BlueEarth 〜攻略=世界征服〜

まとかな

城下町アドレ/ウィード階層

1.BlueEarthへようこそ!


朝が来て、夜が来て。

疲れたら休んで、時々張り切って。


なんてことない日常だ。


草原を見渡せる小さな丘に腰を下ろす。

少し遠くに、二つの影。

杖を持った少女が、オークと戦っていた。


少女はこっちに気付いたようで、手を振ってきた。


「おはようございます! ライズさん!」


そんなよそ見をしてるから、少女はオークの攻撃をノーガードで受けるのであった。


「あーあー、律儀なんだから」


少女が倒れ、光と共に消滅する。

冒険者が死ぬと、拠点に帰る。

いつも通りの、なんてことない日常だ。


オークが帰ったのを見てから、少女の遺品を回収する。


「俺も戻るかぁ……」




──◇──




【アドレ城下町】


煉瓦街の通行人は様々。

人、獣人、場合によっては友好的な魔物。

いつも人(人外含む)で溢れかえる商店街を通り抜け、噴水広場を越え、花束マークの看板が目印の酒場に入る。


「おーす。お届け物だぞ」

「あらやだいらっしゃいライズちゃん」


出迎えたのはタンクトップの筋肉ムキムキマッチョマン。

ここのオーナー、グレッグだ。

先程の少女の遺品をカウンターに乗せて返却する。


「ありがとね。あの子に渡しておくわね」


「もう少し手前のところでレベリングしろって伝えといてくれ」


冒険者が集まり、あらゆる依頼をこなす組織、即ちギルド。

ここはグレッグがギルドマスターを務める、アドレ城下町最大のギルド【祝福の花束】だ。

俺は今、ここに在籍している。


「じゃ、帰る」

「わかったわライズちゃん。また明日」


ギルドメンバーが其処彼処で楽しそうに談笑している。微笑ましい光景だ。

別に俺は混ざらないけど。


朝起きてギルドに顔を出し、その日のノルマ分の依頼を受ける。

昼前に依頼を済ませ、ああやってダンジョンでのんびりと暮らす。

日が暮れる前に帰り、これからは鍛治と錬金術に身を費やす。


そんなありきたりな日常。


【祝福の花束】を出て、帰路に着く。


「……雨か」


さっきまで雲一つ無い快晴だったが、気付いた時にはびしょ濡れになっていた。

気にすることじゃない。どうせ屋内に入って脱げばすぐ乾く。

そういうものだ。




「おかしいことに気付かない?」




金髪の少女が傘も差さずに立っていた。


見たところ、彼女は冒険者ではないようだ。名前もステータスも表示されない。


「何がおかしいと?」

「おかしいと思わない日常に」


濡れそぼった少女はその細い手を伸ばし、俺の頬に当てる。


「濡れた頬は室内に入れば乾く。雨は突然降る。雨の音は私の声を遮らない。おかしくない?」


「おかしくないな」


「それがおかしいのよ」


少女は手を離し、ゆっくりとした歩調でその場を去った。


「濡れた道は晴れると乾く。空を見上げても目に雨は刺さらない。おかしいのよ」


ただなんとなく、俺は彼女が見えなくなるまで立ち尽くしていた。

……雨も上がった。帰ろう帰ろう。




──◇──




この世界は幾つもの階層に分かれる。

ここは第0階層、原初の拠点【城下町アドレ】。

9階層あるダンジョンを抜け、10階層目には次の拠点がある。


それがこの世界のルール。


……何がおかしい?

どこからがおかしい?


