第8話 距離感

 マクシミリアンが集落の人々に銃の手ほどきをしていると、そこに虎の獣人、ワータイガーの一行がやって来た。

 その一行はマクシミリアンを見つけると睨んできた。


「何故ここに人間がいるんだ?」


 一行は虎に変身して、牙をむき出しにして威嚇してきた。

 ケンが慌ててワータイガーとマクシミリアンの間に立つ。


「待ってくれ。彼は人間だが俺たちの集落の仲間だ」

「人間が仲間だと?」

「そうだ。彼、マクシミリアンは俺たちと生活している。危害を加えられたこともないし、むしろいつも助けてくれるんだ」

「信じられんな」


 ケンがマクシミリアンをかばうが、ワータイガーたちはその話を中々信じない。

 マクシミリアンもいきなり来訪者に敵意をむき出しにされて戸惑った。


「ケン、彼らは?」

「ああ、彼らはジルの作る道具を買いに来ている他の部族の者たちだ。やはり人間に迫害されているので、どうしても警戒してしまうんだ。すまない」

「事情はわかるし、仕方ないよ」


 ジルは魔の森周辺に逃げてきた亜人たちのために道具を作っている。鉄の入手が運次第ということもあり、不定期でこうしてやってくるのだ。対価は彼らが見つけた鉄が主であるが、ときには食糧だったりもする。

 今回はたまたまワータイガーの一行が来たというだけこのとだった。

 ケンの説明にワータイガーたちは納得せず、緊張状態が続いた。

 そこに変化が表れたのが、アッシュたち子供四人が近寄ってきた時だった。


「マー、そろそろ遊んでよ。ジーナがつまらないってさ」


 アッシュがそう話しかけると、ワータイガーたちは驚いた。アッシュがワータイガーの子供であることは外見からわかる。そんなアッシュがマクシミリアンに親しく話しかけたのだ。


「おい、小僧。こいつは人間だぞ」

「だからなんだよ?」


 アッシュはワータイガーの言葉に棘があるのを感じたため、目つきが鋭くなる。


「誇り高き我らワータイガーが人間となれ合うなど」

「俺は親とはぐれて群れから追い出された。あんたらとは違うところだけどな。そんな同族よりも、俺たちの面倒を観てくれるマーの方がよっぽどいい。人間だとかワータイガーだとかは関係ねーよ」


 その言葉にワータイガーたちは反論できず、マクシミリアンへの敵意もおさめることになった。ただし、納得がいっておらず、ジルのところに商品を取りに行く時、マクシミリアンは同席せずに子供たちと遊ぶことにした。

 子供たちと行こうとすると、ケンがマクシミリアンの肩にポンと手を置いた。


「気を悪くしないで欲しい。俺たちも仲間だと思っている」

「大丈夫、わかっているから」


 マクシミリアンは笑顔でそう返した。

 そして、ジーナに手を引かれて集落のはずれの方へと歩いていく。


「今日は何する?」


 ジーナに訊かれたマクシミリアンは


「鳥を捕まえる罠を作ろうか」


 と言った。

 そして、スコップやのこぎりを使っていくつかの罠を作った。


「どの罠にかかるかな?」


 マクシミリアンが罠を見渡してそう言うと、ミーチャとジーナがそれぞれ自分のつくったやつだと主張する。

 マクシミリアンは笑いながら


「どうなるだろうね。隠れてみていようか」


 と言って、離れた場所に子供たちを誘導した。

 しばらくすると、罠の周囲に巻いておいた餌につられて、複数の鳥が近づいてきた。みんながその様子をじっと見ていると、ミーチャとジーナのそれぞれの罠に鳥がかかった。


「やった!!!」


 思わずミーチャが大きな声をあげると、他の罠に近寄ろうとしていた鳥たちが、驚いて一斉に飛び立ってしまった。


「ミーチャ、何やってるのよ」


 パメラがミーチャをしかった。ミーチャはしかられて青菜に塩となるかと思いきや、自分の罠に鳥がかかったことで、馬耳東風であった。


「ジーナのより大きいんだぜ」

「全く」


 パメラは呆れてそれ以上は何も言わなかった。

 罠にかかった鳥を捕まえると、次の鳥を捕まえる為に再び罠をセットする。五人でわいわいやっているのを、集落のワーフォックスの子供たちが遠巻きに見ていた。

 これが今のアッシュたちの立ち位置である。

 決して豊かではない状況の中で、他の種族の子供たちまで面倒をみる余裕はない。平たく言えば厄介者というわけである。それでも、ジルが面倒を見るというので、この集落にいられるのだ。

 なお、ジルとマクシミリアンについては、集落に利益をもたらすので歓迎されている。

 そうした事情から、ワーフォックスの子供たちは、大人たちの出す雰囲気を敏感に感じ取り、アッシュたちと距離を置いていたのである。


「森の奥まで行けば、もっと大きな鳥を捕まえられるかな?」


 ミーチャがそう言うと、アッシュが怒った。


「駄目に決まっているだろう!森の中には狂暴な魔獣がいるんだ。そんなのに襲われたらひとたまりもないぞ」

「でも」

「デモもストもあるか!絶対にダメだ」


 アッシュの剣幕にミーチャはシュンとなってしまった。

 こうしたひとまくもあったが、その後も何度か罠に鳥がかかり、その日は鶏肉が沢山食卓に並ぶことを想像しながら、ジルの小屋へと戻る。

 小屋に戻るとジルだけがいたので、マクシミリアンはワータイガーたちのことを訊ねた。


「お客は帰った?」

「ああ。マクシミリアンからもらった鉄で作った道具を喜んで持って帰ったわい。表でひと悶着あったそうじゃの。安心せい、もうおらんわ」


 そう言ってジルは笑った。

 マクシミリアンも苦笑いを見せる。


「気持ちはわかるんだけど、面と向かって敵意を向けられるとね」

「次も同じようなことをしたら、二度と道具は渡さんと言ってやったわ。鉄の材料は誰が供給していると思っとるんじゃとな」

「ありがとう」


 マクシミリアンはジルに礼を言う。待ちきれない子供たちがいるので、話はそこで終わりにして、捕まえた鳥をさばく作業となった。

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