、このゲームに敵対視されるよりはずっとマシだ」


わざわざリアルのために正義正義するような人生は歩んでこなかった。

なら、破滅までゆっくり過ごしたい。そう思うのですよ。

悪いなメアリー。


「そ。思慮不足だったわ。全部教えたら手駒になってくれると思ったけど」


「無理無理。できるかもわからん世界征服に手を貸せるかよ」


「そっかー……じゃ、諦めるわ」


「あっさり引くんだな」


「まだ一人目だからね。きっと一人二人くらいはあたしの手駒になるわ。じゃあね……良い余生を」


案外すんなりと諦めた。

意外といい子か?




「帰しませんよ」


「え」


バチっ!


謎の女性の声に反応する間もなく。

電撃がメアリーとゴーストを貫いた。


「おいどうした。大丈夫か?」


と、ゴーストを抱きおこす。よし、外傷なし。


「あたしの心配は……?」


そこで寝てなさい。


「久しぶりですね、真理恵ちゃん」


いつの間にか現れた、簡素なローブを着た女。

とても落ち着いた雰囲気の、そう……未亡人感が凄い、儚げな美女だ。

女はたおやかな笑顔で話し始める。


「お姉ちゃん、ネットで実名はNGよ」


「姉かよ」


「はい。天地調と申します」


ぺこりと頭を下げる調。元気な妹と比べ随分と違う。

態度と、身長と、あと胸とか。

おっとメアリーに睨まれた。


──天知調。その名前を知らない奴は、恐らく過去からタイムスリップした奴くらいだ。

時代を何段階も飛ばして進歩させてしまった、たった1人の超天才。

ジャンルを問わず、あらゆる学問においてとんでもない発明を続け、世界に命を狙われ、世界に守られている女。

「空間エネルギー発電」「0世界転送による質量の完全消滅」「未来観則展望塔」「部分的時間加速装置」などなど、もう理屈とかよくわかんないけどスゲェ発明をバカスカ世に出し、世界を激変させた女だ。

文字通りの「万能薬」を発明したあたりで国連に保護され、どこかの国の地下の核シェルターだの、宇宙ステーションだのに隠匿している……みたいな噂もあった。

当然、「質量の電子データ化」も彼女の発明。1番新しい発明だった気がする。もう現代人は調慣れしすぎてそこまで驚かなかったけど。



「真理恵ちゃん」


「メアリーよ」


「メアリー?」


「そう、メアリー」


「はい。では、真理恵ちゃん」


「……」


アカン。このお方は天然だ。メアリーじゃ勝てん。


「【Blueearth】によく来てくれました。お姉ちゃん、頑張って設定したのよ」


この人が作ったのかよ。じゃあラスボスじゃねーか。

そして人類側に勝ち目無いじゃん。


「それでね。真理恵ちゃんにも遊んでほしいの」


「あのねお姉ちゃん。それ世界征服手伝えってことでしょ?

 あたしはあたしの世界がほしいの」


「世界くらいならあげるよ?」


これはラスボスのセリフ。

というか調さんの功績から、こんなおっとり美人が出てくるのはおかしいだろ。もっとヤバい発明家みたいな性格してくれ。


「そうじゃないのよ。てかとんでもないこと言ったわね……

 あたしは、あたしが頂点に立たないと納得できないの。

 真っ正面から超えてやるわよ」


「そう……でも、今真理恵ちゃんとゴーストちゃんを冒険者に登録しちゃったわよ?」


「え、嘘マジで?」


あ、本当だ。ネームタグもHPバーも出てる。


「ハッキングももうできないわ。楽しんでね?」


「ちょ」


「それと、ライズさん」


「はい」


「そのぉー……思い出しちゃったと思うんですけどぉ……

 お願いですからあまり口外しないで下さいね?」


たはー、みたいな顔。

なんじゃその優しい顔。本当にラスボスか?


「いや、その気になれば俺削除できちゃうでしょ。

 ……てか、しないんですか」


「協力者ですから。

 それで、そのぉー……

 できれば、真理恵ちゃんのお手伝いなんてしてくれると、嬉しいのですがー……」


「なんでそんな腰が低いんですか。頼みなら聞きますよ消されたくないし」


「いえ、消しませんよ。

 私は世界征服したいだけで、殺人なんてしたくないんです」


すげーこと言ってるよこの人


「じゃあ真理恵ちゃん。頑張ってね?」


そう言い残して、調は文字通り消えた。

残されたのは、超展開に唖然とする俺たちだけ。


「……とりあえず、俺ん家来るか?」


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