「おい、ライズ」


べちっ。

ジト目のロリっ子に頬を引っ叩かれる。

小さな体に大きな尻尾。リスのアクセサリーを付けた女は死んだ目でこちらを覗き見る。


「何すんだベル」


「お前が何してんのよ阿呆。鍛治の途中で考え事?」


ここはこのロリの経営する雑貨屋【すずらん】。

俺はここを仮屋とし、錬金術と鍛治を習っている。


「この世の中、何が正しいのかなーって」


「金だ」


「金」


まさかの即答。


「金、及びそれに変換できる万物、即ち世界。

 金を制すれば世界を制する」


「ブレないな……」


「金は嘘を吐かないからね。

 くだらん事考えてないで手を動かせ。商売なめんな」


「へーい……」


このロリ、これでいて商売上手。

商売人として必要な愛想とかその辺をどこかに置いてきたような女だが、商品の質と量で黙らせる職人気質なのだ。

……まぁ、売れる理由の一部は俺のおかげでもあるのだが。言わない。怒られるから。




──◇──




──翌日

【祝福の花束】

今日も今日とて依頼を受けに顔を出すと、グレッグに呼び止められた。


「ライズちゃん、【雨の亡霊】って知ってる? 雨の日にお化けが冒険者を襲うんですって」


雨の日に、お化け。あの少女はもしかして……


「初耳だが、なんでお化けなんだ?」


「データがないのよ。

 やたら強い双剣使いなんだけどね、王国からデータを頂いたりして色々調べたんだけれど……その子が出た時間に該当する冒険者はいないのよ」


おいおい、それじゃあの少女は幽霊?


「女か?」


「そうらしいわ。

 背が高くて、髪が長くて、表情一つ変えずに襲ってくるって」


ひええ。ガチホラーは苦手なんだよ。


「あと、凄いおっぱい大きいらしいわ」


あ、人違いでした。

なんだよ騒がせやがって。




──◇──




【第1階層 ウィード:始まりの草原】


昨日と同じ、丘の上。

空から降ってきた新聞を手に取り一読。

週に一度、この世界──【Blueearth】中の情報がこうして一枚になってやってくる。

情報発信ギルド【井戸端報道】の新聞は、最近マンネリ気味だ。最前線がある事情で進行できなくなっているからな。


「……最前線は未だ硬直状態か。

 ん、【Blueearth七不思議を追え】……また変なコーナー作ったな。長続きするといいんだが」


この新聞、コーナーを作るものの数週間で打ち切りになることで有名。七不思議と称しているが、果たして全て巡ることができるのだろうか。


「【突如消えた伝説の傭兵】【闘争煽動組織】……既に調べようもないモノばっかだな」


のんきに新聞を眺めていると、ぽつりぽつりと雨音が耳に入る。

雨がきた。

新聞をインベントリに収納し、羅針盤を取り出す。


「【雨の亡霊】は……ここに出るらしいな」


この羅針盤はベルの所で作った魔道具。ベルには非売品とは言ったが、今回使い終わったら高値で売るつもりである。

 効果は単純で、同階層の冒険者の位置とデータを一覧にしてくれる。


「おー。雨が降ったせいで次々帰ってくな」


第1階層なだけあって、冒険者達のレベルはかなり低い。もし【雨の亡霊】が冒険者なら、かなりのレベルが予想されるが……


……おー。すげぇなコイツ。


──────

名前:???

LV???

ジョブ:【リベンジャー】

──────


この羅針盤、使うのは今回が初めてだ。使ってない道具が壊れるなんてことはありえない。

しかし、その異常な表示より驚いたのは──


「……いつ、そこに出たんだよ」


なるほどお化け扱いされるだけはある。

羅針盤に表示されたソレの位置は──俺の背後だ。


「search:アカウント名:ライズ」


振り向き距離を取る。噂通りの亡霊が立っていた。


長い──かなり長い黒髪は雨に濡れて艶やか。

髪と同じく黒のバトルスーツで指先まで肌を隠しているため、唯一肌の出ている顔面が酷く白く見える。

──ドストライクだぜ。ランチでも誘いたい。嘘。俺にそんなコミュ力は無い。


「あー、どちら様?」


「event:【決闘】を申請します」


会話が成立していない。

まるで機械のように淡々と、亡霊は武器を構える。


「名前くらい教えてくれてもいいだろ」


「event:【決闘】を申請します」


「じゃ、勝手に呼ばせてもらうわ。

 まぁ……ゴーストってとこか?」


亡霊だし。まんまか。

とか思ってたら、インベントリからアイテムの使用音が。


「item:ネームタグ発動:名称設定完了。

 name:【ゴースト】登録しました」


「え……まさか」


インベントリを確認すると、おれのアイテム【ネームタグ】が一つ減ってる。

【ネームタグ】は武器防具に名前を付ける物なんだが、まさか人に使えるとは……

いや、名前を変更するアイテムは別にあるんだが。ともかく、少し申し訳ない事をした。


「悪いな。知ってたらもう少し可愛げのある名前にしたんだが」


「event:【決闘】を申請します」


「あーわかったわかった。受けるから」


戦闘は……【決闘】は久々だ。

前に【決闘】したのは1年前だったか……


「悪いが……【決闘】となると負ける訳にはいかないんだよ。覚悟しな」


右手に剣。

左手に銃。

1年ぶりの臨戦態勢。


「event:【決闘】の承認を確認。【決闘】開始します」


ゴーストと俺を取り囲む様に光の円が出現する。

【決闘】に双方が合意するとこうして、決着が付くまで他者不可侵の空間となる。


──先程羅針盤で調べたゴーストのジョブ、【リベンジャー】

短剣・片手剣を扱うジョブ、【ローグ】の最上位ジョブである。

速度と双剣で攻めるスタンダードな戦法だが、特筆すべきはリベンジャー限定ステータス【復讐】。


──────

【復讐】

HPが半分以下の時に発動。デバフに耐性が付き、あらゆるステータスが上昇する。残りHPが少なくなるほど性能が上がる。

【復讐I】〜【復讐Ⅲ】まで3段階に強化されていく。

──────


何度かリベンジャーと戦ったことはある。その対策も知っている。

リベンジャーにチマチマした削り合いは無駄だ。


ゴーストの双剣を片手剣で受け止め、左手の銃を手放す。

こいつ相手はじゃない。


「skill:【リベンジブラスト】発動します」


「げ」


【リベンジャー】のスキル【リベンジブラスト】は魔法攻撃。片手剣では防ぎ切れない。

急いで左手を前に出し──


「【スイッチ】!」


暗黒の光線を受ける寸前、俺の手に大盾を


「search:ローグ第3職【スイッチヒッター】の固有アビリティ【スイッチ】を確認」


上位ジョブにはいくつかのアビリティが存在し、そのいくつかを選び使うことができる。

【リベンジャー】の固有アビリティは俺の知る限り【自傷】と【反骨】の二つ。

【自傷】は自分の攻撃で与えたダメージの一部を自分でくらうアビリティ。

【反骨】は逆に受けたダメージの一部を相手に与えるアビリティ。

回避と防御で軽減してるものの僅かにダメージは受けているが、相手は一切ダメージを受けてない。【反骨】確定だな。


俺のジョブは同じローグ系の第3職【スイッチヒッター】

使うアビリティはほぼ確実に【スイッチ】なのでバレても大した問題ではないが。


……いや待て。


大盾をしまい、左手を開けた状態で応戦しながら考える。


先程の【リベンジブラスト】のモーションは間違い無く【復讐III】の時のもの。ダメージも、対魔法用の盾を使いながらかなり貫通していた。

ゴーストのHPはまだ。【復讐】が発動するはずは無い──


「いや、よく考えたら名前もレベルも分からなかったしな……何があってもおかしくないか」


今の最前線ではこういうことも出来るのかもしれない。思考を切り替える。


もしゴーストが常に【復讐III】なら、【反骨】の反射ダメージも上昇している。

双剣の高速攻撃を踏まえると、マトモに殴り合えばかなりのダメージになるだろう。


「【スイッチ】!」


片手剣を消し、両手斧を構える。


ウォーリアー系でも一部のジョブでしか扱えない両手斧は重すぎて普通には扱えないが──動きが固定されているスキルなら話は違う。


「【武器旋回サークル】!」


大斧を尋常でない速度でぐるりと一周、振り回す。

ゴーストは急ぎ双剣で防御の姿勢を取るが──受けられるはずもなし。大ダメージを受ける。

【リベンジャー】は防御には特化していないのだから当然だ。


【スイッチヒッター】のスキル【武器旋回サークル】は単純に武器を使って一回転するだけだが、こういった大型の武器を軽々扱える。

そして、その回転速度のまま更に一周。


「【スイッチ】」


大斧の次は両手剣。

遠心力に任せ、大きな刃で一刀両断──と。




「──skill:【バックナイフ】」


ゴーストは背後へ飛びナイフを二本投げ飛ばす。しかし両手剣の攻撃範囲から逃れきれず、防御無しでダメージを受けてしまう。


「第1職【ローグ】の基本スキルか。苦肉の策だな」


両手斧の一撃。

続いて両手剣の一撃。


体格通りなら両手斧の段階でゴーストは吹き飛ばされていただろうが、【復讐】のゴーストは吹き飛ばしというデバフに耐性が付いてしまっている。


「これで三割程度か。まだやるか?」


ここまで、ゴーストはライズに対して【リベンジブラスト】【バックナイフ】以外にもその双剣で幾度となく俺の体を切り刻んでいる。

しかし、与えられたダメージは二割程。


二発、防御や回避アリで三割を削る俺。

何発も攻撃して二割を削るゴースト。


戦いは決したと思うが……?


「【決闘】は終了しません」


「そうか。【スイッチ】」


両手剣から片手剣と片手銃に切り替える。


「skill:【リベンジブラスト】」

「【スイッチ】」


赤黒い光に、今度は正面から突っ込む。

俺の武器を見ての判断だろうが、俺はモーションを見てから武器を切り替えている。


「search:対魔衝拳──」

「ダメージが分かってりゃ、対抗策はあるんだよ!」


対魔衝拳は、一定までの魔法攻撃を吸収するナックル。

希少で壊れやすいが、何度も何度も修理してきたお気に入りだ。


「見様見真似だが、喰らえ!【渾衝拳】!」


光を振り払い、ゴーストの正面に接近。

腹部へ右拳の一撃が直撃する。


「【スイッチ】!」


これもまた、吹き飛ばしというデバフ付き。

しかしゴーストは吹き飛ばされない。

ゴーストは左手に新たに握られた片手剣の一撃を受ける。

ゴーストは反撃する間も無く、それを見る事しかできない──


残りHP:56%


「【スイッチ】!」



右手に片手斧。

残りHP:38%


「【スイッチ】!」


片手銃。

HP33%


「【スイッチ】!」


片手槌メイス

HP29%


「【スイッチ】!」


両手斧。

HP8%


「これで最後ォ!【スイッチ】!」


最後に呼び出した両手剣が、ゴーストの体を刺し貫く。




HP:

0%




《【決闘】終了》


《勝者:ライズ》


勝利のアナウンスが、無機質に鳴り響いた。




──◇──




光の円が消える。【決闘】は終わった。


【決闘】によるダメージやアイテムの消費は引き継がれることは無いが、敗者は一定時間、行動を封じられる。


「……動けないだけで、話せるはずなんだがなぁ」


目の前のゴーストは目を開けたまま平原に横たわっていた。

まるで死んでいるように、ピクリとも動かない。


「死んだように……」


何だろうか、この違和感。

そうだ、冒険者は死んだら拠点に帰る。

人の死体なんてそうそう見るものじゃないからか。


「……しかし、こいついい身体してるな」


「何しようとしてるのよ」


ゴーストに触れるより早く、例の金髪少女が現れた。惜しい。


「帰れチビっ子。ここからは大人の時間だ」


「待てコラ」


傘でべちっと顔面を引っ叩かれる。いたい。ダメージないけど。


「誰だお前たちは」


「この子とあたしを同じくくりにするわけ?」


「無関係なら帰れ。お楽しみの時間なんだよ」


「なんなのアンタほんと。関係ありますー。だからちょっと止まれ。あ、こら、その子に触んなヘンタイ!」


うるさいお子様だ。

俺をゴーストから引き離した少女は大きな溜息一つ。


「あぁもう……まぁいいわ、合格ラインね。

 てか昨日会ったわね。昨日言ったこと、考えた?」


随分と元気なお嬢さんだ。昨日の態度はどこに行った。


「何が正しいかって話か。どうでもいいが」


「……この世界じゃアンタはかなり強いってわかったし、一号はまぁ多少従順じゃなくてもいっか」


少女の手にはリモコン。

……リモコン?って何だっけ?


「アンタは誰なんだよ、あとこいつも」


「あたしは……ここではメアリーって名乗ることにするわ。

 この子は名前を設定し忘れたのよね。アンタが名付けた通り、ゴーストでいいわ」


メアリーと名乗るお子様はリモコンを俺に向ける。


「突然で悪いけど、思い出してもらうわよ。この世界の真実を──」


リモコンは俺の脳天に突き刺さり──




──◇──




《──フルダイブMMORPG──新たなる世界──》


《──電子データの革命──》


《──質量を超越した新世界の開拓》


《──思い出しなさい──》


《──忘れなさい──》


《──家族は──》


《──俺は──》






《Blueearthにようこそ!》

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